『蛍川』  



主人公の竜夫は富山市に住む14歳の中学生だ。
この時期の男の子というのは、多少個人差はあるにせよ、声変わりの時期を迎え終え、思春期に入ったばかりの多感期にいる場合が多い。
この物語は、この感情的に不安定な時期を迎えている少年、竜夫の目を通して、日常が叙情的に描かれている。

彼の父重竜は前妻春枝との間には子宝に恵まれず、愛人の千代との間に52の歳に子供、すなわち竜夫をもうける。
子供の欲しかった重竜は春枝と別れ、千代と一緒になる。
歳を取ってからようやくもうけた息子竜夫を重竜はかわいがるが、竜夫は重竜のことがきらいであった。
そんな重竜も脳梗塞により、静かに息を引き取る。
後に残された千代は、重竜の残した借金と生活費を捻出するために働き口を探し出す。

竜夫の親友関根圭太は竜夫の幼馴染英子へ恋心を寄せる。
積極的にアプローチする圭太をよそに、竜夫はその淡い恋心をひた隠す。
そんな圭太もひとりで釣りに言ったときに事故に会い、この世を去る。

家で絶対的な権力を持つ重竜も、まっすぐに自分の気持ちを表して行く圭太も、竜夫にとっては越えることのできない存在であった。
もちろん、父と親友に対しての感情は違う。
父に対しては、いわれのない暴力に近い権力と老醜から強い嫌悪感を抱く。
オイディプスからではなく、人間として軽蔑する。
その気持ちは、病床で父が弱々しくも頑なに竜夫を愛そうとしたときに頂点に達する。

親友に対してはあこがれと嫉妬の混ざった感情を抱く。
直接的ではないにせよ、自分が誘いを断ったときに事故死してしまったゆえ、嫉妬が強かった分、彼は罪の意識にさいなまれる。

いろいろな出来事がいっぺんに起こったこの年、何年かに一度の蛍の大群が現れる。
幼いころ、その蛍の大群の話は銀爺からきいて、いつかまたそのような時が来たら、一緒に見に行こうと約束していた英子を竜夫は蛍狩りに誘う。
竜夫、英子、銀爺、そして母親の千代の四人は夕暮れ時に川を上流へ向かって、蛍の大群を探して歩き出す。

川の上流へ進むにつれ、夜の闇がどんどん深くなってゆく。
歩けど歩けど蛍は見つからず、今年もだめかとあきらめかけたとき、突如目の前に蛍の大群が現れる。
それは妖艶でありながら、見ているものに未知なる物への恐怖を与える。
それでも竜夫はあたらしい人生の旅立ちに、過去を断ち切るかのようにその大群へと向かって進んでゆく。
そんな竜夫と英子に容赦なく何万という蛍がまとわりつく。
千代の乾いた悲鳴ともに、竜夫は蛍の中へと埋もれてゆく。

父の死、親友の死、英子との新たな関係、男としての自立。
さまざまな即物的な現象が、内在的な成長へ重ね合わせられてゆく。
蛍の大群は少年がいつかは通らねばならないオトナへの階段を象徴しているのかもしれない。

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: