『ある「小倉日記」伝』



この物語の主人公田上耕作は生まれながらの神経性障害で、顔の一部の筋肉が弛緩し、つねによだれを垂らしている状態で、しかもびっこを引いている。
だから言葉もはっきりと話すことはできない。
ただし、脳は正常であり、しかも普通の人よりも勉強はできる。
そのために、人一倍、自尊心が強い。

強い自尊心は他を受け入れることを拒絶する。
他を拒絶すれば『孤独』になる。
強い自尊心は強い孤独を引き起こす。

そもそも自尊心自体、社会を超えて存在できない。
他との関係と自への過大評価によって生み出される。
社会の枠の中、利己的バイアスによって狭められる関係。
そこでの安定は、やはり社会的評価に求めるしかない。
耕作は森鴎外の失われた『小倉日記』に記されているはずの鴎外の小倉での生活を探求し、それによって評価を得る。
しかし、その作業自体の社会的な評価は低い。

この物語では耕作自身による記述は少ない。
彼の行為や周囲の状況、周りの人たちの彼への対応などが事細かに描かれることによって、耕作の『孤独』を鮮明に浮き上がらせている。
彼は何かに取り付かれたように探求に執心する。
彼の親友は積極的に彼を助ける。
中でもはは、ふじの耕作への愛情はより強く耕作の『孤独』を引き立たせる。
同時に、かれの『孤独』は唯一ふじの愛情で救われる。

彼の病気による早い死の後、本物の鴎外の『小倉日記』が発見される。
これにより、耕作の『孤独』はすべてを超越し、永遠のものとなる。


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