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小学校5年になると、そろそろ周りの女の子たちが変わるのがわかる。自分たちの一つ上、6年生のオネエサンはもう立派な胸をしている人もいるし、その上の中学生になるとテレビで出てくるアイドルともう見た目に違いがない。5年生の癖になんて・・・という人もいるかも知れないけれど、実際僕らの中で1組の木村は胸がどうとか、6年2組の青木さんはブラジャーをつけているとかそんな話を一日に一回ぐらいはしていた。でも、実際自分の親にもあるあの胸が、なぜそんなに恥ずかしいのか知っている訳がなかった。精子と卵子は知ってても、それはあくまで知識の中。時々上級生が「何で子供が出来るか知っているか?」「それは精子と卵子と・・・」というと、フンッとえらそうに鼻で笑って「やっぱりなぁー」とか大きな声をわざと出して、ぽつんとたたずむ僕を置いて行ってしまう。それはまあ僕が越境入学で、そのバス停からバスに乗って行かなければ帰れないから、そこに立ち止まっている訳なんだけれど。バスで家のそばまで行くと、そこは郊外のベッドタウンで、真新しい白い団地が何棟も建っていた。歩いて帰る道には幾つかの商店と、スーパーマーケットと後は白い団地が続いていた。朝学校に行くときだいたい一人で小さな商店街とスーパーの前を歩いていく。そうするとちょっと高く盛り上がっているところに道が通っていて、そこにバス停があった。だいたい僕が行く時間には4~5人ぐらいの人が待っていて、バスが来る時間になると10人ぐらいまでになっている。時々待っている人が変わったり、僕自身が遅れたりするから変わってくるけどそれでもせいぜい20人ぐらいなので、名前はもちろん知らないけれど顔は知っている。団地を自転車で走っているときなんかに不意にその人を見る事があるけど、もちろん知らん振りして行ってしまう。団地に住んでいて、挨拶をしたり話したりしない野はごく普通だと思っていた。同じ棟に住んでいる友達はもちろん挨拶するし、そのお父さんやお母さんや兄弟なんかと会えばやっぱり挨拶するけど、バス停で並んでいる人とは・・・道で会っても挨拶はしなかった。何で?と言われても、そういうもんだと思っていたから。だから、バス停で待っている人の顔は全員知っていたけど、「おはようございます」はおろか話しなんかした事もなかった。みんなだまーってバスを待っていた。バス待ちの顔見知りの人の中に、僕と同じ小学生はもちろん居なかった。みんな年上ばかりだった。それでも一番年が近いのは高校生のお兄さんとお姉さんだった。たぶん今だから分かるけど、二人は不良仲間でもしかしたら付き合っているか、すごく仲の良い友達。バス停ではいつも一緒だったし、バス待ちしている人の中でこの二人だけが喋っていた。そして男の人はかばんも靴もペッタンコで学生服のすそが長くて、ズボンもベルトの上が普通のより5センチは長かった。それに女の人のかばんも男の人に負けず劣らずペッタンコで、スカートは足首が辛うじて見える位まで長くて、髪の毛もカールしていてチョッと茶色っぽかった。男の人は見るからに体がでかくて、きっと野球をやっていたに違いない。体がデカイ人はだいたい野球をやっていたんだ。ある日僕はいつもの様に歩いてバス停に向かっていた。前にも書いたようにバス停とバスが走る道はちょっと高いところにあるので、そこに着く前にバスが行ってしまうのが見えてしまう。ただ5分間隔ぐらいで来るので、そんなに焦らないで次に乗ればいいや、というふうにあきらめてしまう。その日も後4~500メートルぐらいのところでバスが来てしまった。僕の目の前の道路を左から右に赤いバスが走り去って行った。チェッと思って歩いていたら後ろからあの高校生の女の人が、あのスカートをバサバサいわせて僕を追い抜いていった。と、立ち止まって僕の方を見て「ほら、走ろうよ。バスが行っちゃうよ」と手招きをする。その女の人は僕を見て言っているので、僕に言っているのがすぐ分かった。それにつられてか、僕も素直にコクンとうなずきたったったったった・・・と走り出した。「ほらほらもっと走って」全速力で走ってもそのおねえさんには全然かなわなかった。向こうはかかとをつぶした革靴で、こっちは運動靴なのに全然かなわなかった。向こうは重くて長いスカートでこちらは短パンなのに全然かなわなかった。バス停ではバスが待っていた。おねえさんは入り口のステップで僕を待っていて、やっと追いついた僕の頭をぐりぐりっとなでた。「やー早いねー。いいな男の子は。」僕は何にもいわずに・・・でももしかしたちょっと会釈ぐらいはしたかもしれないが・・・バスに乗り込んだ。おねえさんは中で先に乗っていた彼氏に話しかけていた。横をすり抜けて後ろの方に行った僕はいつもの鉄棒をぎゅっと持つと「それでは出発します」と運転手がアナウンスをしてバスは出発した。あの時おねえさんが下車する停留所までずっとおねえさんを見ていた。降りるときは僕を見て手首から先だけ2,3回ヒラヒラッと振って降りていった。大滝詠一『恋するカレン(UGAカラオケ動画)』
2008年07月27日
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なぜ私は熊なの?幼い時ヤンボルは母にそう尋ねた。母の顔色はさっと曇り、「そんな事人の前では二度と言ってはダメ」ときつくたしなめられた。トコロで中央が苗字でヤンボルが名前なのだろうか?詳細をご存知の方お教えください彼女の姉は普通の人・・・に見える。普通の人かどうか・・・こちらをご参照の上ご判断ください。私は熊なんだ。だから・・・何だと言うのだ?大体外見は熊だけど力は普通の人程にも無い。暴力反対だ。外見は熊だけどドラえもんに似ていると言われたことがある。可愛いじゃない?外見が熊で困るのは・・・ズボンよ。どうひいき目に見てもNBAのユニホームみたいな股下。悪く言えば、よいよいになっちゃったお爺ちゃんが大人用パンパースにてんこ盛りで大※をしてしまって、垂れ下がった股引のような股下。足さえ長ければ普通の人に見える・・・かもしれない。お願い誰かそう言って!幼い時、普通の人間である父や母を呪ったこともある。「私はきっと貰われっこなんだ。だからお父さんやお母さんやお爺ちゃんやお婆さんとぜんぜん似てないんだ。きっと・・・川で拾われた熊なのよ。きっと石狩川の上流には私の本当のお父さん熊やお母さん熊がいて私の帰りを待っている・・・そうよ、そうに違いないは!」彼女は思い入れが激しい人だった。そう思うと居ても立ってもいられない。一日でも早く石狩川の上流に行かなければ・・・。お父さん熊が私を探しに里に下りて、地元猟友会に射殺されてしまうかもしれない。お母さん熊が―以下略―。ヤンボルは幼いながらも体力はあった、熊だから。夏休みに石狩川で子供会のキャンプがある日を決行日に決めた。その日が近づくにつれヤンボルはキャンプ用と称して食料を貯め始めた。そして大学の山岳部のお兄さんお姉さんもすでに使わないキスリングという大型のザックを背負って、自分の生まれ故郷と勝手に思い込んでいる石狩川上流を目指した。そのとき見送った母が一言・・・「せめて前と同じ豊平川にしてくれないかしら・・・。」と言うと深いため息をついた。そうヤンボルは幼稚園の時すでに豊平川を自力でさかのぼっており、そこは自分の故郷じゃない事を確認していた。そんなヤンボルでも石狩川を遡るのは過酷だ。しかし思い込みが激しく星目がちな円らな瞳で一点しか見ることの無い彼女の辞書には戻るという文字は無かった。一日、二日、三日、四日・・・一週間経った。本当の子ども会のキャンプに行った子は2日前に帰ってきている。我が子が人並み外れていることを熟知している両親も、さすがに明日は石狩岳に行こうと相談していたその夜、家の前にサイレンを鳴らしながらパトカーがきた。「お子さんですね。」パトカーから降りてきたヤンボルを母は泣きながら抱きしめ、父はそっと頭に手を置いてくれた。「大雪から戻る途中で自転車が壊れちゃったようで・・・」「ど、何処にいたんですか?」父が咳き込むように尋ねた。「国道39号線の安足間のあたりだそうです。私のパトカーは乗りつきの2台目ですから。」思春期に、少女から大人に変わる頃中央ヤンボルも発情期を迎えた。しかし自分は熊だから普通の男の人はベアハッグで殺してしまうかもしれない。キスしようとしても口が尖がっているから、じっと相手の目が見えてしまいそうで恥ずかしい。そして何より・・・元々服を着ていないから恥じらいがない女と思われているのでは・・・。取り越し苦労95パーセントに4.8パーセントの容姿への不安と、それに小さじ一杯の真実。彼女ははじらう乙雌として周りからの好奇の視線と発散するたくましい野生のフェロモンで10代を思いっきり駆け抜けた。周りの人はエライ迷惑だったろうなぁ。そんなヤンボルにも番が出来た。熊旦那(仮)という名の、立派(?)な丸い雄熊だ。熊旦那はネクタイを締め、ヤンボルのためはたまたミャー氏のため、そして自分のビールの為に、川で鮭を取ったり蜂の巣を壊して蜂蜜をなめたりする代わりに、会社に行って稼いでくる。立派だ!熊にしては立派過ぎる。そんな人里に住む熊の生態を4コマ漫画にしたのが「くま夫婦」。将来自分の子供が熊やイグアナ、鳥、猿、犬などに見えるかもしれません。そんな時家のどこかに買っておいた「くま夫婦」を取り出して、じっくりと読むといいでしょう。きっと必要になりますよ。別に人間にしか見えない人にもどうぞ。所詮人間も動物ですから。応援ブログ トリビュート作品を贈ろう(サプライズ)にトラックバック。
2007年07月19日
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まだあどけない少年のような顔立ちをしているが、彼女はれっきとした17歳の女の子だ。身長はすらっと高く、170センチ以上ある。そしてむしろやせている体を、あまり体の線が分からないようなストレートカットの明るいブルージーンズと、長袖のグリーンのカットソーと少し黒っぽい紺色のコットンジャケットを着てスクランブル交差点に立ってあたりを見回している。どう考えても人を待っている風情だ。大きなスクランブル交差点の向こう側に、頭を五分刈りにした少年が立っている。運動をなにかやっているのだろう。日焼けした黒い顔を真っ赤に紅潮させ、彼は反対側に立っているあの少女を見ていた。彼は白のTシャツに赤と黒で土蜘蛛や影清の隈取がプリントしてあった。そのTシャツも汗でうっすら色が変わっている。夕暮れの迫るスクランブル交差点の歩行者信号が青になった。彼は人込みに押されるように彼女の方に歩き出した。四方から突き飛ばされ、けつまずきながら半分位まで渡ったら、彼女が彼に気が付いた。とたんに思案気でちょっと暗そうだった彼女の顔が、ライトが下から当たったみたいに明るくなった。そして手のひらを自分の胸のあたりで広げて小さく手を振った。彼はそれを見るとばね仕掛けのように彼女に駆け寄っていった。はあはあ息をつきながら、うつむき加減で「ごめん、またせて。」「ううん、別に待ってないよ」スクランブル交差点はそろそろ車があふれる時間。渡っている人も急ぎ足になり、半分走り出している。歩道端にいる少年に走ってきた人が背中からぶつかって彼女の方に1、2歩よろけた。「ごめんよ」とぶつかった人は言って慌ててそのまま走っていった。少年は不意を突かれて彼女に正面からぶつかってしまった。「あっ」そして彼女はぶつかった勢いで1、2歩後ずさって、しりもちをつきそうになった。とっさに少年が腰に手をまわして彼女を抱きかかえて支えた。二人とも不意の感触が恥ずかしかった。彼女は彼の手から急いではなれると、「ありがとう」と消え入るような小さな声で礼を言った。その顔はうつむいて、耳たぶまで赤く染まっていた。少年はぶつかった時にとっさにだした手を、空中でそのままにして固まっていた。彼は自分の胸に押し付けられた彼女の乳房の感触に、死ぬほど心臓が早く動いていた。吐き出すように「え、映画行こう」とだけ言うと、彼女の先に立って歩き出した。そんな時少女は、彼の左手に自分の右手の平を滑り込ませる。少女は嬉しそうに微笑んでいるが、うなじまで真っ赤のままだった。少年は少女の手を取りぎゅっと握り、口元を緩ませてヘラッと笑った。それがちょっとこっけいで、なんか面白い顔だったから、少女は口元を左手で覆って「ぷっ」と吹き出した。「セツ~~っ」少年はちょっとムッとして彼女をにらんだ。少女も笑うのをやめてちょっとムッとした顔をした。「その呼び方はオバチャン臭いから止めてって言ったでしょう。」「でも、セツはセツじゃん」「何で嫌がる言い方をするの」「お前だって、人の顔見て笑・・・・」の刹那に彼は彼女の顔を見て心の中でしまったと思った。少女は目尻にうっすらと涙を溜めて少年をにらむと、踵を返して映画館の方とは逆に大股で歩きだした。躊躇したが、すぐに走り出し彼女の前に回りこむ。少年に行く手を阻まれぐっと90度左に曲がろうとしたところで「ごめん!」と、少年は彼女に両手を合わせて拝む。セツはそんな少年をじっとにらむ。大きな両目からはポロポロポロポロと涙がこぼれているが、ぬぐおうともしない。「バカ!」周りの人が足をとめて二人を見る。ああ、男が女に謝っている。よくある光景・・・とすぐに回りは元通りの人の波だ。「ごめん!」といいながらゆっくり顔を上げ彼女の顔を盗み見る。少年はセツが大好きだ。だからなぜか困らせてしまう。「バカでもいいから、お願い、映画行こう」「困る」「そんな・・・」「バカは困る」そう言われて合わせた手を下ろしながら顔を見上げると、涙はまだ流れているけど、ちょっと微笑んだセツの顔が見えた。少年はほっとしてまたあのニヘラっとした顔になった。それを見たセツはまた「プッ」と、吹き出した。少年は今度は怒ったりしなかった。映画館ではずっと手を握って映画を見ていた。映画はどちらが言い出したのか分からないけれど『コープスブライド』ティム・バートン監督のアニメーションだ。映画が終わり外にでると、すっかり夜になっていた。セツとケンジは映画館に入るときから、出て来た今まで、片時も手を離さなかった。「夜になったね」「うん」「帰ろうか」「うん」喫茶店での他愛のない話や、友達みたいにお酒を飲んだり、ホテルに入ったりという事が、言わなくても分かっている事なんだけど、出来そうにないことが、ケンジには悔しいけれど、彼女の体の柔らかさや、彼女の笑顔、手のぬくもりを感じていると、本当にそンな事が嬉しかった。セツもケンジも話をしながら、線路端の道を歩く。「アキが『のぶた。』の話ばっかするわけ」「うちらも結構みんなするね。」「俺見てないからわかんないけど、先輩は好き?」「こら」「アっいけね」少しまたケンジはヘマをしたようだ。セツはまたむくれている。顔をそっぽ向けているが、手は握ったままだ。暫く押し黙ったまま暗い線路際の道を歩いた。と、ケンジは急に手を離した。えっ、と思ったのか反射的に彼の方を向いた少女に同じ手をもう一回少年は握りなおす。でも今度は指が一本一本絡み合うようにしっかり握った。セツは彼を見てそして自分の手を見た。少年はじっと少女を見ていた。「センパイ。・・・俺は先輩が好きです。」「ケンジ・・・」「だけど、年の事気にしないでください。身長だって来年になれば俺の方が高くなります。」「・・・うん」「だから・・・なんて呼んだらいいですか?」「・・・ごめんね、ケンジ。・・・セツでいいよ。もう気にしない。」「セツ・・・」ケンジは少女の名前を呟いてハッと気が付くと、手を握ったまままた歩き出した。少女はそんな彼の握られた手を両手で抱きしめて、肩のあたりに頬をぐりぐりっと押付けて満足そうな嬉しそうな笑がこぼれ出てきた。指を絡ませてぎゅーっと握った手の力が、彼女を幸せにする。彼はちょっと大柄な恋人が自分の手に無邪気にじゃれて、愛されていることが誇らしい。二人が愛を知った夜。
2005年11月25日
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「どうもこんなとこまで御足労頂き、ありがとうございました。」「どうもその節は、色々御迷惑をお掛けいたしました。」そういって深々と頭を下げた初老の男の前には、まだ中年と言うには若くすらっとした体をしているが、対照的に頭は白髪が多く、しぐさも余り若々しくなく、疲れた風貌の男が、左手に花を持ち右手にタバコをはさんだままゆっくり歩いてきていた。身のこなしから役人のにおいがする。彼は「福袋殺人事件」の捜査本部にいた刑事である。「吉田と申します。」タバコをくわえて右手一本で器用に名刺入れを取り出し、その中から一枚自分の名刺を取り出すと、これもまた器用に元に戻し初老の男に差し出し慇懃に頭を下げた。初老の男はそれを両手で押し頂く。「申し訳有りません、私は今名刺などが・・・」「いや結構です、申し訳ございませんが調べさせていただいておりますので、事情は分かっておりますのでどうかお気を使わず。」「ありがとうございます。」「田中さんでよろしいですよね?」「ええそうです。」吉田という刑事は周りを見回し、少し離れたカフェを見つけて指を指した。「どうですか、ここは寒いですからあちらでちょっとお茶でもいかがでしょう」「ええ、そうですね。そういたしましょうか。」「一応ちょっとその前に・・・」彼はそう言うと持っていた花束を田中という男がいたすぐ後ろの階段の脇に置き、そこにかがみこんで合掌した。「摩訶般若波羅蜜多心経。観自在菩薩。行深般若・・・」彼がそうしてお経を上げているとき田中はその背中を見ながら、彼もまた合掌をしていた。吉田は読経を終えると、くわえていたタバコをその花のそばに置き一礼し立ち上がった。「サア暖かいところに行きましょう。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・喫茶店の店内でコーヒーを頼み席に向かい合わせで彼らは座った。「先ほどのお経は?」「ああアレですか。高校の時に悪さばかりしていたんで覚えさせられましてね、こういう稼業では助かっています。仏さんにはこれが一番いいですからね。」「はぁそうなんですか。本当のお坊様かと思いました。」「イヤー意味は分かりませんから、形だけです」「そうですか。」ウェイターがブレンドを二つ置いていき砂糖、ミルクをいれてカチャカチャかき回すあいだ、一時静かになった。「お体は、もうよろしいのですか?」「ええ、もうすっかり大丈夫です。昨日から床も払い自分で少し家事をしています。」「そうですか、それは良かった。」彼はタバコを灰皿で消して、カップからコーヒーを少しすすった。「あの・・・」「それで・・・」言葉がかち合ってしまった。「どうぞ、そちらから」吉田刑事がやんわりと促した。「そ、それでは・・・あの、捜査本部のほうは・・・」「あぁそれは昨日付けで解散しました。」「そうだったんですか、昨日まで。それはそれはご迷惑をお掛けしました。」「いえいえその節は御愁傷様でした。」「いえサエさんの事で、御迷惑をお掛けして本当に・・・」「そんな事は無いです。それにこれは仕事ですから、どうかお気になさらずにお願いいたします。」「そうですか。ありがとうございます。それでそちらの御用は・・・」大げさに伸びをしてあくびをかみ殺すと、吉田という刑事はボソッと話し出した。「イヤー分からないもんです。人間というものは。」「そうですね。」「中松沙恵子サンでしたよね。」「ええ、そうです。」「毎年冬でも風邪一つひいたことがなく、丈夫だったそうですね。」「そうでした。」「つい先日婦人病検診をして、問題なかったようですし、申し訳ありませんが検死所見にも内臓は30台の若々しさだったそうです。」「そう、だったんですか。」「ご存知では?」「いえ知らなかったです。」「うらやましいですよね。私なんかだと肺の辺り、胃の辺り。足も手もそこらじゅうおかしくなっているのに。去年も追いかけて転んで足を折っているんですよ。もう年ですね。若いときのようには行かない。」「そうですね。」会話が少し途切れる。ざわついた店内で二人の座っている外に面したテーブルだけ少し静かになる。何か非常にアンバランスな空気が流れている。吉田刑事は外を見ながら煙草をゆっくりくゆらしている。風向きが変わり煙が田中のほうに流れていきそうになり、慌ててその煙を両手で散らしていると、田中はうつむいてコーヒーにも手をつけていない事に気が付いた。「コーヒーは体にきつかったですか?」「吉田さん。」「何でしょう?」うつむいたまま、声を絞り出す。「私を疑ってらっしゃるのですか。」「何を仰います、やだナァ。疑うも何も、捜査本部も解散したし、それのご報告ですよ。第一私も次の捜査にもう駆り出されますから。今しか仏さんの供養は出来ないんですよ。田中さんが元気になったと聞いたんでね。一緒にきていただいた次第ですよ。」「そうですか。それはどうもすみません。」「警察の人間は怖がられますからねぇ。」頭を掻きながらハハハァと笑った。そのまま自分のコーヒーを飲み干して、どうぞどうぞと田中さんもコーヒーを勧める。「私はまだサエさんが死んだことを、信じられないんです。」「そうでしょうね。」「刑事さん。本当に事故だったんですよね。」「そうですよ、ご存知のとおりです。」吉田刑事は内ポケットから分厚い封筒を取り出して彼の前に置いた。「今回の件の報告書です。おうちに帰ってごらんになってください。中松沙恵子サンの事故報告書になります。保険会社にお渡しください。」彼はそれをゆっくり手にしてしばらくボーっと見ていた。吉田は彼が泣いているのではないかと思った。はたして彼は泣いていた。呆けている顔の目から一筋、頬骨を迂回して鼻の横に涙が道を作っていた。吉田はカップを持ってコーヒーと啜ろうとしたが、コーヒーは既に飲んでしまったあとだったが、その手を下に下ろせなかった。そのままじっと何も入っていないカップを見ていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「じゃあ私はここで。」吉田は東急線の青葉台駅の改札の前まで見送りに来た田中にそう言った。田中は向き直り吉田刑事の顔を見上げるように見た。「田中さん。」「中松沙恵子はかわいそうだった。」田中の顔が少し強張った。「刑事さん・・・」「貴方はその最後を見とれなかったかもしれないが、気にする事は無い。貴方には貴方の人生が有る。」田中はじっと吉田の顔を見ている。「でもね田中さん、何で彼女はあの福袋を欲しかったんでしょう。」「それは・・・」「彼女は資産は有った、あなたという優しい良い男もいた。車も有った、家も有った、何でも持っていた。」「刑事さん、そ・・・」「田中さん。」田中はビクッと怯えたように吉田の顔を見た。吉田の両眼はじっと彼を凝視している。「捜査は終わったんだ。」「はい。」「お元気で。」吉田はそう言い残すと踵を返して自動改札機を抜けて向こうへと行った。呆然と田中は立ち竦んでいるみたいだった。吉田は振り返らずそのままホームの階段を上っていった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・翌日、田中泰英(42)は青葉警察署にやってきて、中松沙恵子が死ぬ事を知っていたと言った。中松紗恵子は心臓に病を抱えていた。それはあるきっかけで田中のみ知ることになった。そのきっかけとは突然運動中に失神して病院に運ばれた事だった。田中が誘ったスポーツクラブでエアロビクスをしている途中だった。そして運ばれた病院で意外な病名を告げられる。「QT延長症候群」通称、家族性突然死症候群という珍しい病気だ。その病気は突然死の原因の一つと考えられている。運動して脈が速くなったりストレスなどで同様に鼓動が早くなると発作を起こし、ともすると死に至る。今回も彼女にストレスがかかると発作を起こすかもしれない事は分っていたそうだ。青葉警察署の刑事に動機を聞かれた時、彼はポツリと話した。「サエさんは、子供がいたんですよ。」彼は訥々と語り始めたであったときには田中は無職で、一緒に暮らして仕事もしていなかった。仕事をしなくてもいいと言われた。その代わりずっと一緒にいて欲しいと中松には言われたらしい。中松紗恵子は実際かなりの資産を持っていたが、それは父から譲り受けた株などで、実生活はつつましい物だったそうだ。田中は一度結婚していたが、相手の異性関係などで離婚していた。子供は居らず、離婚を機にそれまでやっていた食堂をたたみ、時々仕事を請け負ってくらしていたそうだ。二人がであったのは中松紗恵子が前の夫と離婚した次ぎの年だった。調停も終わり、わずらわしい事が終わった直ぐあとだったようだ。二人が一緒に住むようになって、ずっと順調だった。金銭で困る事はなかった。食事などは田中が作り、二人連れ立って遊びに行くのを近所の人も良く知っていた。また人付き合いもよく、事実上田中は結婚しているも同然だった。ただ田中には一つの危惧があった。自分の仕事が無い今、中松に捨てられる及び中松が死んだ時の保証が無いことだ。「私はサエさんに聞いた事が有ります。『もし、貴方が死んだら、私はどうしよう』そのとき彼女は笑って答えてくれませんでした。」ただ、彼はそれでも問題はないと最初は思っていた。しかし・・・「サエさんは、子供がいたんですよ。」離婚した前の夫との間には子供はいない。しかし、実は事故死した彼女の妹には25歳になる男の子がいた。彼女の養子となって彼女が援助していた。既に社会人になっていたため金銭援助は既にしていなかった。だから彼は最初気が付いていなかった。そのときから彼はが配偶者でない事に焦りを感じた。「彼女は優しかったが、わたしはそれを感じるとますますどうすればいいか、・・・苛立っていきました。結婚をしようと言いました。でも彼女は前の夫のことがあり、色よい返事はくれませんでした。」彼女は自分の生命保険の受け取りを田中にしていた。彼にとってはそれがたった一つのすがれる藁だった。彼に最期の電話がかかってきた時に中松紗恵子にはまだ息があった。彼は電話で彼女の最期の声を聞いたのだ。しかし何と言ったかは彼は決して話さなかった。「吉田さんは何で気が付いたんですか?」吉田は田中の拘置所を訪れ一度面会をした。田中のたっての願いだった。「田中さん、あなたは中松紗恵子から電話が来た時、5分ほど回線が空きっぱなしだったんですよ。上のものはそんな些細な事に気を止めなかったんですが、私はどうしても気になってしまって、貴方と中松さんの身辺をもう一回洗い出したんです。」一息ついて煙を換気扇の方にフーっと吐き出した。「そうしたらスポーツクラブでの出来事に出会ったというわけです。あとは憶測だけです。ただ貴方は殺したいと思っていたわけではないだろうと思っていました。アレはきっと魔が差したんだろうと。それを確認する為に駅前で待ち合わせたんです。」「そう・・・でしたか。ありがとうございました。」吉田は彼に向かって深深と礼をする田中を見た。「あのお経から何か変わったんです。」■□☆※■□☆※■□☆※■□☆※■□☆※■□☆※廃園の秋 トラボケ駅伝往路の後編です。これを書いちゃうとこのブログが何で作られたかまで分ってしまいますが、自己顕示欲が強い為公開しちゃう所まで含めてボケという事でよろしくおねがいします^^
2005年01月10日
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新春トラックバックボケ駅伝という催しをしていました。後残り時間もわずかなので、私のような飛び入りでも構わないでしょう。よろしくおねがいします^^ お題「3日間並んでゲットした福袋に入っていた驚くべき目玉商品とは?!」 三日間並ぶと三日目には奇妙な連帯感が生まれるらしい。 ホントウ? ホントウさ。私もやったから分るよ。 それで、何を買ったの。 ジュエリーの1万円の福袋を買ってその頃付き合っていた恋人にプレゼントするはずだったんだ。 お母さんがそばにいるのに大胆な話じゃない? いいからよくお聞き。でも3日間彼女をすっぽかして並んでたら、3日目に彼女から別れるという電話が入ったんだ。 そりゃァ自業自得だよお父さん。 いいから、先を聞くの。呆然としても並んでいる後ろにいたのがお母さんなんだよ。 てことは・・・ 3日並んでお前のお母さんを手に入れたんだよ。 福袋の指輪をわたしたの? そうじゃなくて、僕の番で売り切れだったから後ろに並んでたお母さんに順番を譲ったんだよ。 だから今でもお尻にに敷かれているんだ。 お父さんとムスメの会話でした。「恋人」がたすきです。■□■□■□■□■【新春!男女対抗TBボケ駅伝!】■□■□■□■□【ルール】 お題(共通お題)の記事にトラバしてボケて下さい。 今回は駅伝なので男女対抗の団体戦です。 たすきとして、前走者のネタの中から単語を1つチョイスして 自分のネタに組み込んで下さい。 そして、記事の最後にチョイスした単語を発表してください。 開催は1/1共通お題発表、往路1/1~4、復路1/5~8の1週間です。 往路復路で1人1TBずつ参加可能です。(同一路に1人2TBは不可) お題記事と前走者の記事の2つにTBしてください。 お題記事は男女別なので注意して下さい。 男性チームTB記事 http://earll73.exblog.jp/1498480 女性チームTB記事 http://earll73.exblog.jp/1498483 より多くのTBがついたチームが優勝です。 優勝チームの中からMVPを発表します。 MVPには「TBボケ2ndステージ第1回のお題出題権」が贈られます。 参加条件は特にないのでどんどんトラバをしてボケまくって下さい。 お祭りなので初参加歓迎です。 ※誰でも参加出来るようにテンプレを記事の最後にコピペお願いします 企画元 TBボケ駅伝実行委員会 毎日が送りバント http://earll73.exblog.jp/■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
2005年01月08日
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