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そして保健のおばちゃんの言うとおり夜19時には39度を越していた。すごいね、先生。で、寝て起きての繰り返し。節々痛いし不安定になるしもういやや。あやや。1気分が重い。憂鬱で、ネガティヴなことばかり考えてしまう。2何をするのも面倒で、何にも興味が持てなくなる。楽しいと思えなくなる。3集中力が極端に低下する。4決断ができなくなる。決断を迫られるのが苦痛になる。5常に不安。6自分を嫌いになる。自分を常に責めている。7物凄く疲れやすくなる。これが鬱子ちゃんの症状だそうです。え、誰もが鬱子ちゃんじゃん。てかBUMPの曲を聴いて一回でもジーンとした人!!その時の心理状態はまさしく鬱子ちゃん??なんか、繰り返し同じようなことでへこんでいる様に見えるのは、世界が同じだからではないかと。自分では進んだように見えてても、他人にいざ打ち明けてみると「またか・・・」みたいなね。別に私の中ではまたじゃないんですけどそりゃ、どんな世界で生きてても対人関係が付きまとってきて、私なんて人の事考えるのスキだしおんなじ様なことで悩んで迷って胸に決めた答えにまたつまずいてそんでちょこっとずつおっきくなってるんです。成長おそいんです。でもね、そんなに言われると本とはまったく成長してないんじゃないかって思っちゃうよ?わはは、自宅で一人パソコンに向かい終始空くことの無い口の代わりに脳みそが喋り続けている。頭がおかしくなっちゃいそうだココロがきもちわるいそして今やっと35度台の平熱。それでもなおらない、むしろ高まるぎすぎす感はなんだ?私でも哲学者になれるかもしれないw
January 19, 2006
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月曜日の授業中。どーもおかしいなって昨日から思ってたんです。そしたら案の序、風邪引きました。保健室行ったらびっくり8度4分・・・こんなにでたの久しぶりだょ-。保健の先生には「1時間に1度上がるよ」「これはインフルエンザの可能性がたかいね」など脅され。「もゲラ」の読み合わせ出来ずに早退させてもらいました、みなさまご迷惑おかけします。そして気がつけば木曜日。明日の英語のテストがヤバイ。勉強しなきゃ。「愛妻家」なんとなく頭に浮かんだこの言葉。妙じゃない?いつの時代の言葉かな?まるで妻を愛することがすごいことのようだ。じゃあこの通りだとして、何でこの逆の言葉はないの?妻が夫を愛するのは当たり前なの?へーんなの。なくてもいい言葉のような気が。「恐妻家」現代にはこんな言葉があるらしい。怖い奥さんのことだって。あはは。面白がってつけたとしかいいようがないなぁ。今は略語が当たり前で、ぇっって言葉ばかりが普通に使われてる。ドラマの名前とか。理解できん。とかいう私も自分の劇団名を「もゲラ」とかいう意味の分からない羅列にしてしまった。私の中では「moreゲラゲラっ」って笑いのメッセージを含めてみたんだけど。意味わかんないよね?でも何かを作っていくっていうのはそういうことなのかな。その中でもちゃんとした知識が頭にあるのとないのじゃ全然違うよね。わたしはなにになりたいの?わたしになにができるの?わたしってなんなの?ときどき存在理由がわからなくなる。ああ、明日死ぬかも知れないのに。もったいない時間だ。
January 19, 2006
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元旦はバイトのあと横浜のおばあちゃん宅に行ってきました。今年は拓郎が受験なのでお父さんと2人だけ。2人でエルグランドはおっきすぎる・・・wおばあちゃんちについたのは15時。初めて吉澤家で真剣な話をしました。とくに司おじちゃんと距離が近づいた気がして新年早々いいことがありました。2日。中山のおばぁちゃん宅で良子おばちゃんと敦おじちゃん含めてお正月。ほんの数年前までは15人ぐらいの人が来ていたと思うと中山のお正月の空気が変わりますね。もうなれたけど。毎年毎年情事は変化してるんだね。もうこれ以上人が減りませんように。んでもって今日。起きたのが11時でビックリしました。「遅く起きた朝は・・・」って感じ。じじが16時に来るっていってたから、急いで準備してララポートへ。20年間生きてて初めてかな?三箇日で外出したの。ララポートに在るチチカカと、イクスピアリに在るチャイハネ・LUSHに行ってまいりました。混んでる場所に行く買い物は一人に限りますな。いやいやかなり充実、たくさん洋服をGETできました。チャイハネではじじが誕生日にくれた商品券wを使ってお揃いのお財布を買ってもらったりして。じじのスニーカー論を聞けたりしてw初めてじじとこんなに楽しい買い物したかもです*帰りはバイクで帰ってきて、お汁粉と御節を食べ、古畑任三郎を見て帰っていきました。昨日からずっとじじに会いたくて、事あるたびにじじを思い出して、会ったら何しようとか、いまどこかなとかすごく待ち遠しくて。私はとても素敵な人とお付き合いできているんじゃないかな。飽き性なのに。珍しいwお父さんみたいに優しくて感激屋サンでアクティブで車と映画が大好きなじじ。ああ、こういう気持ちがスキってやつかと再確認。ホント色々あってこその今なんです。常に過去の重みを感じているのです。幸せをかみ締めるたびに不穏な思い出を振り返ります。たくさんの人を思い出します。それを踏まえて・・・今私は女として幸せ。起動に乗った未来への道も、+に開いていくといいな。ちょえパパに会ったよ。稲垣先輩とちょえにCD渡せてよかた*後はのんちゃん!
January 3, 2006
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いつからか年賀状も書かなくなってしまったなぁ。日本人らしく、季節の中に組み込まれている行事はちゃんとやりたいけど、時間の並に飲まれて何も出来ていない自分がいます。仕方ないっていいたくないけどね。ごめんなさい。昨日の夜はたくさんの人にごめんなさいとありがとうをいいました。31日に1年間を振り返ってみるととにかく誰かに聞いてもらいたくて、コレで許してもらえるわけでも、悪いことがなくなるわけでもないんだけど自分清算をしてみました。毎年してた訳でもないのに。結果自分清算してました。走り出したかのように電話にしがみついてた。きっかけはバイト先で出逢ったバイト仲間の一人のおばさんなんだけど。すごくお世話になっていたのにいきなり意味不明なやめ方をしていった人。ずっと「なんで??」って思ってた。だって4年もがんばってた人だったから。話した感じもそんなことする人じゃなくて、その人がバイトをやめてしまってからバイト先に行く度に思い出していた。買うお客さんが固定されているような在庫数の少ない煙草をいつも買っていた。その煙草・バベルライトもその人がいなくなってから売れ行きが下がった。昔からのバイト仲間の中では、その売れなくなった煙草が一番の存在感あるものになってしまった。半年間くらいなくなったことがないその煙草が、半年間で初めて在庫切れになった。それが31日だ。私は悩んで悩んでその人に電話をしてみた。もうかかんないかなってだめもとで。私のことなんか覚えてないかなって想いながら。だって運命でしょう?かけなきゃ!!って思ったんです。そしたら出たんだよ!!覚えててくれたの!!すごく嬉しくて舞い上がってしまったのさ。だけどよく話を聞いてみるとその人は人生の奈落に半分浸かっていた。信じられない生活をしていた。この異常な寒い冬に、本当に一人で生きていた。自分と向き合うしかない状況、誰も助けてくれる人がいなくなってしまった。夫も娘も息子も、自分によって無くしていた。「ああ、生きるって難しい。ごめんなさい。人は見かけによらないんだ。私は嫉妬心に刈られて酷いことをした。でも抑えられないんだ。苦しいけど、でも生きるしかない。生きたい」って言ってました。私には分かり合えない絶望と恐怖の挟間を、光を見つけようとじっと待っていました。全然関係ないんだけどね。なんだかカルチャーショックを受けちゃいまして。世の中にはいろんな人がいるけど、リアルにそれをみて、悲しくなっちゃた。「なんでこんなになったのか自分でもわかんないや、こんな年になって馬鹿なおばさんだ」って。「明日(1月1日)は私の誕生日w誰も祝ってくれないね」って。あああああああああああああああああああツツッっ!!!!そして泣きながら先生に電話してしまったわけです。先生ごめんなさい。その人とは今度会おうと約束しました。そういう現実もあるって知ったからって逃げたくないから。自分の人生では絶対起こらない障害を人は避けて通っちゃいけない。その人に悪影響な付き合い方はしません。そんなのわかっています。わかった上で。なんていっていいか自分の中でもまだ整理つきませんが、生きることと戦ってきますwそして自分清算。私は忙しい中に生きる人間になりたい人間なんです。それで一年間走ってしまいました。それをわかった上で怒って、それでも待ってるといってくれた先生。うまくん。ごめんなさい。ありがとうございます。すぐ泣いてごめんなさい。今年はちゃんと忙しい中に生きる人間になる!!今年の目標。もう一個。努力の才能にあこがれるんじゃなくて少しでも開花させる!!自分ではなをこじ開ける!!私の場合は鼻か?まぁ。自分が生きていこうとしている人生計画にはこれができないと成り立たないので。がんばらなきゃ。すごくすごくすごくがんばります。
January 1, 2006
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いつからか年賀状も書かなくなってしまったなぁ。日本人らしく、季節の中に組み込まれている行事はちゃんとやりたいけど、時間の並に飲まれて何も出来ていない自分がいます。仕方ないっていいたくないけどね。ごめんなさい。昨日の夜はたくさんの人にごめんなさいとありがとうをいいました。31日に1年間を振り返ってみるととにかく誰かに聞いてもらいたくて、コレで許してもらえるわけでも、悪いことがなくなるわけでもないんだけど自分清算をしてみました。毎年してた訳でもないのに。結果自分清算してました。走り出したかのように電話にしがみついてた。きっかけはバイト先で出逢ったバイト仲間の一人のおばさんなんだけど。すごくお世話になっていたのにいきなり意味不明なやめ方をしていった人。ずっと「なんで??」って思ってた。だって4年もがんばってた人だったから。話した感じもそんなことする人じゃなくて、その人がバイトをやめてしまってからバイト先に行く度に思い出していた。買うお客さんが固定されているような在庫数の少ない煙草をいつも買っていた。その煙草・バベルライトもその人がいなくなってから売れ行きが下がった。昔からのバイト仲間の中では、その売れなくなった煙草が一番の存在感あるものになってしまった。半年間くらいなくなったことがないその煙草が、半年間で初めて在庫切れになった。それが31日だ。私は悩んで悩んでその人に電話をしてみた。もうかかんないかなってだめもとで。私のことなんか覚えてないかなって想いながら。だって運命でしょう?かけなきゃ!!って思ったんです。そしたら出たんだよ!!覚えててくれたの!!すごく嬉しくて舞い上がってしまったのさ。だけどよく話を聞いてみるとその人は人生の奈落に半分浸かっていた。信じられない生活をしていた。この異常な寒い冬に、本当に一人で生きていた。自分と向き合うしかない状況、誰も助けてくれる人がいなくなってしまった。夫も娘も息子も、自分によって無くしていた。「ああ、生きるって難しい。ごめんなさい。人は見かけによらないんだ。私は嫉妬心に刈られて酷いことをした。でも抑えられないんだ。苦しいけど、でも生きるしかない。生きたい」って言ってました。私には分かり合えない絶望と恐怖の挟間を、光を見つけようとじっと待っていました。全然関係ないんだけどね。なんだかカルチャーショックを受けちゃいまして。世の中にはいろんな人がいるけど、リアルにそれをみて、悲しくなっちゃた。「なんでこんなになったのか自分でもわかんないや、こんな年になって馬鹿なおばさんだ」って。「明日(1月1日)は私の誕生日w誰も祝ってくれないね」って。あああああああああああああああああああツツッっ!!!!そして泣きながら先生に電話してしまったわけです。先生ごめんなさい。その人とは今度会おうと約束しました。そういう現実もあるって知ったからって逃げたくないから。自分の人生では絶対起こらない障害を人は避けて通っちゃいけない。その人に悪影響な付き合い方はしません。そんなのわかっています。わかった上で。なんていっていいか自分の中でもまだ整理つきませんが、生きることと戦ってきますwそして自分清算。私は忙しい中に生きる人間になりたい人間なんです。それで一年間走ってしまいました。それをわかった上で怒って、それでも待ってるといってくれた先生。うまくん。ごめんなさい。ありがとうございます。すぐ泣いてごめんなさい。今年はちゃんと忙しい中に生きる人間になる!!今年の目標。もう一個。努力の才能にあこがれるんじゃなくて少しでも開花させる!!自分ではなをこじ開ける!!私の場合は鼻か?まぁ。自分が生きていこうとしている人生計画にはこれができないと成り立たないので。がんばらなきゃ。すごくすごくすごくがんばります。
January 1, 2006
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