July 12, 2007
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カテゴリ: そのほか
またまた、様式についてです。

先日のバッハアンサンブル名古屋もそうですし、
四月にご一緒させていただいたバッハクライス神戸もそうでした。
どちらもバッハの名を冠しているだけあって当然かもしれませんが、
様式への畏敬が個々の音楽に望む姿勢にはっきりと出ています。
そういった人たちの中でバッハが歌える事は何よりも幸せな事です。
が、また同時にその中で歌う役割や責務をはっきりと教えて貰っている、、
ひしひしとそう感じます。とても有り難い事です。

音楽の様式、今現在がどれくらい様式を体現出来るか、、

それぞれの音楽を敬う意識が無ければ結局は何も始まらないと思います。
様式感の欠如、、無頓着であったり、無視したり、軽視したり、、
それは音楽への愛が見えて来ないということ、
と言い換えても良い。そう考えます。

さて、様式を越境した演奏で感激した例。第二弾です。
(生で実演に触れた例だけを取り上げています。)

どうしても最近の例になってしまう事と、
ちと、身近な人の演奏なので、、
書くのが何故かしら少し気恥ずかしくもあるのですが、、
ピアニカで演奏された「詩人の恋」の「美しき5月に」です。

ジャズのピアニカです。

ジャズバンドの中での演奏です。

何度もいいますがジャズです。

でも、詩人の恋でした。
聴いていて違和感などは全くありません。
むしろ「同じものだ」そう感じました。



演奏した彼がドイツ語の歌詞のディクションを正しく正確に歌えるかどうか?
良い歌、良い音楽とは、そういった問題では無いのだな、、。
そう認識させられた演奏でした。
失礼ながら、多分彼はドイツ語で人に聴かせられるほどは歌えないだろう、、
そう思います。でもそれは演奏で判ったのではなく、
彼の事を知っている。という別情報に基づくものなのですが、、。
(もし間違っていたら、ごめんなさい!謝罪とディナーをご馳走します。)

何度もいいますが。でも、詩人の恋なのでした。
聴いていて違和感などは全くありません。

しかし、僕が歌い手として言葉のディクションにこだわる事、、
これもとても大事な事に変わりはない、、。
その事が揺らぐ事もありませんでした。

それが何故なのか、今は上手く自分の歌が伴わない文章では表現出来ません。
でも、今は、、なのでは無くずっとそうかも知れませんが、、。

ただ、最初に書いた「畏敬」という辺り、、
または、「音楽への愛」、、
そういった言葉の方向に理由があるのは確かな様です。







この辺りに??



今見たら、こんなのもありました。





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Last updated  July 12, 2007 10:07:27 PM
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