September 13, 2008
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カテゴリ: そのほか
私の山登り歴はかなり遅く、28歳から山歩きを始めた。

ふるさとの山である六甲を皮切りに、
南北アルプス、八ヶ岳、大峰、四国、屋久島、、
といくつか国内の山を登った。

初めて 六甲山 の最高峰に辿り着いたとき、
驚いたのは、わが街の背山として親しんで来た六甲。
その最高地点が米軍の占有地だった事だった。

いや、もっと驚いたのはその事をその時まで全く知らないまま、


パラボラアンテナの存在は知っていたし、
ハイキングガイドの写真にも載っていた。

rokkousa-1.jpg


赤松滋著「六甲山」<ワンデルングガイド-2>(1984)より


rokkousa-2.jpg
「阪急ハイキング」(1992)より

rokkousa-3のコピー.jpg
大西雄一著「六甲山ハイキング」第四版(1984)より

「通信アンテナ」
という記述程度はどこかで見た事があった。

が、写真にはその姿は写っていても、
どのガイドブックにも記述は無いし、
地図にも「米軍」または「基地」
という文言は一切出て来ない。


子供の頃から、第二次大戦の話は周りの大人たちから
何度と無く良く聞かされていたし、
学校でも確かに何度も学んだ記憶がある。


何故今まで知らなかったのだろう?

「あそこにアンテナがある。」
街からはっきりと誰でも目視可能な存在なのに、、

これだけ誰でも知り得る現実なのに、
何故、こんなに認知度が低いのか?



情報操作の意図が存在している、
という風にしか受け止められなかった。
住民感情を刺激しないための、、

これまた、率直な印象でしか無かった。

改めて郷土史の史料を見てみた。





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Last updated  September 14, 2008 01:41:54 PM
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