January 23, 2010
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カテゴリ: そのほか
この国の人と文化にとって、


この国で、この時代の私たちの歌と言葉で
「普通」の人が「普通」に音楽を歌い楽しむ、
それはCreole,Criolloあるいはチャンプルー。

洋服を着ていても喋る言葉は日本語。
普通に出る声はアジアの声の中の日本の声。
今の時代は日本髪を結わなくても、
今の時代でも私たちの声は邦楽器、和楽器。


ルネサンスでもバロックでも無く、
その体と言葉、文化と習慣で培われた素材、
その形づくられた仕様は
今の時代であったとしても
紛れも無くジャパニーズ。

声という楽器は買うことが出来ない。
オリジナル楽器を採寸する事も出来ない。
設計図を取り寄せる事も出来ない。
材料を選ぶ事も出来ない。
製作技術を研究し学ぶ行程の様に客観視出来ない。
楽器の持ち替えなど当然出来ない。


製作家であり、技術者であって、
初めて演奏家となれる。
それが声楽家であり歌手。

こうした考察自体も、
異国の歌であっても日本語で考えてゆく。


しかし、それでピリオドをうってしまえば、
この国で西洋音楽を歌う事は不可能。
と、結論づける事になってしまう。

異文化の中で異文化に取り組む。
そこからがスタートであり、始まり。
それが事実。

ましてや古楽はAuthenticな取り組みをその礎にしているし、
民謡などもTraditionこそがその源になる。

日本の古来の伝統芸能を歌うにせよ、
その歌が何処の何時のものにせよ、何にせよ、
変わらぬ現状を理解し受け入れること。

私の中にあるもの、外にあるもの。
一つずつ理解し、試行錯誤し、租借し、、
山道を一歩ずつ登る様に。

そして僕の望みは、、
頂きに登りつめる事ではなく。
音楽への愛の中には、
異文化への愛があることを少しでも伝えてゆきたい、、
ということ。。

「普通に」歌を歌いたい。。

ただ、それだけです。

そのために、、

楽器の人を見て思う事は、
楽器に依存するな!
音符だけに頼るな!
という事。

歌の人を見て思う事は、
気分と想いだけに任せるな!
楽器を造る様に、楽器を扱う様に、、
根拠を持って、自分の声を、言葉を、歌を一つずつ作り出せ!!

という事。










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Last updated  January 24, 2010 12:50:09 AM
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