あれから、バリ滞在記の為、アジア放浪記の続き忘れてました。ここで、引き続き書き込みたいと思います。
そう、インドカシミール地方へ出発したのであった。
病み上がりの私は、飛行機でカシミールへと飛び立った。
グラグラの怪しい飛行機に乗り、1~2時間で到着。
一応ガイドのような人がお迎えに来ていて、車でシュリナガールという
所まで送ってくれた。
「シュリナガールはまるでインドの軽井沢のような避暑地で
湖のそばにはハウスボートが優雅に浮かんでてね、そこで
滞在するんだよ‥。」
とさんざん世話になった、ニューデリーのエージェントの人の言葉が
思い出された。
だんだんと湖近くに到着しつつある。
し・か・し‥。
どうも街の様子が変だぞ‥。
どの店も閉まってる。
しかも軍隊?軍人が5mおきに銃を構えて立ちはだかっている???
何があってん?????
やばいぞ???????
恐いぞ!!!!!!!!
「何かあったんですかね?」とガイドの人に聞く。
「いやー別にたいした事ないっすよ。セレモニーがあったんですよ。」
と、明るく返事。
そうか、まーそんな事あったならしゃーないね。
よく分からないまま、ハウスボートに到着。
ハウスボートは美しい。広いし。
まるで、VIPにでもなった気分。
部屋は3~4部屋あり、キッチン、トイレ、シャワーと揃っている。
毎回、食事にはポンチョを着たお手伝いの「ポンチョさん」(勝手にそう呼んでた。)
と、スラット背の高い青年(名は忘れたが)の2人がお世話をしてくれた。
私と友達はポンチョさんと青年とすっかり仲良しになり、後に
「チョコレートパーティー」もした。(ただチョコレート食うだけだが‥)
最初は楽しくハウスボートの生活を満喫していたが、
3日も経てば、いい加減外へ出たくなる。
しかし、ポンチョさんは「んー今、まだセレモニーしてるからねー」と
中々、外へ出してくれない。
「でも、そのセレモニー見たいしねえ!」と無理やり外へ出た。
やはり店はどこも閉まってる。
それどころか、焼け果てた店もあった。
????????いったい何があったんだ?
詳しく問いただすと、何でもこのカシミール地方は9割イスラム教で、
インドから独立したいらしく、ちょうど私らの来る数日前に独立運動が
あったらしい‥。
「そ、だからここはこの前150人の死傷者が出たんだよ。」
とポンチョさんは軽く言った。
何~~~~~~~~~~~~!!!!
そんな恐ろしい時に、来さすなよ!あのエージェントもいい加減な!
結局シュリナガールには1週間いたが、オールハウスボート生活であった。
ま、カシミールティーや、カシミールパンは美味しかったけどね。
今は、どうなんですかね?確かインドからは入れないんじゃなかったかなあ?
でも、皆いい人でしたよ。
ポンチョさん、あの青年もどうしてるのかなあ?
そして、その後灼熱のタール砂漠へと向かったのであった!!!!
つづく!!
PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ