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せんべいにハマッてる。甘党のワタシだけど、コンビニ、スーパーへ行くと‥ついつい、おせんべいに手が‥一番旨いのは、しょうゆ味の堅い奴!(草加せんべい?)いや、たがね焼?なぜか、夕方にむしょーに食べたくなる憎い奴!そん次は、いかみりん。(今日も購入)食べだすと、とまらない、止められない止まらない。せんべいは、素晴らしい日本のお菓子だと思う!!!!スイーツも甘味も良いが“せんべい”の旨さ、深~い。緑茶又はほうじ茶で食してね。(決してせんべい屋ではありません。)ちなみに、甘いモノも大好きである。
2007年07月21日
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音楽、無くてはならない物。NO MUSIC NO LIFEとはよく聞く言葉だがミュージシャンじゃなくとも、一般PEOPLEにも必要~♪最近は、もっぱら車内で大音量で聞く(歌う)。今日は、LINKIN PARKの新譜を聞きまくった。最近のお気に入り‥LINKIN PARKCOCCOアンジェラ・アキ美空ひばり永遠に好きなのは、DEPECHE MODE。MADONNA、Def-tech、REGGAE、NEW ORDER、ENYA、奥田民夫、民族音楽etc......いっぱいありすぎ~。。FMも良く聞く。ずーっと音楽聴いてたいな。職場で音楽聴けないのが、辛い。。デスクワークで音楽聴いてはいけないのか?はかどると思うんだけどね~。
2007年07月19日
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最近、本気でアロマテラピストの資格取ろうかな?と、思うほどアロマに凝ってる。なぜ、そういう経緯になったかは‥30歳も後半近くなり、アンチエイジングにも、もちろん気になる年頃。母が、通販系の高い化粧品を使ってる。んで、いいのか悪いのか分からず薦められて使ってた。(約半年)そんな折、友達からガスールを薦められた。ガスール(自然派化粧用の粘土)。すんごく肌に合った!肌はスベスベ(しかも安い)そこで、ふと思う。化粧品っていったい何?あの高い化粧品とガスール‥。そこで色々調べてみた。お金をかけずにアンチエイジングするには‥“田中宥久子の造顔マッサージ” ↓“デトックスな食生活” ↓ “リンパマッサージ” ↓ “アロマテラピー” に至る。アロマは深い。一般に良く聞くアロマテラピー。もっと勉強したいもんです。
2007年07月18日
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最近、美空ひばりが気になる。YOU TUBEでもひばりを検索。本間、美しいし、歌は素晴らしいし、圧倒される。近々、DVDを購入しようかとも思ってる。。。最近、色々“歌姫”とかどうとか言われてる歌手はいるけどひばりには勝てない!もうこの世にいないってのも、また崇高な存在。。正月番組で、KEIKOが歌った“愛燦燦”は最悪やったな~~ひばりの“愛燦燦”は、最高に素晴らしいのに!!!!やっぱ、上質な人は上質な歌を歌うね‥。老若男女、皆に好かれるってのは、たいしたもんだ。。そういう歌手って、そうそう現れない。。癒されるわ~。美しい~。
2007年07月17日
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超~ひさびさ。たまにはいいな~。こっちも。昨日は久しぶりに髪型変えてみた。モッズヘアみたいなモード系?でも弟には“三原じゅんこみたいやな”と言われる。。くっそ~!おまえにはモードが分からんのかい!!ま、それはいいとして自分では気に入ってるからいいのよ。。しかし、今日の昼ごはん(ハンバーグ食べた)の後、チョーすごい下痢。。。。。。ミスドとファミマのトイレで死にそうになった。。。な、な、なんでハンバーグで‥“ミート○ープ製?”ま、普段便秘気味なんでたまにはええっか?なんて、言うてる暇もなく、今晩は弟夫婦と晩ご飯食べに行く約束が~~~~。。せっかくの、ディナーなのにぃ~~~~。とかなんとか言うてもしゃーないし、もち行くよ!そこで、弟があらたまって、何か言いたいそうだ!!「あんな、ちょっと話があんねんけど‥」「○○子がおめでたでーす!」(テレ笑)“おおおお~”(一同)「おめでとー」(とりあえず一同)ま、まだ2ヶ月ちょいだけど、念願かなった妊娠の為、言いたくてムズムズしてたそうだ。。。。んんん~シアワセぼけの弟よ。。本間、仕事もくそ忙しいのに、この先どうなるのか??ま、ええんですけどめでたいし。。。
2007年07月16日
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長らくお休みしてましたが、またここで再びインド編再開いたします!!そうこうして、キャメルサファリから戻ってきた私達はラシーブ・ガンディ首相暗殺事件を聞いて、ボー然としたのを憶えてます。それから、またニューデリーへ戻ったのですが、また長距離バスに乗り泥っどろになりつつ、ニューデリーのターミナルへ到着。そこで、「よく無事で解放されたね!事件」があったのでございます。どういう事かと申しますと、いやあんまり思い出したくもないのですが‥。ニューデリーのターミナルに着いた私らは、たしかバスの運転手がどこどこの駅まで送ってやるから‥的な事を言ったので、じゃあ、お願いします。と他の乗客が全て降り、再度出発するのを待っていた。しかし‥‥バスは中々出発しない。バスの運転手のおっさんは、急に制服からラフな格好に着替え(ランニング+サロン)後ろの席で、くつろいでいる。私らも「あの~いつ出発するんですか?」と恐る恐る聞いてみると、「まーもうちょっと休憩してからね。隣に座れば?ホレ!」と気軽に言う。「????????何言うてんねん!このおっさん!」運転手のおっさんはかなりの巨漢で、下に着てるサロンをチラチラと見せては(ノーパン)何かを要求してるかのようだ。もしかして犯されるのではないか?と恐れながらいざとなっては窓からでも逃げてやる!と友達とびびっていた。どれくらいの時間が経ったか?中々出発しないおっさんに「あのートイレ行きたいしドアを開けて欲しいねんけどー。」と友達が言うとコカコーラかなんかのボトルを差し出された。「‥‥‥。」これで用を足せってことかいな?ドアには鍵がかかっている。はっきり言って監禁だ!これでおっさんに犯されたら、もっと最悪である。やばいなー。どうするよ?と何時間か経った後、おっさんもようやくあきらめたのか、ドアを開けてくれた。さささささーっと逃げるようにバスを降り、ひとまず助かった。ま、安易に人を信用しないように。旅では、身を守るのも自分次第である。旅先では、色んなことがある。もちろん初対面の人にいっぱい出会う。その人がいい人かどうかはすぐには分からない。全く信用しないのも楽しくないし、すぐ信用するのも、恐い。バランスが大事。私達の旅はとりあえず、知り合いになってなんかやばそうやなーのギリギリで逃げる又は断る。であったような気がする。色々あったけど、インドの旅は忘れられないものとなった。10年以上経っても、まだ鮮明に憶えてる。旅は自分の肥やしになると思う。知らないよりは知ってる方がいいと思う。偏見や差別、そんなもの見てみないと分からない。まだまだ地球は広いのであった。
2006年05月19日
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さて、ここから本番ですよ!きっと後にも先にも、あんな経験はもう無いかもしれません。猿岩石よりも先に、チューヤン&伊藤君よりも先に体験した「キャメルサファリ3泊4日!」生きててよかった編です!前回の続きから‥そうして、ジャイサルメールに到着し、「キャメルサファリ」に行く事にしました。朝の5時に出発。ガイドが2人付くらしい。私達の服装といえば、インド綿のブラウスにタイで買ったズボン頭にスカーフ巻いて、足はサンダル。いたって軽装。荷物も極力少なく、着替えらしいもんも無かった。食事も全て、含まれてると思い何も用意していなかった。(そこが、アホだった!!)朝5時に集合して、ターバンを巻いたカリカリのおじさんとおじいさんが2人、ガイドさんである。ラクダ3頭、私と友達は別々に各々のラクダに乗った。ラクダは乗ると結構背が高い。ただでさえ暑いのに、更に太陽に近づくんで暑く感じるなあ。んでもって、とっても臭いのである。口臭がキツイよ~!!ま、食べてはまた吐いてそれを食べるのがラクダであるから仕方ない。早朝はまだ暑さも我慢できた。昼に近づくにつれ、ものすごーーーーく暑くなってきた。。。。「あっつ~~~~!水飲みたいなあ~。。。」と私。「えっ?水持って来てないのか?」とガイドさん。「持ってないですよ。無いんですか?」と私。「井戸水ならあるけど、大丈夫かな?」とガイドさん。「・・・・・・・・・・・・・」私とトモダチ。マジ?マジで~~~~~~~~~?水も用意してくれてんじゃ無いの????どうすんの?こんな暑いとこで水無かったら死ぬやんかーーーーーーーーー!と思ってもとにかく水は無いのである。仕方なく、ガイドさんのくれた“みかん”をむしゃぼりついた。といっても水分のみを飲む。昼頃、休憩。普通は木陰で休むらしいが、その日は枯れ木の下である。枯れ木なので、影が殆ど無い。よって、ものすごーーーーーーーーーーく暑い。多分気温50度はあったんではないか?汗も出ない。風は熱風!逃げようにも、遮るモノが無いので逃げようも無い。とにかく、“暑い!暑い!暑い!!!!!”そればかり考える。サウナから出られない人みたいだ!だんだん、思考がモウロウとしてくる。よろよろと、岩の方へ行くが、陰は無いし熱風が吹いてるだけ。逃れられない暑さにマジでキレそうになった。様子がおかしいと思ったガイドさんは、「井戸水飲むか?後2時間程行った所にオアシスがあるけど、夕方までここで休むか?」と聞いてきた。「いいいいや、こんなとこで夕方までもたん!井戸水飲む!今すぐオアシスに行く!」と、言って井戸水を飲む。コップ1杯の井戸水を頭からかけてもらい、意識が戻った気がした。井戸水はかなり濁っていたが、脱水症状になるよりはいい。そして、すぐさま出発した。その2時間がかなりキツイ。トモダチは幻?を見たと言う。「オアシスが見えた気がしたけど、まだやったわ。。。」死にかけ寸前でオアシスに着いた。井戸があって、水を頭から何回もかけてもらった。生き返る。なぜか売店もあり、ミネラルウォーターを購入!ゴックゴク飲み干す。こんなにも水って必要な物なんだ!!神様、今までごめんなさい!とすら思った。とにかく、ここに辿りつくまで“水”以外の事は考えなかった。人間、水無いと死にます。そうして、夕方になってキャンプする。ガイドさんの夕食はカレーだ。すばやくチャパティーを手でパンパン伸ばし、石の上で焼く。飲み物はいつもチャイ。その質素な食事は毎回同じであるが、とても美味しい。そして、毎回快便であった。(笑)モチロン、その辺で。夜は7時~8時頃にマットを敷いて寝る。星空がキレイだ。外で星を見ながら寝るのである。夜は結構冷える。朝も早朝は寒い。砂漠気候。2日目も同様に昼には気温がカーッと上がる。ま、2日目の休憩はホントに木陰だったんで、1日目よりもマシであった。しかし、ヤギが多い。ブサイクなヤギがいっぱいいる。ヤギの扱いが皆さん野蛮である。平気で大きな石とか投げてた。その灼熱のタール砂漠に住んでいる住民もいる。色とりどりのサリーを着て、水汲みに女たちが歩いている。すごいなあ、こんな暑いとこでも住めるんやなあ。3日目、最終日。いつも、ガイドのおじいさん(ババさんと言う)が布でこしたお茶を飲んでいたので「あれは何だろう?」と思ってたら、もう1人のガイドさんが「あーあれは、オピウムだよ!」と軽く言う。「えええええ~?麻薬やんか?」と思ったが、ババさんはケロっとしてる。ラリッてる様子も無いし、いつもしゃきっとしてる。逆に、毎日、3回飲んでたら滋養強壮剤みたいになってんのかな?と思ったりした。すごいパワーである。とても、いいおじいさんであった。欲も無いし、親切だし、仙人のようであった。あっという間の3泊4日。死にかけたけど、終わってみたら生きてて良かった。というかものすごいシンプルな気分になった。欲とか何とかの前に人間は“水”無いと死ぬ。とにかく、水は大事だ。水の無い世界に人は住めない。お金よりも、何よりも大事なモノであると実感した。今は、すっかり思い出話であるが、一生あの時の事は忘れない。井戸水飲んでも平気だったし。野宿も結構楽しかった。そうして、街にたどり着くと、何か街がシーンとしてる。どうしたんだ?ゲストハウスに着くと、皆テレビにかじりついてる。宿の人に「何かあったん?」と聞くと「ラシーブ・ガンディー首相が暗殺されたんだよ。」「はあ~?マジで?」私らがラクダに揺られてる間にそんな事件が起こってたとは!そして、ニューデリーへと戻ったのであった。つ・づ・く
2006年04月21日
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さて、やばいカシミール地方を後にして、砂漠地方へ無謀にも行こう!と計画を立てた私達は、長距離バスで移動した。しかし、インドは広い。長距離バスも、オフシーズンの為か現地人しか乗っていない。ガタゴト揺られながら、暑い、埃っぽい道のりをドライブ。途中、何度か休憩で停まる。が、日本で言うI.Cのようなドラインブインは無い。屋台か売店のような所だ。トイレも‥‥無い。でも、トイレしたい。「あの~トイレはどこで?」とその売店の人に聞くと、「あーあっちでして!」と言われる。「え?どこ?」とさがし、木のある方に向かって行くと“モ~”と牛が野放しに‥。どう見ても、トイレは無いので、その牛さんに見られつつ横で用を足した。そんなこんなで、ジョープルという街に着く。数日その街で滞在する。砂漠地方なだけに、窓を開けて寝るとシーツはまっ黄色になってる。砂であった。そのジョープルで22歳になった。友達から、「何が欲しい?」と聞かれ、「スプライト!」とそん時一番欲しい物を言ったなあ。どんどん汚くなってくる私達。荷物も少なくなってきた。バス中で、「なんか焼けたんかな?黒いでー」と思ってたら実は、砂であった。タオルで拭くと、まっ茶色になる。やっとジャイサルメールというタール砂漠近辺の街に着く。すごいトコロである。ものすごい暑い。砂っぽい。乾燥してる。とにかく宿を探す。まあまあキレイな宿に到着。しかし、周りは何も無い。砂漠の街だからね。「どうする~?1週間もあるしなあ。」すると、“キャメルサファリ”というツアーを勧められる。「いいなー。ラクダ、ちょうどいいやん!安いし。」3泊4日で確か$40位であった。しかし、安易に考えていた私達はその後、死ぬほどの思いをするとは思いもしなかったのであった‥。つ・づ・く
2006年04月19日
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あれから、バリ滞在記の為、アジア放浪記の続き忘れてました。ここで、引き続き書き込みたいと思います。そう、インドカシミール地方へ出発したのであった。病み上がりの私は、飛行機でカシミールへと飛び立った。グラグラの怪しい飛行機に乗り、1~2時間で到着。一応ガイドのような人がお迎えに来ていて、車でシュリナガールという所まで送ってくれた。「シュリナガールはまるでインドの軽井沢のような避暑地で湖のそばにはハウスボートが優雅に浮かんでてね、そこで滞在するんだよ‥。」とさんざん世話になった、ニューデリーのエージェントの人の言葉が思い出された。だんだんと湖近くに到着しつつある。し・か・し‥。どうも街の様子が変だぞ‥。どの店も閉まってる。しかも軍隊?軍人が5mおきに銃を構えて立ちはだかっている???何があってん?????やばいぞ???????恐いぞ!!!!!!!!「何かあったんですかね?」とガイドの人に聞く。「いやー別にたいした事ないっすよ。セレモニーがあったんですよ。」と、明るく返事。そうか、まーそんな事あったならしゃーないね。よく分からないまま、ハウスボートに到着。ハウスボートは美しい。広いし。まるで、VIPにでもなった気分。部屋は3~4部屋あり、キッチン、トイレ、シャワーと揃っている。毎回、食事にはポンチョを着たお手伝いの「ポンチョさん」(勝手にそう呼んでた。)と、スラット背の高い青年(名は忘れたが)の2人がお世話をしてくれた。私と友達はポンチョさんと青年とすっかり仲良しになり、後に「チョコレートパーティー」もした。(ただチョコレート食うだけだが‥)最初は楽しくハウスボートの生活を満喫していたが、3日も経てば、いい加減外へ出たくなる。しかし、ポンチョさんは「んー今、まだセレモニーしてるからねー」と中々、外へ出してくれない。「でも、そのセレモニー見たいしねえ!」と無理やり外へ出た。やはり店はどこも閉まってる。それどころか、焼け果てた店もあった。????????いったい何があったんだ?詳しく問いただすと、何でもこのカシミール地方は9割イスラム教で、インドから独立したいらしく、ちょうど私らの来る数日前に独立運動があったらしい‥。「そ、だからここはこの前150人の死傷者が出たんだよ。」とポンチョさんは軽く言った。何~~~~~~~~~~~~!!!!そんな恐ろしい時に、来さすなよ!あのエージェントもいい加減な!結局シュリナガールには1週間いたが、オールハウスボート生活であった。ま、カシミールティーや、カシミールパンは美味しかったけどね。今は、どうなんですかね?確かインドからは入れないんじゃなかったかなあ?でも、皆いい人でしたよ。ポンチョさん、あの青年もどうしてるのかなあ?そして、その後灼熱のタール砂漠へと向かったのであった!!!!つづく!!
2006年04月15日
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最近仕事がらスーパーについて調べてますが良いスーパーってどんなんでしょうか?何でもそろって充実してる、テナントがいっぱい入ってる、店員のサービスが良い、価格が安い、などなど具体的にどんなんでしょうか?何かアドバイスあれば教えてくださーい。
2006年04月11日
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仕事再開です。本間にバリに行ってきたんか?って感じ。しかし、まだ日本は春づいてきたがまだ寒い。桜も咲いてきたけど。今、はっきり言ってバリぼけしてる。余韻が残ってるんか、何だか‥。バリにも住んでたし、2年ぶりでもまるで違和感なく過ごせた。家もあるし、言葉もしゃべれるし、変な感じ。家が2か国にあるのです。良い面、嫌な面それぞれ考えると、良い面は‥日本‥長年住んでた自国・温泉に行ける・和食・友達にすぐ会える・家族もいるバリ‥のんびりできる・物価が安い・エステが安い・子供&男天国・おおざっぱで良い嫌な面‥日本‥忙しい・常に忙しい・休み少ない・物価が高いバリ‥のんびりしすぎると退屈・近所付き合いが面倒・宗教行事が多いてなる。私ってわがままかなあ。どっちもいいし、どっちもしんどい時ある。半々がいいんだけど、そういう風にできるかな?イメージすれば出来るらしいけど、そうとうがんばらなあかんやろな。んんんんん~成せば成る!成さねば成らぬ何事も!!後悔先に立たず。人生一度きり。死んだら終い。
2006年04月06日
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あっという間の10日間のバリ生活を終え、本日帰国。もうちょっと居たかったなあ。のんびりできず、あっちこっちへウロウロしたり何だかんだであっという間に時間が過ぎた。2年ぶりのバリは、家族も友達も皆、温かく迎えてくれてすごーく嬉しかった。バリは今もテロの影響を受けて、観光客がまだまだ少ない。しかも、原油価格が4倍に上がり、一般の人にはかなり苦しい。日本も、ガソリン値上げや、消費税が上がりそうだとか、色々、経済に影響があるけど、食べるのに苦労する程でもないと思う。でもバリでは食べるのがやっとという家庭もいっぱいある。仕事が無いらしい。あっても、収入が恐ろしく少ない。子供もたくさんいる。母子家庭もある。借金もある。世知辛い話しをたくさん聞いた。私にはまだ、仕事がある。毎月給料も、もらえる。ときどき、遊びにも行けるし、欲しい物も少しは買える。その人達は、月々の給料もままならない。仕事もあるかどうか分からない。遊びに行くお金もない。欲しい物も買えない。できるだけたくさんの着ない服を持っていってあげた。皆に配ってあげると、よろこんで着てくれた。せつなかった。今の日本でも、裕福な家庭、そうでない家庭と色々あるけど。そういう人達が世界にはいっぱいいる事を知って欲しいなと心から感じた。
2006年04月05日
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本日、バリ6日目。あっという間に過ぎたなあ。今回は2年ぶりだったけど、以外と楽しいバリ生活。何といっても、子供がすぐに現地に馴染む。私はこの6日間、ほとんどご飯を作ってない‥。子供の面倒もろくに見ていない‥。でも、ご飯は毎回食べてるし、子供もすごく楽しそう。それも、これもこちらの環境のいい所。ご飯はお義母さんの家でよばれてる。子供はいとこ達とものすご遊んでる。親を忘れるいきおいである。仕事だけちゃんとあればいいだろうな。はっきし言って今、バリは不況である。皆、仕事が無いし物もあまり売れない。客も少ないとぼやいてる。うちの近所にも、毎日のご飯食べるのがやっとだ、という家庭もある。何で、そんなに貧しいのか?というと子沢山の上、旦那の仕事がろくに無いらしい。じゃ、何でそんなたくさん子供作ってん?とも言いたいが、避妊知識もあまりないのだろうか?それとも単にスキモノか??何にせよ、可哀想なのが子供である。そういう可哀想な子供がたくさんバリにはいる。今日はNYEPI後の休日。お金のある人はそれなりに、無い人も無いなりに過ごす。私らは1台の車を借りて、大人5人、子供5人で10人乗り込み、サヌールのビーチへ行った。しかし、着いたとたんに大雨!!屋根のある所でやむのを待つ。まるで避難所のような光景‥。そこへ春巻き屋のおばさんが!!すっかりお腹の空いてた私らは、2000ルピアの春巻きをガッツガツ食べた。ものすごい売れ行きであった。まるで、行列の出来るお店のようだ!!そんなこんなで雨は少しやみはじめた。子供達はおおはしゃぎで海へと走った。なんとも楽しそうな我が子をみてると、子供にとって、バリは天国みたいに自由で楽しい場所なんかな?と、思ったりした。
2006年03月31日
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昨日はNYEPI前夜で、店や道はほとんど閉まっていた。そんな中、私の友人は帰国した。なんとか5時には空港より戻ってきた。友人は夜中の12時過ぎの飛行機にも関わらず、夕方から道路は閉鎖される為、4時に空港で別れた。8時間以上、待たされる友人と別れて、1人UBUDまで車を飛ばした。ご飯を食べ、風呂に入り、オゴオゴ鑑賞にメイン通りへ行く。オゴオゴって言うのは、怪獣?魔物?の超巨大人形。バリの正月前に魔物で悪を浄化するとでもいうのか恒例の行事である。そんなこんなで6時半に始まり、9時過ぎまで立ちっぱなしで鑑賞。疲れた‥。足が棒みたい‥。しかも、その後買出しにスーパーへ。明日は1日、電気や火を使ってはいけないし、出掛けてもいけない日なのである。なので、少し買出しに出掛けた。スーパーはセールの如く賑わってる。10時前というのにすごい人だ!!で、また帰ってご飯食べた。だってバリ飯おいし~んだもん!!その後、すぐに寝た。疲れた~~。
2006年03月30日
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こんばんわー。とうとうバリ島に来てしまいました。めちゃ暑いです。湿度80%以上ではないですか??新陳代謝良すぎて、汗だくです!昨日はデンパサールで買い物、本日はギャニャールという所で買い物してきました。今、バリはニュッピー前で、(バリの正月)どこもかしこも祭りだらけです。そんな中、ウロウロしている私と友達。あまりの暑さに昨日は店のおっちゃんの横に座って休憩して世間話する始末でした‥。久しぶりに食べるお義母さんの料理もめちゃうまです!何食べてもおいしーのは、気分の問題か?気候のせいか?そんな中、車やバイクを乗り回し(無免)気分はサイコーっす!久しぶりにエステでマッサージもし、また上気分でした。画像をアップしたいのですが、電池切れの為明日生バリの画像アップしま~~~す!
2006年03月28日
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さて、まだまだ続くインド編。なぜなら、盛りだくさんのハプニングぎっしり!無事、バサール近辺にゲストハウスを探した私らはあまりの暑さに扇風機をガンガンにかけても、涼しくない。なぜなら、5月のインドは気温45~47℃。普通、ツーリストはあまり行かない時期らしい。アホだった。洗濯物を部屋に干しても2時間程で乾く。ま、そうこう言ってもしゃあないんで、街へ買い物に出掛ける。それにしても、すごいトコだ。暑いし、ほこりっぽいし、臭いし、汚いし、バサールを歩いてると、浮浪者が物乞いに来る。手の無い人、足の無い人が、もぞもぞしながら物乞い。あまり、調べてから来なかった私らだが、カーストの問題だろう。不憫に思って、少しのお金をあげた。そうこうしてると、あまりの暑さにのども渇いてくる。しかし、“むむむ??”無いぞ!カフェらしいものや売店もあまり無い。皆、水分補給しないのか???やっと、あったオレンジジュースの売店。フレッシュジュースを絞ってくれる。(でも塩入り)座る所、ないんかい?と見ると黒いベンチがあった。近くへ行くと、ハエがぶわ~~~~~っと飛び立った。よく見ると水色のベンチだった。最初はひえ~っとびっくり仰天してたけど後半、何の違和感も無くなる。バサールでインド綿の可愛い服やら見てると、何か気分が悪くなってきた。頭がガンガン、節々も痛い。吐き気もする。「ヤバイぞ‥何か変なモノ食べたかな?朝、飲んだ水やろか?」色々考えても、どうしてもしんどくってたまらん。まだインドに来て3日目なのに!!!!今日は、ニューデリーからカシミール地方への移動の日なのに~~~~!!しんどいけど、チケットも買ったし電車に乗るために駅へ行く。「!!!!!!!すごい人人人!」見ただけで気分は吐きそう。。。すかさずトイレへ行く。もうだめだ!立つのもしんどい!友達に、「ごめんアカンわ!」と病院へ連れて行ってもらう。運良く、そのチケット買ったエージェントの人が駅に来てくれた。病院へ行くと、「熱射病ですね」と診断される。その日から2日、入院したのであった。個室の部屋で、右の手の甲に点滴をさしっぱなしにされる。気分悪い、何度も吐く。高熱で、2日何も食べられない状態。。。。3日目に退院した。そこから、そのお世話になったエージェントの人の家でホームステイさせて頂く。中流位のお宅で、名前はズニさんと言う。何人家族?いっぱいいたなあ。子供やら奥さんやら、弟やら、寝る時は皆で雑魚寝した。数日お世話になって、はれてカシミール地方へ出発する。電車が、病み上がりで辛いので飛行機で出発した。さて、またカシミール地方には何が待っていたのでしょうか??つ・づ・く明日からバリ島へ出発いたします。また近況も画像入りでお知らせしますよ~!
2006年03月25日
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さて、まだまだ続くインド編。なぜなら、盛りだくさんのハプニングぎっしり!無事、バサール近辺にゲストハウスを探した私らはあまりの暑さに扇風機をガンガンにかけても、涼しくない。なぜなら、5月のインドは気温45~47℃。普通、ツーリストはあまり行かない時期らしい。アホだった。洗濯物を部屋に干しても2時間程で乾く。ま、そうこう言ってもしゃあないんで、街へ買い物に出掛ける。それにしても、すごいトコだ。暑いし、ほこりっぽいし、臭いし、汚いし、バサールを歩いてると、浮浪者が物乞いに来る。手の無い人、足の無い人が、もぞもぞしながら物乞い。あまり、調べてから来なかった私らだが、カーストの問題だろう。不憫に思って、少しのお金をあげた。そうこうしてると、あまりの暑さにのども渇いてくる。しかし、“むむむ??”無いぞ!カフェらしいものや売店もあまり無い。皆、水分補給しないのか???やっと、あったオレンジジュースの売店。フレッシュジュースを絞ってくれる。(でも塩入り)座る所、ないんかい?と見ると黒いベンチがあった。近くへ行くと、ハエがぶわ~~~~~っと飛び立った。よく見ると水色のベンチだった。最初はひえ~っとびっくり仰天してたけど後半、何の違和感も無くなる。バサールでインド綿の可愛い服やら見てると、何か気分が悪くなってきた。頭がガンガン、節々も痛い。吐き気もする。「ヤバイぞ‥何か変なモノ食べたかな?朝、飲んだ水やろか?」色々考えても、どうしてもしんどくってたまらん。まだインドに来て3日目なのに!!!!今日は、ニューデリーからカシミール地方への移動の日なのに~~~~!!しんどいけど、チケットも買ったし電車に乗るために駅へ行く。「!!!!!!!すごい人人人!」見ただけで気分は吐きそう。。。すかさずトイレへ行く。もうだめだ!立つのもしんどい!友達に、「ごめんアカンわ!」と病院へ連れて行ってもらう。運良く、そのチケット買ったエージェントの人が駅に来てくれた。病院へ行くと、「熱射病ですね」と診断される。その日から2日、入院したのであった。個室の部屋で、右の手の甲に点滴をさしっぱなしにされる。気分悪い、何度も吐く。高熱で、2日何も食べられない状態。。。。3日目に退院した。そこから、そのお世話になったエージェントの人の家でホームステイさせて頂く。中流位のお宅で、名前はズニさんと言う。何人家族?いっぱいいたなあ。子供やら奥さんやら、弟やら、寝る時は皆で雑魚寝した。数日お世話になって、はれてカシミール地方へ出発する。電車が、病み上がりで辛いので飛行機で出発した。さて、またカシミール地方には何が待っていたのでしょうか??つ・づ・く明日からバリ島へ出発いたします。また近況も画像入りでお知らせしますよ~!
2006年03月25日
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なんとか、無事にインドへ出発できたのでした。何せ初めてのインド、ちょっとびびってたんで初日は空港近くのいいホテルに宿泊。次の日、ニューデリー市内へ突入。バスでニューデリー市内へ移動する。そのバスの外で既に、へんなリキシャー(3輪自動車タクシー)のおっさんに狙われているぞ~!!「バス着いたら、オレのリキシャーに乗れよ!」とでも言うてるかのごとく、目と手で合図をバリバリ送ってくる!案の定、市内に着いたとたん、おっさんが声を掛けてくる。私らも、どないもこないもしない内に荷物を取り上げ、乗せられた。「とりあえず、バザール近くへ行って!」という私ら命令をおっさんは「OK!OK!ノープロブレム!」と言って、走り出す。町並みはすごいカルチャーショックだ。暑い!臭い!汚い!(きれいな所もあるけど‥)野良牛やら、馬やら、人、車、自転車、バイクがごった返しだ。そうこうしてる間におっさんが「着いたぞ!!」とリキシャーを止めた。「ここどこ?」どう見てもバサールじゃない!!「ま、入って!!」と、おっさん。2階へと通される。絨毯屋である。「なんで???」「やられた~~~!」いきなし、応接間みたいな所で、ジュースを差し出された。否応なく、8畳分位のペルシャ絨毯を広げられる!!「・・・・・・・・・・・・」「どう?いいでしょう!最高の絨毯でっせ!」とおっさんらは言うてる。「要りませんから!!」次に6畳分の絨毯を広げる。。「それも、要りません!」次は4畳分の絨毯。「だから、要らないって!」その次は‥という風に次から次ぎへと出してきて最後はランチョンマット位の絨毯出して終了。こいつらはマジで買わない客と思ったらしく、諦めた様子。当たり前やん!何かんがえてんの???と言いたい。そしたら、リキシャーのおっさんの豹変した態度。じゃ、「50ルピーね!」え?どう考えてもボラれてるぞ!と思い、「10ルピーね、はい!」と渡して逃げる。おっさんは怒っていたが、私らも怒りたい気分や!!別のリキシャーをひろって、ようやくゲストハウスに辿り着いた。さい先、思いやられる初日であった。は~~~~。つ・づ・く・
2006年03月24日
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また昨日の続きです。楽しかったピーピー島を終え、再度バンコクへ戻る。その帰りの長距離バスで、一番後ろに座った。私らの後ろはバススタッフのみ。やたらと親切だったスタッフ。やっぱ、タイはいいね~と思いつつバンコクに着いた。朝の5時、早朝にバンコクに到着。タクシーに乗り、ゲストハウスへ。カオサン付近に着いて、財布を出すと‥‥‥。「無い!お金が!!」数冊の小銭とタクシー代位は残っていたが、現金(円)とバーツは無いのだ!すかさず、パスポート、TC、チケットをチェックした。なんとかパスポートとチケットは無事であった。しかも、焦ってバスを降りたせいでウォークマンも忘れてしまった。さ・い・あ・く・だ~~~!!しかもその日のバンコクは雨が降ってジメジメしていた。とりあえずトボトボ、ゲストハウスを探す。早朝なので空いてるゲストハウスはあまり無く、なんとか空いてる部屋を必死で探した。やっと部屋に着いた。しかし、私も友達もボーゼン。。私は円で約5万円位、TCは50万円位盗られた。友達はもっとだ。TC30万と円を13万円位だった。まだまだ旅は続ける予定なのに第1国目でかなりの出費!!TCは何とか再発行してもらえた。しかし、警察へ行ったり、銀行で手続きしたりで1週間はバンコクに延長滞在することになった。しかも、その盗難のあった日に泊まったゲストハウスで顔から下全部、南京虫にやられる。ヒッ~~~!最初、友達がやられた。痒い、痒い。全身痒い。痒すぎて、何も出来ない程らしい。全身にタイガーバームを塗る。1週間後、私も発疹が!!潜伏期間があったのか~~~??とにかく、次の国インドへ行く予定も延びていい加減バンコク市内も辛くなってきたんで、バンコクから比較的近い島、サメット島へ遊びに行った。私は、まだ南京虫跡が痒かったが、太陽に焼く事で殺菌されるかな?と勝手に思い、焼きまくった、泳ぎまくった。もちろん、サメット島は楽しかった。静かな海、まばらなツーリスト。ピーピー島のきれいさには劣るが、リフレッシュできた。それ以来、私達は財布&パスポートは肌身離さず、移動の時も交代で寝るなどして、しのいだ。友達は、バタフライナイフまで護身用に購入したのであった。そしてやっとついに、インドへと出発したのでありました。つ・づ・く‥
2006年03月23日
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という訳で、前回の続きです。バンコクからピーピー島へ行く事になりました。バンコクから長距離バスで約10時間以上、クラビに着いてそこから、船で約2時間位。ようやくピーピー島へ着いた。なんと美しい海ではないか!!透明度がちがーう!ビレッジより静かなロングビーチへ移動してそこのバンガローで宿泊。目の前が白い砂浜、青い海。夢みたいな美しい景色。来て良かったな~。と何度も思う。とにかく、のんびりした。夜はビレッジで遊びに行く。もちろんタイ料理は最高ーに美味い!私が特に好きなのは“ソムタム”“ヤムウンセン”“トムヤンクン”。次の日は、シュノーケリングに行った。船の船頭さんとガイドにいいポイントがあるよーと連れて行ってもらった。たしかに美しいビーチだった。しかし‥問題発生なんだか、そのガイドにやたらと気に入られた私。それから、彼の執拗なアタックが‥。彼らはビレッジのみやげ物屋で働いてる。プーケット出身らしい。プーケットに行こう!!とやたら誘われる。‥‥‥ま、プーケットも行ってみたいしな。友達と一緒に1泊プーケットへ行ってみた。プーケットはピーピー島よりも、もっと賑やかで大きな島だ。着いてしばらくすると、バイクに乗せられる!いきなりどこかへ連れて行かれる!何か民家が並んでる周辺で止まった。「こっち来て!」と呼ばれて行くと、何と、彼の実家だったのだ。お父さん、お母さん、兄弟がいらっしゃる。。「まじで?どういう意味やねん?」と恐る恐るお茶を呼ばれて、10分位でおいとました。「は~~~っこわ!」来てよかったんか?と思いつつプーケットでの滞在を終えた。ま、そういう事もあったけど、いい人であった。ピーピー島は、まるで天国みたいにキレイでのんびりしていて嫌な事はひとつもなく、最高であった。帰る時は思わず涙ぐむ程であった。結局2週間、滞在した。それから、バンコクへ戻った。その時は最悪な事が待っているとも知らずに‥。つづく‥
2006年03月22日
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いつか、あの時のアジア放浪記を書いてやろうと思ってたけどこの場をかりて、何回かに分けて綴ってみます。第1回目は、タイ偏です。はじまり~はじまる~!!確か21歳だったと思う。友達と、アジアを周ろうと企画した。最初の場所はタイだ。タイはもちろん初めて。バンコクへ最初滞在する。ゲストハウスがぎーっしり並んでるカオサン付近で泊まった。タイの印象は、顔立ちも日本人と似てるせいか結構タイ人に間違われる。タイ語でバンバン話しかけられた。まず、気になるのは道端の屋台達。うまそう~なフォー(ベトナムの)みたいな屋台だらけだ。皆、それをOL風な女性も会社員も学生もおっちゃんも子供も食べてた。言葉も分からないまま、友達と「アレ下さい→」と指差してオーダーした。テーブルにある4種の調味料。酢・ナンプラー・粉唐辛子・砂糖日本でいう、しょうゆ&ソースみたいだ。現地の人はどっさりそれらをかけて食べてた。とにかく、南国だし暑い。バンコクは街だし、車も多く、のどがすぐに渇く。そこで、どっかのカフェに入りアイスティーを頼んだ。ドンッと置かれたモノはミルクティーだった。しかも、めっちゃ甘く・ミルクたっぷり。決して、ロイヤルミルクティーではない。形容するのは難しいが、何かとても美味しい。結構どこへいっても、アイスティーはミルクティーであった。めちゃ、それにハマッた。タイ語でそれを言えるようにもなった。夜は、パッポンへと遊びに行った。よく分からなかった私たちはその歓楽街へ行ってしまった。着くとそこは!!!!!!!!!!ヤバイ!繁華街?歓楽街?風俗?ドアの向こうには、きっついハイレグのおねーチャンらがポールダンスしてる。「すごー!」呼び込みの兄ちゃんが何か紙を見せながら話しかける。「シロクロショー」「シロシロショー」「クロクロショー」ドウデスカ??????????意味が帰るまで分からんかった。後は、想像にお任せします‥。すごい場所でしたが、近くにはナイトマーケットがあって服やら雑貨やら、食べ物が満載にあるのです。タイの女性は美しい、腰は細いし足も長い、顔も小さくて可愛い。タイの男性も、イケメンがゴロゴロいた。バンコク、すごいなー。当分居たいなあとか思いながら、以前より行きたかったピーピー島へと出発した。ご存知かと思われますが、去年津波のあった島です。素晴らしい景色と海でした。つづく‥
2006年03月20日
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後、1週間後にバリへ出発。昨日は夢まで見たぞ。今回はたったの10日間。以前は3年住んでた。その前は半年長期で居た。その前は2ケ月。その前は‥。何でこんなにバリにはまったんだ?事の始まりは、友達に誘われてツアーで行った。「バリ島に行かへん?」トモダチ「え?どこそれ?」ワタシ「インドネシアやで」トモダチ「ふーん、行こか?」という調子だった。今でこそポピュラーなバリ島だが当時はエマニュエル婦人のロケで有名な、とかサーフィンしに行く所とか、そういう感じ。初めて行ったバリ島は、名古屋便しかなかった。名古屋から→デンパサールへ7時間位。夜の遅くに着く。むあ~っと蒸し暑い空気。ベントールのあま~~いタバコの匂い。浅黒い肌のオトコ衆。。南国~。アジアン~。熱帯~。って感じ丸出しの、ええ感じでしたね。最初はちゃんとしたホテルに宿泊。3日後にはロスメン(B&Bな感じ)に移動。1泊500円位で、日本人のサーファーだらけだった。皆が集まるリビングの様なフロアーに、ちょこんと地べたに座ってる、真っ黒に日焼けした腰まであるロングヘアーの素敵な女性が居た。まるでゴーギャンの絵から抜け出てきたようなその女の人は京都出身の日本人だった。うーん、すごい存在感。だれもが、振り返るような素敵な容姿。おまけにサバサバして性格も良い。ワタシとトモダチはすぐにその人と仲良くなった。彼氏はもちろんサーファー。毎晩、バーで飲み明かす。バリ人や外国人もいっぱい知り合いがいる。素敵だなあ、かっこいいなあ。はっきし言って、あこがれた。その後、私は1週間でバリ滞在を終える。トモダチは1ケ月、滞在した。帰国後、トモダチから「あれからなーものすごーく楽しかったんやで。」と、土産話を聞かされて、益々また行きたくなった。その1年後、タイ→インド→バリへの旅に出る。南国は、素敵です。人が開放的な感じ。バリはすごい、異国情緒たっぷりの島。宗教はバリヒンズー、バリ料理、バリダンス、全てが、特徴的だ。あんな小さな島なのに、濃い。濃すぎる!ま、そんなバリにはまった人はたくさんいる。そのうちの1人であったのだ。
2006年03月19日
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今日は一応休みだった。朝からだら~っとテレビを観たり、ネットしたり、家事もしたりまったりしながら過ごす。昼から、なんとなくドラマやってたんで観てたら、うっ、やばい‥、可哀想なドラマっぽい。こういうの結構弱いんですよ。絶対泣くから‥。しかもお母さんは心臓病で先立ってしまうし、子供も同じ病気で、寿命が短いらしい‥。ううう~たまらん。子供とか動物物はダメだ。案の上、3分の1位から泣き続けた。私も子供がいるし、本間の話らしいし、可哀想すぎる。以前、バリに住んでた時にこの上ない可哀想な事があった。バリの家にしては比較的裕福な家族だった。しかも親戚だ。5人家族で、お母さん、お父さん、女の子2人、男の子1人。この長男の男の子は比較的体が弱く、一番下の子でそれはそれは可愛がられていた。しかし4歳の時に、脳腫瘍で手術したらしい。結構な手術だったらしく、家族は覚悟の上の事だったという。一応、手術は成功し退院した。お父さんもお母さんも、お姉ちゃん達もすごく弟を可愛がっていて周りも大事に接していた。好きな物は何でも買ってあげ、好きな所へ連れて行ってあげる。ある日、夜10時位だったかな?旦那は家族に呼び出され出て行った。「どしたん?」と私。「ムナが死んだらしい‥。」と旦那。え~~~~~~???ムナというのはその5歳の男の子。一応手術は成功したけど、完治はしてなかったのだ。バリでは人が死ぬと、お通夜みたいなのがあって、最低でも3日は寝ずの番で町内の人が集まる。親戚だと1週間~1か月は毎晩集まる。なるべく残された家族が寂しくない様にらしい。私は次の日、その家へ行った。お母さんは、もう見ていられない程のやつれよう‥。寝ない、食べない‥。たくさんの人が最後のお見送りに来ていた。しかもお母さんは看護婦さんで、仲間達がとても心配していた。最後、ムナに会わせてもらった。まるで眠っているみたいな彼の顔を見て、自分の子でなくても嗚咽するほど、泣いてしまった。なんて残酷なんだろう。まだたったの5年しか生きてないのに。あんなに家族に愛されて、皆に大事に大事に育てられたにもかかわらず‥。しかも、その後すぐにバリでは土葬する。たまらん!その後も一緒に付き添ったけど、もう、見てられない。まるで眠ってるみたいな遺体をすぐに土葬するなんてっ!ましてや子供。。一緒に死にたくなるだろう。。。両親の悲しさは計り知れないほどだ。。。という哀しい事が身近であった。最近の、我が子を殺したりする親!バチあたるで!としか言いようが無い。自分を戒めろ!と言いたいっ。。誰でもムカつく事はある、でも子供に当たってはいけない。しつけはいいけど、当たるのとは違う。バリでは子供は神に近しい存在らしい。神聖な者なんだって。だから、バリ人は子供をすごく大切にする。それはいいことだ。最近、日本じゃ子供産まない人増えてるけど何で?と言いたい。こんな素晴らしいこと、かけがえのない事をしないなんて、ね。自分の子供っていいもんです。自分から生まれた子供だし、だんだん大きくなってく過程も面白い。すごく愛情があふれてくる。是非、子供を産んで欲しいですね。違う愛情と感覚が沸いてきますよ。
2006年03月18日
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最近身近で悩び人が多い。つーか、人間っていつも悩んでますよね。「悩んで学んで‥」。昨日の晩も夜中に友達から電話。大体、悩んでる時は声のトーンで分かる。しかも、めったに電話してこない奴から「いやどうしてんのかな?と思って。」と始まるとたいていは何か悩み事を抱えているみたい。私もいつも、悩むときがあると、とにかく発散する。貯めない。というか貯める事が出来ないのである。たとえば、それが相手がいる場合(ケンカとする)は思いっきり、気持ちをぶちまける。そうすると、相手もむかつきながらも、気持ちが通じてはっきりしていいもんだ。相手が居ない場合、自分の問題は‥。とにかく誰かに話す、最低3人以上にぶちまける。その後、外へ出る。風呂へ行く。買い物をする。身体を動かす。歌を大声で歌う。などなど。。出す、出す!デトックス(解毒)が良いのだ。今は、家族もいるのであんまり大胆な行動は控えているが昔は、もう日本を脱出する。=旅に出る。現実逃避とも言う初めて海外へ行ったのは1人だった。そこで、結構自信がついた。ま、今は結構1人旅は珍しくない。バリの宿も、女性の1人客が多い。皆、1人旅を満喫してるようだ。以前、宿に泊まったお客さんは毎日エステに行ってた。踊りを習う人、料理を習う人、絵を習う人。買い物三昧の人、マッサージを習う人、動物が好きな人、仕事で来る人、様々だ。気分転換、現実逃避、色んな言い方あるけど忍耐・我慢!という言葉があまり好きじゃない。好きな事は我慢できる。いやな事は我慢したくない。でも、実際はいやな事がいっぱいある。それでも毎日、生きていかなくてはいけない。毎日の中で、楽しい事をみつけて生きていけばもっと充実すると思う。ささいな事でも、楽しむ気持ちが大切だっ!だから私は面白い奴が好きだ。面白い奴って、ずっと友達でいられと思う。笑いのネタが合う奴とでもいうのでしょうか?毎日笑ってすごしたいもんですねえ。
2006年03月17日
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昨日の続きですが‥。与那国→西表→那覇(沖縄本島)へと渡りました。友達はそれぞれ、東京へ行く者。那覇に留まる者に別れた。私と友達は働く場所と住む所を見つけた。最初の滞在先は友達の知り合いという、何でも喜納昌吉のチャンプルーズの元メンバーとか言うおっさんのバーでイソウロウすることに。しかし、そのイソウロウ先は「ここでいいか?」と案内された先は“うっ!”こ汚い食堂のフロアー。どこで、寝るねん?地べたか??しかも、トイレはあるが、風呂は無い。ま、暖かいしね、いいか。。洗面所でシャワー。まるでキャンプ生活のような、那覇生活が始まる‥友達はスナックみたいなトコロで夜、働く。私はアジアン雑貨屋でバイト。那覇は結構な街だ。自転車を買った。そのうち、部屋も見つけた。2万3千円で、1Kのトイレ&シャワー(お湯)付。地べたで寝る生活もやっと終わった。。すると、京都から友達が男女3人沖縄へ来た。もちろん家でイソウロウ。しばらくして、久米島へ遊びに行く事に。キャンプ場で野宿生活。久米島の海も最高に美しい。キャンプ場のおっちゃんと仲良くなって、おっちゃんの家へ遊びに行った。なぜか、私はおっちゃんの嫁になれ!と皆に押し付けられそうになった。やばいところだった。おっちゃんはいつも焼酎飲んでよっぱらいなのだ。ある日、台風も来た!しかし私らは意地でも帰らず、倉庫へ避難。テレビもビデオも壁も風呂も何も無い生活。結局、2週間そこに居た。今考えるとなんて自由な生活してたんだろう?バイトはいったいどうなったんだ?結局、計4か月沖縄に居た。本当に住もうと思って、部屋まで見つけたのに‥。母方のおばあちゃんが危篤になり、急遽帰ることになった。全ての沖縄の人、優しかったなあ。ありがとう。。また是非行きたい。レゲエ・サンスプラッシュも最高やったな!
2006年03月15日
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もう十年位昔、友達が突然沖縄へ移住した。それも最西端の島、与那国島だ。友達が移住して、何通か手紙が届いた。毎回すごい内容の手紙が届く。「今日は素もぐりでシャコ貝捕ったど~!」とか「家を一件借りたよ、でもトイレと風呂は外ねん。」だとか、めちゃワイルドな暮らしぶり。。う~ん、行ってみたい。住んでみたい。んで、バイトを朝と夜と1日中働き、資金を貯めた。2か月過ぎて、50万円貯まった。それを持って、1人大阪の南港よりフェリーで旅立った。大阪より2泊、船で過ごし那覇に到着。そこから、石垣島へ飛行機で乗り継ぎ。やっとこさ与那国島へ着いた。友達2人、迎えに来てくれた。なぜか、もう1人増えてた。女3人の与那国生活始まる。「アンタもさ、ここに来たらノーパンにならなアカンでー。」とイキナリ言われる!??「何で?」とワタシ。「そんなん暑いし、開放的ちゃうもん!」と彼女ら。う~ん、そうなのか?しばし考えて、数日後にノーパン仲間となる。そういえば、スッキリ。無ければ無いで、いいよね。お通じもいいし。。。朝、適当に起きて、朝ご飯食べて、海へ出る。海の透明度は最高だ!ワタシも持ってきた水中メガネで素もぐり。きれいすぎる!サンゴやらお魚、山盛り。昼になって昼ごはん。いつも誰かから差し入れが届く。近所に住む、内地(ナイチャー)の人から魚やら貝やら。。たしかに怪しい3人女。友達は居酒屋でバイトしてた。それからしばらくして、西表島へ渡る。イリオモテヤマネコで有名な西表島。マングローブだらけ、島の半分以上まだ道も無いジャングル。そこで、ホテルで住み込みのバイトをした。結構きれいなホテル。バイトは私と友達の2人。なぜか制服がある。白いブラウスに蝶ネクタイ、黒いスカート。変だ!この熱帯の島に“蝶ネクタイ!”アヒルか!アフラックみたいだ!ま、お互い笑いをこらえつつ、いつも猫かぶってお仕事していた。ある日、TBSの取材班が宿泊した。あのねのねの清水さんが来た!お部屋へご案内もした。そこで約1か月ちょいバイトした。良い経験となった。社長がいい人だったし。。そこから‥那覇へ飛ぶ。長いな~また明日にします。。つづく‥
2006年03月14日
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なんちゅータイトル。。すみませ~ん。世の中にはもちろん胃下垂の人いっぱいいると思うんですが、私もそうなのです。食べると下っ腹が出る。朝起きると腹はへっこんでる。また食べると出る。ウ○コしたらまた少しへっこむ。しかも便秘症。便秘については歴史が長い。幼稚園の時、夜中おなか痛くて病院へ連れて行ってもらって浣腸してもらった覚えがある。つまり、便秘だったわけ。以前、いつも便秘なワタシは常備薬として数々の便秘薬を試した。「七ふく」「健のう丸」「ベクニスハーブ」「オオバコ」「センナ茶」「コーラック」などなど‥。もちろん、ヨーグルト、野菜、水、運動、お茶などなどいつも便秘について考えている。ある日、2日程出なくて苦しくなってきて「七ふく」「センナ」「オオバコ」を順番に1日に飲んだ。その次の日、えらいことになった。あまりのお腹の痛さに吐いた。し、もちろん下痢になった。バカ‥。という無茶をしたこともある。胃下垂の為か、便秘は辛いのだ。下腹が重い、食べるとさらに重くなる。何もしたくなくなる。憂鬱。。。1年に2~3回ほど、ついやばいなーと思いながら食べすぎてしまう事がある。そうすると、大変な事になる。消化不良のため、死ぬほどお腹が痛くなり、のたうち回る!!胃薬のんでも何しても無理。ただ消化するのを待つのみ。。約1時間はのたうち回る‥。実際我が胃をレントゲンで見た事もある。骨盤の辺にあった。「下がってますね~」と医者に言われた。仕方ないもんねえ。いまさら、上がってくれそうもないし。便秘は永遠のテーマ。最近は順調。しかしものすごく気を使ってます。
2006年03月13日
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あと、2週間後にバリへ出発。2年ぶりのバリだ。どんな感じだろうなあ?今回はたったの10日間なんであっという間。お気に入りのエステにもいけるかな?なんといっても、仕事も絡んで行くから忙しい。友達も一緒だし、ニュッピ(バリの正月)もあるし親戚にも顔ださなあかんやろうし‥。ちょっと新鮮な気分である。3年間住んでた時はもういいわー、うんざり。と思ってたけど、久しぶりに行くとまた違うのかな?バリ料理も楽しみだ。お義母さんの料理は美味しいし、ワルンで食べるのも、懐かしい。バリ料理で、私が好きなモノは“生サンバル”“ピンダン・ゴレン”生サンバルは何に付けても旨い!辛い調味料だ!ピンダンは、魚、さば?アジ?っぽいんだけど、これも香辛料たっぷりに油で揚げてご飯と食べる。旨い。後は、道端で売ってる“サテ”(串焼き)う~ん、懐かしい。食べまくって帰ろう。第二の故郷、バリであった。
2006年03月12日
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私はそんなにグルメでもないし、美味しいものがあったらそれはそれで嬉しいけど、無かったら無いでも大丈夫な方だ。世間でよく話題のお店のケーキとか、お店とかあんまり気にもならない。もちろん美味しいものは好きですけどね。ここ最近は子連れOKの店に行く事が多い。ファミレスとかマックとかミスドとか回転寿司など。それもたまに‥程度。基本的に家で食べる。朝はパンとコーヒー。昼も、適当になんか作って食べる。晩ももちろん作って食べる。料理はきらいでは無い。自分で好きな物作って食べる方が経済的だし、健康にも良い。手は凝ってないが、早く作る。(中華系)最近のお気に入りは“とろろ&もずく”おいしい。簡単だし。ねばねば系は大好き。納豆も毎日食べてる。あとは、炒め系。何でも豆板醤を入れる。辛いのが好き。芋&かぼちゃも大好き。豆も好き。ほぼ毎日作って食べる。最近は土曜の鉄板焼き。今日もそうでした。焼肉って土曜日食べに行くといっぱいやしね、肉買って、家で焼く方が早いのだ。そうそう、昨日の“たこ焼き屋”行ってきました。おばちゃん言うだけあって、美味しかった。会社にインフォメーションセンターみたいな人がいる。すごい情報ツウだ。(独身・女性)飲食に関しては特にすごい。ハモが好きらしく、下関まで車をぶっとばし食べに行くらしい。もちろんお取り寄せも通販でしている。どこどこの何が美味しいやら、どこどこの何が良いだとか、ものすごい詳しく、韓流スターにのめり込み、4○才独身‥。いや、別にそれがどうって事じゃないですが、個人的趣向の問題ですし‥。ただ私には不理解な趣向なのであった。。色んな人がいるんです。
2006年03月11日
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今日、昼から新規のお客さんの所へ行った。○○商店街にある「たこ焼き屋さん」だ。会社に電話があった時は、事務の人が出て、応対していた。「何かうるさそうなお客さんみたいやしな。」と言われ、「くれぐれも詳細を聞いてきて」とも言われた。そう言われると、「ふーん、どんなオヤジやろ?」やら「細かい事とかにうるさいのかなあ?」とか「文句言いなんかな?」とか先に悪印象が浮かぶ。そんな事を考えながら、車を走らせその辺の¥100パークに停めた。一応何聞かれても言い様にいつものバッグ(書類ギッシリ軽く5kg以上)を肩に下げ、お店を探した。え~と、たこ焼き屋さんは‥あった!“ガラガラ~”「こんにちわー○○印刷ですがー。」と戸を開けた。中は小さなカウンターがあるだけの小さいお店。そこに、メガネをかけ、エプロンしてるおばちゃんがスッパーとタバコ吸いながら電話してる。お客らしい人はいない。娘さんみたいな子が1人。第一印象‥ちょっとキッツイ感じを受ける。ま、そんなことにはめげずに電話が終わるのを待つ。そして、お仕事の話を聞く。「チラシをな、入れたいねんかー。コレやけどな。」と原稿を頂く。白い紙に“いか焼き○○円”“たこ焼き○○円”と書いてあるだけの簡単な原稿。超~シンプルだ。もうちょっと何か無いのか?と思い、「写真とか入れられますか?イラストもいれましょか?」と聞いてみた。「ほんま?入れてくれんの?ここに入ってるねんか!」と“写るんです”を握ってる。明日までには現像しておくと言うので、明日また取りにきますと言った。そこで、ちょっと話しが盛り上がってきて、おばちゃんは「CS?CH?ってしってるか?」と聞いてきた。「CFですか?」と言うと、「それそれ!さっき取材に来たんやで!」と言う。「え~?まじですか?」と私、びっくり。「そんな有名なん?その雑誌」というおばちゃん。「結構有名ですよー、私今月号買いましたよー。」と私。「それがな、4月に発売の号に載せてくれはるねんて、ほんで、さっき取材の人来て、食べていってくれはってん。」とおばちゃんが言う。「ウチのたこ焼きな、ものすごー美味しいねんで!でもなこの商店街もさびれてきてな、人が通らんねん!せやしお客が来ないねん。」と哀しそう。さっきのCFの取材陣も“旨い!”と唸らせて帰ったと言う。「ウチのたこ焼きは他と違って、こだわってるねんでー。」と材料を見せてもらった。1人前に卵は6コ、たまねぎおろし、クリープ(リキッド)など等もちろんタコも入ってる。そこまで言われると、「もうたこ焼き無いんですか?買ってこかな?」といったら、「明日来て!お金いらんし食べてみて!」というおばちゃん。おばちゃんは、もう66歳やけど“やる気”は満々と言う。大概、歳をとると“ぼちぼちでもういいやんか~”ってなるけどおばちゃんは、こんな美味しいタコ焼きをもっと色んな人に食べてもらいたいねん!死ぬまで頑張る!!と自信満々に言うのだ!パワーを感じた。なんとかしてあげたいとも思った。明日、たこ焼きを食べるのが楽しみだっ。最初に感じてた印象はぶっとんだ。人は話してみないと分からないもんだ。それもつっ込んで話すと、腹も割ってくれる。何か今日はうれしい気分になったなあ~。友達が1人増えた気分である。
2006年03月10日
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まだ小学生だったころ、私の部屋は弟と同じ部屋だった。しかも3畳1間。狭い。2段ベッドがあったが、弟が小学生になって机を置くとかなりギュウギュウで辛かった。必然的に布団を引いて寝ることになる。友達の家に遊びにいくと、皆自分の部屋を持っていた。すごくうらやましかった。「素敵な部屋づくり」という本があって、いつもそれを見ていた。いいな~こんな部屋。ここにベッド置いて、机置いて‥と想像しては時々見取り図なんかも自分で書いたりしてた。ある時は新聞の住宅の折込広告なんかも見ては、「いいな~こんな大きな家。絶対自分の部屋は広いでー。」と、また妄想しては現実に悲しんでいた。あまりにも、家が狭かったので一生こんなんかな?と思ってたら、中学生の時引っ越した。新しい家だ。びっくりした。下は会社、上が家。結構広い、もちろん自分の部屋もある。めちゃくちゃ嬉しかった。6畳の部屋にベッド・机・たんす・チェスト・テレビ・コタツステレオ、もう一式ある。ちょっとしたワンルームマンションなみに何でも揃えた。とにかく部屋で過ごすのが大好きであった。好きな音楽を聴きながら、漫画読んだり、お菓子食べたり最高に至福の時であった。(中学生だからね)今もインテリアの本は好きだ。こんな部屋いいな~とか、こんな家もいいなーと見るのが楽しい。いつか思い通りの家に住みたいなあ。。
2006年03月09日
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私の家は自営業だ。前にも話したと思うが、印刷屋。主にチラシがメイン。今もそうだけど、最近はデザインやWEB関係も受付けている。広告・宣伝関係全般。私の子供の頃は親もかなり忙しかったのを憶えてる。家から約50m離れた所に事務所があり、家の1階は印刷機があった。夜中まで、ガシャンガシャン動いてた。(近所迷惑な家!)母はいつも事務所と家の往復。学校から帰ると家はもちろん誰もいない。テキトーにおやつ食べたり、時代劇の再放送みたり(子供のくせに時代劇ファン)漫画読んだり、絵を描いたり、それなりにまったり過ごしていた。晩ご飯は遅め。朝は自力で(目覚まし時計)起きる。自分が寝坊すると、もちろん学校も遅刻する。それもこれも、仕事が忙しかった為、母も夜中まで仕事してたらしく朝は起きられないのだ。それが苦と思ったことは無い。というかそれが当たり前と思ってたからである。普通のお母さんは朝、起こしてくれて朝食を作ってくれる。ということは別の世界の事と思ってた。ま、そんな事もありましたが休みには旅行も連れていってもろたし、土曜日の夜中からはたたき起こされて、釣りに連れてもろたり。。。自営業は何かとワイルドなのであった。仕事で、忙しい時はもちろん子供でも手伝わされるし弟・妹の面倒もみさされる。18才で免許取ったばかりでいきなり営業に行かされる。(パシリ)料理の出来る歳になると任される。いろいろ有りましたが、そんな親がとても好きです。むかつく事も、いやな事も色々あったけど、いや今もあるけどこの仕事で育ててくれて、そして今自分も同じ仕事してる。弟も妹も手伝ってる。ファミリーでやってます。仕事の有難みや大変さを一番学ぶ所ですねえ。
2006年03月08日
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昨日の続きになるけど、お仕事の話。まあ就職も合わせて、数々のバイトをしました。最初のバイトは「志津屋」のパン屋。高校生だったんで、時給はありえない程低かった。しかし、利点は残りのパンを貰える事。次はコンビニ。今は無き「サン・チェーン」。これは楽だった。1年半位、続いた。利点はいっぱいある。あまり公には言えないけどね。気が楽かな。次は、ショット・バーのバイト。以前もお話ししたが、アメリカンチックなバー。これは、人生勉強させてもらった。利点=色んな人種と知り合える、酒が飲み放題。お次はちょっとお洒落なカフェ・バー。(死語?)女性主体のラウンジ&カウンターバー。制服着て、お客さんのお相手もする。私はカウンター側。猫かぶってのお仕事。利点=きれい系のおねえさんと友達になれる。酒が飲める。どんどんいきますよー。お次は警備員。当時、女性は私1人。おっちゃん、学生がほとんど。主に交通整理、工事現場でのお仕事。きついのは立ちっぱなしの為、腰がやられる。夏だと焼ける。利点はおっちゃんに可愛がられる。時計無しで時間が分かるようになる。道行くおばちゃんに「寸志」を頂ける。(たまに)さて次、居酒屋。おかみさんのいる居酒屋。おっさんが多い。坊主もいた。利点=もちろん酒は戴ける。料理が覚えられる。次、海水浴場の民宿。(夏場限定)1か月休み無しの為、超~ハード。朝6:00~夜8:00まで。(中休憩有り)利点はいっぱいある。いろんなお客さんと知り合える。海が近いので、泳ぎにも行ける。次、派遣会社。一気に豹変。OLです。今まで、自分に出来るのか?と思っていた分野。いきなりNTTへ派遣。ジーンズ不可。しかし、意外と楽しい。私OL気取り‥て気分になる。以外とはまって、NTT→佐川急便など、企業にて派遣業。新しい自分を発見する時期。後は、短期で工場やら雑貨屋の店員やらウエイトレスやら、色々やったなあ。一番長いのは今の仕事。印刷業の制作。実家だからね、仕方ないのだ。一番楽しかったのは民宿かな。若狭の民宿、おっちゃん&おばちゃん元気かなあ?おおきにでした。
2006年03月07日
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卒業シーズンですねえ。もうかれこれ何年も前になりますが‥。大学を卒業して、さあ就職‥。まだ職が決まってない‥。美大だったんで、一時東京に憧れて東京へ出てやる~!と思った時期があり、夏休みに東京へ面接に行った事もあった。何の職種かというと、写真関係。授業の中に写真の授業があった。撮影→現像→焼付け。すごいハマッタ。超~クールな世界。かっこいい。モノクロやカラー、色々試した。現像が楽しく、引き伸ばし機まで購入。5万円位したよ。学校にはスタジオがあり、友達をモデルに捕ったりした。初めて買ったカメラはニコンのF3。そんなこんなで就職は大阪の南森町。コマーシャルフォト専門の会社。小さいながらもスタジオがあった。そこから、でっちのような生活が始まる。学生あがりの私は、社会人1年生。一般常識も何も学ばないまま、ちょっとカジッただけのただ好きというだけのカメラの世界に入る。朝は早い。もちろん一番早く行かないと行けない。京都~南森町まで通勤1時間半。電車は3回乗り換える。夜も早くて7時に終わる。家に着くと9時過ぎ。電話の取り方もろくに出来ずに何回も怒られる。「はよ、持って来い~!」とか「ぼさっとするな!」と何度も怒鳴られる。「ハイっ」という返事しかしてはいけないのだ。なぜならでっち(新米)だから‥。そりゃ泣いた事ももちろんあります。徹夜の仕事もあります。休日出勤もあります。重さ10キロ以上のストロボ2個持って地下街を走り回る。スタイリストのアシスタントもする。弁当も買いにいく。何でも屋です。でもすごいやりがいがあった。身体も壊したけど、まあいい経験でした。写真は今も好きですね。今はデジカメばかりですが。いいカメラ欲しいなあと思います。写真は撮る→上がりをみるのが楽しみ。奥深い世界です。
2006年03月06日
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今日は日曜日。さて何しよう?いつもはちょっと遅めに起きて、朝食食べて(もちろんコーヒーはスタバー)掃除して、出掛ける。今日は息子と2人で出掛けた。旦那は家でお留守番。行き先は‥ダイアモンドシティー。(いつもの)今日はドラえもんが来るらしく、いつもより混んでた。しかし、残念ながらドラえもんはもう帰ってしまった後だった。「ねーねードラえもんは?」「どこいったん?」「もう帰ったってどこに?」と質問攻めにされる。「もう時間がきたし、のび太の家に帰ったんやって。」としか言いようがない私。申し訳ないんで、仮面ライダーを買ってあげた。最近、息子のブームは昔のライダーだ。この前は、初代仮面ライダーのDVDを借りて観ていた。今日は、ちょっと前のクウガを買ってた。オダギリ・ジョーがライダーだった奴。。息子のおかげで、すごくヒーローもんが詳しくなる。歌も全部歌える。(ふんっ!)なんの自慢にもならないですが。それから、昼ごはん食べて、モーリーファンタジー(キッズランドみたいな)に入る。すごいパンチパーマの奥さんがいる。上下ジャージで、ちょっと恐そう‥な感じ。しばらくして私の横にどかっと座った。またしばらくすると、その横の奥さんに「???????」と話してる。韓国語だ。韓国の人だったんだ。うーん、すごい迫力。まいりました。しかし人がいっぱいだ。モーリーファンタジーでは何とか座れたが外に出ると座る所がないのだ。疲れた~。地べたに座ってしまった。壁がありがたい。いつもながらここの人の多さには驚かさせる。日曜日、皆ジャスコ。行くところ、ないのかな?もうじき春になったら、外へと出たいなあ。お花見とかバーベキューとかキャンプとかキャンピングカーみたいなんでちょっと旅したいな。ドライブ大好きやし。たまには遠出もいいですねえ。
2006年03月05日
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私もそろそろ、人に胸張って言える年齢じゃなくなってきた。(恥)今年で3×才になる。はああ~。気持ちはいつまでも24・5才位なのにっ!1年ってなんて早いんだろう。。。今日は友達と子連れでマックで打ち合わせした。半分仕事で半分遊びみたいな‥。土曜日の午後はすごい人が多い。もちろん家族連れが多かった。いろんな人がいる。見てるだけで面白い。きっと私らもそう思われてるのかもしれないが‥。あの旦那にこの奥さん。へ~。「へ~」ばっかり言うてたな。トリビアなら500へ~位いってたな。芸能人なら金かけて努力して若さをキープするだろう。一般人でもお金持ちならそれも出来るだろう。じゃ一般人で金無い人はどうやってキープするんだっ?努力しかないでしょう。食べ物に気を使うとか、身体を動かすとか安くても効果のある化粧品使うとか、チープシックでもセンスのある格好するとか、それはそれは努力するのみ!あきらめてはいけません。人はあきらめた時点で老けるのだ!理想は高く、年齢は(見た目年齢)低く。せっかく女に生まれたならば、それを生かそう。たとえ中身はおっさんみたいでも、外見は美しく。最近の梨花とか好きやなあ。面白い→美しい→スタイル抜群。性格は知らんけど。楽しそうやもんね。全ては自己満足、自己暗示。自分次第で世界は変わるのだ。暗い気分も楽しい気分も、自分次第。。いつも楽しい気分は無理だけど、秘密兵器を持ってたらきっと乗り越えられる。それは私の場合、心理学・精神学の本だった。河合 隼雄先生が大好きだ。もしくは老子の本とか、ダライ・ラマなどなど。 いつも本屋へ行っては「そうか‥。」と一人で納得しては、何度も読んだ。人生もっと楽しもうって事ですね。1度しかないんだし、思いっきり自分らしく‥ですわ。
2006年03月04日
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ひなまつりですねー今日は。おひなさまの日に生まれた弟の話など。むかしから、何かと問題児だった弟は結構とくな奴でした。小さい頃からまあやんちゃと言えばやんちゃでしたが3歳位の時に軽トラに轢かれそうになっては無傷。川に落ちて流されて、お兄さんに助けられて、新聞にも載ったのに全然大丈夫。小学校でも、問題児。中学校でも、問題児。タバコで停学、丸坊主、家出、万引。部屋は溜まり場、無免、まあ一通りはしたと思う。アホやったけど、なぜか憎めない奴。女にはモテる奴。高校ももちろんそんな調子だったんで行ける高校もなかったけどなんとか、美術系の高校へ行きよった。絵だけ上手かったのだ。私も絵は好きだった。美大行ったしね。それからはバイク、車、スノボーにはまり、特にスノボーは大会に出る程好きだった。そんな弟も数年前に結婚した。お嫁さんはとても可愛い娘だ。しばらくして私がバリから帰国すると弟は、すっかり変わっていた。ベジタリアンになったらしい。タバコもやめたらしい。スノボーもやめたらしい。まるで、坊さんみたいになってた。エコロジーに興味を持ち、尺八を習い始めた。断食道場にも通った。いったい何があったのだ?ただ驚くばかり。。結婚しただけでこんなに男は変わるのか?小さい頃から一緒に育った私は奴がどんな性格か知ってる。欲しい物は絶対手に入れる。お調子もん。ハマリやすい性格。 ↑ コレだ!きっとハマッてしまったのだ。エコロジーに!(もちろん良い事ですよ。)しかし極端すぎる!何もあんなに大好きだったスノボーやめんでもいいのに‥。嫁さんの影響なんでしょうか?すごいね。焼肉大好きやったのに、行かないし。「いただきます」はまるで祈りの如く長い。。。ごみについてすごくウルサイ。。そういう奴でも、なんでも弟です。バカ正直な奴です。今は一緒に仕事してます。自称デザイナーです。(腕はいい。)何歳になっても弟は結構かわいい奴だ。と思ったりしました。
2006年03月03日
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今日は‥またまたずっと制作の為、マックにかじりつきの日。ずっと集中してた為、時間を忘れる程だったのだ。こんな事、珍しい。ま、そういう日もありつつ時間は流れていきます。昔の私は半年単位で、日本に居るのが我慢できなくなりよく旅行に出掛けていた。主にアジアであったけど。タイは今も大好きな所。何回も行った。お金取られたり、南京虫に全身やられたり、色々あったけど何といっても食べ物は美味しいし、人も優しいし(最初恐そうに見える)山も海も街もいい所やしね。また行きたいもんです。とにかくタイ料理は大好き!インドも良かった。この話しは長いよ。まじで、猿岩石なみやったし。伊藤君とチューヤンかもしれん。マジ電波少年。なので、またの機会にします。バリはまあもう第二の家みたいなもんやし今更、どうこうもないのですけどね、もちろんいいところですよ。年がら年中暑いしね。良いバリも知ってる。裏バリも知ってる。もうじき久しぶりのバリ。何かどうなってるんだろう?沖縄も行ったなあ。住むつもりで行った。友達は与那国島に住んでて、訪ねて行った。まさに「島唄」の世界。海の透明度はすごい。すぐそこに魚の大群がいた。いい所ですよ、沖縄。離島は特に良い。西表島、久米島、石垣島、那覇へと流れた。今は日本。ものすごく現実的な日々。でも20代に色々行って、今はなんだか仕事が楽しい。若い頃に遊べ!ですよ。今度は大人な旅行がしたいと思って、野望をもって過ごしてるこの頃なのだ。。
2006年03月02日
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そもそも、なぜバリにはまったのか?初めてのバリ旅行はかれこれ10年以上も前。その頃は単なる1週間のツアーであった。今のバリに比べるともっと、南国~っぽく土臭い雰囲気だった。空港も薄暗く、浅黒い男達が送迎にワサワサ居て、ガラムの甘~い匂い。蒸し暑い、まさに異国情緒たっぷりだった。個人的な話になりますが、最終的には4年付き合った彼と別れてしまい、ショックでプチアル中になって、円形脱毛も2か所一気に出来て、あまりの自分の悲惨さに、もっと男以外の事いや恋愛以外にのめり込めるものを探したかった訳です。んで、バリが好きやったしバリダンスしたい!と思ってたんですが、京都にはバリダンスの教室が無かったんでインド舞踊ならあったのでインド舞踊から始めました。1年インド舞踊続けたけど、教室のやり方についていけなくなってやはりバリダンスをしたい!と思って、バリで習う事に。それからは踊り!練習!の日々。日本からもたくさん習いに来てる人がいて、知り合いになったり、遊びに行ったり、すごい楽しい日々でしたねえ。こんなにハマると思わなかった。位練習、練習。あるハードな先生に習った時、暑さと栄養失調で、動けなくなった事もあった。食事はちゃんととりましょう!5年位、ずっと続けてたけど、なんだかんだで結婚して子供も生まれて、踊りは一時ストップ。去年、久しぶりに子供の保育園で踊った。やっぱり楽しい。また機会があれば踊りしたいなあと思う。練習が楽しい。。皆と練習してた時は最高に楽しかった。何にも余計な事考えずに、踊りにだけ集中できる。身体もすっきりする。そんなに上手なわけじゃないけど、ただ単に好きなのかな。身体を動かす事はすごく気持ちいい。スポーツってそういうもんかもなあ。踊りはいいですよ。何の踊りも好きだし。素人でも見てて上手い人は分かります。感動する。感動を与えられる人はすごい。。マジで、また練習したいなと思うこの頃である。。
2006年03月01日
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久しぶりにイラスト描いた。仕事の依頼で、挿絵のイラスト描きです。私は一応某美大(短大)のイラストレーション専攻だった。自分でも忘れてたなあ。。朝からラフ画を描き、昼からペン入れした。今日は朝~夕方迄机に向かい、お絵かきだっ!!夕方頃、すげー肩がイタイ。慣れない事したせいかしら??いつもはパソコン目線で机に座ってキーをたたたっ。今日はもっと目線を低く、机に向かってペンで描く。たったその違いでこんなに疲れるとは!!歳を感じた(そうなのか?)‥‥。ま、何とかイラストも大体できて、もう夕方。お迎えの時間。。しかーし、本日はこれで仕事終了じゃないのだ!お客さんと最終打合せがPM8:00にあるのだ!!でもこのお客さんいつも超~多忙で時間通り来ないのがキツイ。こないだも30分約束したにも関わらず待たされた。今日もどないなるんやろ?と思いつつ、お客さんのお宅へ約束の時間に行く。携帯を鳴らしたが出ない‥。しばらく前で待ってみる。さ、寒いっ!!今日はやたら寒い日だ!ちょっと近所のカフェで待ってみる。たまたま入ったカフェはいい感じ。何といっても暖かい~。やっと携帯がつながり、10分後になんとか会えた。そんなこんなで帰宅はPM9:30となる。さっき帰ったばかりである。でもね、仕事は好きだからいいんですよ。生きてるから健康だから仕事できるんですよ。誰に言うてる訳でもなく、自問自答ですわ‥。ははは~!さ、もう寝よ!おやすみ~!!
2006年02月28日
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今日から月曜日‥。今日は時間ごとに表示してみまーす。AM7:30 起床・朝メシの用意AM8:35 旦那と息子出勤&登校(保育園徒歩で送る)AM9:00 ほっと一息、化粧しながらメールのチェック。AM9:30 出勤。午前中は会社で制作作業。PM12:00 旦那昼メシ帰宅。一緒に昼ごはん。PM 1:30 午後から営業。PM 2:00 お得意さんへ納品。PM 3:00 少し時間あったんで得意先の近所の「Cafe Hello」で一服。 本日で2回目のこのCafe、とても居心地が良い。 月曜日の昼下がりなのに、2階も1階も満席だった。 とりあえずテーブル席に座る。(相席) 本がいっぱいある。コーヒーとモンブランをオーダー。 (下記参照。)とても美味そうでしょう。 その間「自給自足」という雑誌を読む。 自給自足で、カフェをオープンしたり、石で家作ったりと 自由気ままに自分の好きな道を歩んでられる方ばかりの 特集だった。いやそういう雑誌なのかもしれん。 そうしてると、そのカフェの娘ちゃんが「ただいま~」と カフェの扉を開けて、小学校から帰ってきた。 思えば、このカフェのオーナーも夫婦で営んでられる。 上が居住スペース。いい感じだ‥。 名残おしく、時間が来たので店をでた。PM 4:00 得意先へ納品。PM 4:15 車内で、ひらめいた!(何が?)PM 4:30 会社へ戻る。PM 5:00 退社。息子のお迎え。 一体何が「ひらめいた」やねん?って感じやね。 自分にしか分からんのですが、車で走りながらずっとぼうっと 考えてた。そうやな、皆好きな事して仕事ができたらそら ええわ。私の好きな事は何なんだろう?さっきの自給自足の 雑誌みてそう考えた。ま、それが明確になったと言うことです。 これから頑張るぞー! すみませんただの自己満足です。。 ひらめきが肝心。 時々、いつもと違う場所や人に会うのがよいと思います。 必ず何か考えさせる事があるのだ!!
2006年02月27日
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今日はずーっと雨降ってましたね。うっとうしい。でもまたCOCOSに行ってしまった。それからはずっと家でパソコン作業。。なんだかんだで、パソコンの前に居るのが好きみたい。以前はマックを使ってた。POWER BOOK、今はVAIO(WIN)に転向した。仕事場ではマックも使ってるけど。。パソコン歴は結構長い。12年前位~現在に至る。一番最初のパソコンは何かCanonの???いう奴。全然使いこなせず、何回もぶっ壊してやりたかった。それ以降はずーっとマックだ。ネット歴はそれこそ数年前~。バリにいる時も何かと暇があればパソコンの前に座る。ホッとする瞬間。。お風呂にでも入るが如くホッとするのである。もっとパソコンに強くなりたいと思う。プログラマー位になれたらたいしたもんやろう。しかし私は数学的な事は嫌いである。WEBの学校も少し通ったが、仕事しながらなんで中々進まない。でも習得はしたい。去年フジテレビのドラマであった“恋におちたら”の島男くらいに出来るようになりたいなあ。島男よかった!あれ以来、草薙ファンである。今年はもっとWEBに強くなる!というのが目標。しかし、今日の亀田大毅の試合、早かったなあ。言うだけの事あるなあー。“有言実行”やな。かっこいいわ。。本間になぜ自分はオンナなんであろう?と思う。きっと間違えて生まれたんじゃないか?旦那の方が女らしい。。おしとやか??ま、次回は男に生まれて、殴り合いのケンカや男くさ~い事いっぱいしてみたいと思ってるのだ。何か今日はネタ少なくってスンマセン‥。
2006年02月26日
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なーんてタイトルつけてみました。別にフィーバーしないけど‥。世帯持ちになると、中々フィーバー出来ません!!私の夜遊びデビューは高校1年~。。当時は“ディスコ”へ行ってたなあ。それこそ、今で言うパラパラの原型みたいなフリで皆踊り狂ってた。バブリ~な時代真っ只中で、マハラジャとか行ったり。(懐かしっ!)80'sなダンスミュージックで、お立ち台とか登ったり。。それも、高校生で終わった。。大学1年から私の運命が極端に変わったと言っても過言ではない!高校生の頃、ナンパされたお兄さんにすごいアメリカンなショットバーに連れて行ってもらった。小汚いドアをギッ~って開けると薄暗~い空間。壁は落書きだらけ。(色んな言語)10畳もないスペース。カウンターは鉄の床みたい。外人ばっかりで、音楽はパンクやら、ロックやらガンガンにかかってる。当時ごく普通の高校生の私にはすごーく刺激的で、はーーこんな世界があったんだー。とただ驚くばかり。たったの1回だけ行ったお店が忘れられず、大学生になって「あのバーでバイトしたい!」と強く思って、電話番号を調べバイト募集もしてるか分からないまま、電話した。「あのーバイトしたいんですけど、募集してますか?」と聞いた。たまたま募集してたんで、面接を受ける為にバーへ行く。久しぶりに行ったそのバーのスタッフは全て男。と言っても普通の男ではない。(見たくれは‥)どう見ても、パンクロック調の紫の逆立ったヘアースタイルの男。イギリス人の金髪男。ブルースが好きな飲んだくれ男。ヘビメタ系の男。皆個性派揃いだっ!その中に高校生上がりの真っ黒ストレートヘアーの私。当然浮きまくり。。しかし、私は「どーしてもバイトしたいんですっ!」とお願いして、オーナーにOKして頂いた。大学の授業の無い水曜日と土曜日の週2回バイトした。心ん中では、「あの男達とバイト上手くやってけるんかな?」と思いつつ、始めたが‥。その男達と働きはじめて、色々話していくと、皆すごい真面目でいい人達だった。(皆、性格が良い)お客も当然、スタッフの連れとか、ファンの子とか来る。外人も山ほど来る。土曜日は時々警察が来る程、盛り上がった。私もいっぱい友達が出来た。今でもそん時の友達は続いてる。酒もたばこも、恋愛もそこで覚えたようなもの。ただの美大生の私だったけど、ものすごい国際的な場所に居たような気がした。毎日楽しかったなあ。その時からすごい感じた事は、「人は見かけじゃ分からない」と言う事だった。どうみても、やばそうな井出達の奴は皆、目を反らしてなるべく関わらないようにするけど、話してみるとすごいいい奴だったりする。実際、そういう方が多かった。普通ーの人っぽいけど、飲むとタチが悪い奴いっぱいいた。しゃべるのも嫌な奴とか。オンナもそう。普通ーに見えるオンナの方がべろんべろんになって、さかった猫みたいに色気づいてたり‥。こっちはシラフで見てるから面白い。色々あったけど、あん時があったから今の自分があるんだなーと思うと、人生変えた時期なんだろうねえ。ある時、どうしてもこうしたい!って時が来る時は何かの岐路なのかもしれない。素直に従うのが良いと思う。今もそう思って生きております。Believe my way~♪
2006年02月25日
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変なタイトルやな。何かやらしい番組みたいですが。ま、どうでもいいと言えばどうでもいいテーマです。先週、家族+会社の人(男子)とある音楽番組を観ていた。そん時、クリスタル・ケイちゃんが出ていた。(私は大好きなんで)そしたら、その男の人は「あかん!ブサイクやなー!」といきなり言う。。「えー可愛いやんか!」と私。「目ー離れすぎてるわー。」とその男子。次にMELODY?が出た。「こいつはええな~。可愛いわ。」ケイはダメでメロディはいいんか?次にドリカムの吉田美和が出た。「こいつもイマイチやな。目離れてるし。。」とその男子。「歌は上手いけどな。」と付け加える。その男子はめちゃストレートに言い放った。基本的に男の好きな女はなんとなく分かる。いわゆる男受けする女のタイプ。「可愛い」・「グラマー」・「おとなしい」・「清楚」「優しそう」・「白やピンクが似合う」・「和風」など等。ま、私には無い要素。。ちょっと若い頃(もちろん結婚前)、サーファー野郎達とつるんでた時期がある。と言っても、真のサーファーでは無いが‥。ちなみに私はサーフィン出来ません。野郎達は、サーフィン好き・酒好き・女好き・音楽好きと超~分かりやすいタイプ。私はオンナというより仲間であった。海に行けば必ずナンパする。お持ち帰りする。「女ナンパしてきてー」と私に頼む。(自分でせい!)ものすごいオンナっぽいオンナが好き。なように見えた。しかし、自分の彼女は「可愛い系」なのだ。これが男の実態なのか?と学習した。そうでない人もいるけどね。たいがいはそうかも。私は別に女っぽいオンナが嫌いな訳ではない。可愛いなーと思うし、嫌悪感は無い。「叶姉妹」を見てもすごい!とすら思うし。「ゆうこりん」を見ても可愛いねえとも思う。好きではないだけ。好みじゃないって事かな。ではどういうオンナが好きなのか?ズバリ「アンジェリーナ・ジョリー」とか「マドンナ」とか「クリスタル・ケイ」とか「青木さやか」やら‥。何か気の強そう~なオンナが好きなのである。生き方もめっちゃ激しそうな人も好き。ふわふわ~でアンニュイで、守ってあげなくっちゃ‥。的なオンナは好きじゃない。というか自分はなりたくない。でもきっとオトコは好きなはずだ。そういうオンナが。ま、そういう感じかな?今日言いたかった事はね。
2006年02月24日
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仕事が終わってから、本屋へ寄った。昨日も寄って気になってた「BRUTUS」を購入。“天才たちに学べ!”という特集でした。トップはフランク・ミュラー。すげーかっこいいおっさん。私の知ってる範囲は「やたら高級な時計のブランド」位だった。天才らしい。技術もすごいし、デザインも独創的で大富豪。お家も写ってたが、普通の家じゃない。岡本太郎チック。芸術家の家だ!爆発だ!こんな人と毎日いたら超~刺激的やろうな。いや、疲れるかなあ。何でも、車や船もデザインして作ったらしいし。こだわりは尋常じゃなさそう。「こんなんじゃないんだ!くそっ!」とか言うて机ひっくり返しそう‥。自分に無い物に惹かれます‥。私はクリエーターでは無いので、技術師や芸術家、職人さんに憧れますねえ。インタビューの最後の言葉が良かった。「人生に挑戦するのに年齢なんて関係ない。 もともとこの世には時間などない。 それは人間が勝手に作ったものだ。 私は時計師だからそのことがよく分かる。」らしい。かっこいいじゃないすか。「私はすきなことしかやらない」そうです。その辺のおっちゃんが言うてたら「何ほざいてるねんえ?」で、終わりますが天才フランク・ミュラーが言うと何と説得力のある言葉なんでしょうか?本間、今回の「BRUTUS」は良かった。あらゆる世代の天才たちが載ってますよ。いやー世界にはいろんな人がいるもんだ。
2006年02月23日
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今日もミーティングだった。本当によくしゃべった1日。(さんま位しゃべったんちゃうかな?)1回目のミーティングは約3時間強。2回目は1時間。ずーっとしゃべってたなあ。本当に自分はしゃべるのが好きなんだと思った。(再認識)好きと言うか、しゃべらざるを得ないのか?家の妹はしゃべるのが嫌い。おかんは好き。弟は普通。旦那は全くしゃべらない方。いろんなタイプがおります。息子は‥しゃべりまくってる。(流石わが子よ!)はー疲れた。晩ご飯作るのめんどくさー‥。と思い、おかんに「“串八”行かへん?」と誘ってみた。おかんは、オーナーなんでおごって頂けるのである。何故“串八”かと言うと、単にこないだから行きたかったからです。早速、私+おかん+旦那+息子+会社の人1人で、行ってみた。19:00頃、“串八”に着くと「30分待ちです。」と言われる。平日なのに~?すごい人であった。今日は“串八”に行くと決めてたんで、わざと腹ペコにしてたからもう空腹はマックス状態!「これから30分も待てへんわ~!」であっさり違う店に行く事にした。伏見にある“月の蔵”へ行った。結構空いてる。(喜)もちろん“串揚げ盛合せも”頼み、計10品位一気にオーダーしたにもかかわらず、“王将”なみの速さでオーダーが並んだ。マックスに腹ペコだった我らはせっかく上品なお店なのにガッツガツ!モッリモリ!食べまくり。。。おいし~!まるでグルメ番組の如く、「生きててよかった~」と思った。人間に生まれて良かった。神様ありがとう~!とも思った。(大袈裟すぎ!)料理をするのはまあまあ好きな方だけど、時間が無い+疲れてると作る気も無くなったりしますよね?なるべく時間のかからない料理をささ~っと出来たらいいのにねえ。何か矛盾してるなあ?
2006年02月22日
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今日は朝から営業。京都の○○商店街へ原稿もらいに行く。もう何年も前からのお得意先です。車を運転してラジオやテープ(車が古いので未だテープなのだ!)をガンガンに聞きながら、鼻歌まじりに営業先へ行く。。最近のお気に入りはDEF TECHやらENYAやら80'Sとか‥。FMも良く聞きますねえ。時々、AMも聞く。すごーくマイナーな音楽や「こんにちわ!山崎ツトムです!」とかも。(知ってるかなあ?)意外と面白いんですよ~。最初に音楽に興味を持って聞いたというか、ちゃんとファンになったんは「オフコース」。懐かしい~。小田さんの大~~~ファンだった。当時小学生だった私は真剣に小田さんが好きで、友達に小田さんかっこいいわ~と自慢していた。(まるで自分の彼の如く。)しかし、ある日すごいショックな事が!いとこの家に遊びに行った時「明星」(知ってる?)が置いてあり、「オフコース」の記事があったので心躍らせながら、読んでいると小田さんのプロフィールがあって、“小田和正(32)”「え?」(汗っ)32歳だと~??私、小学生。。めっちゃ歳の差!しかも、いとこのダメだし「へ~小田さんって結構歳とってはんなー。」心の中で「どうしよう‥‥?」(どういう意味で?)未だに理解不能なあの時の気持ち。いったい小田さんとどうなりたかったんだろう?たかが、1小学生がね~。そういう事もありましたが、今もオフコースは名グループですよ。曲も大好きです。その後、洋楽やら邦楽やら色々聴きまくり、中学2年~激ハマリだったんが、「Depeche Mode」だ!ご存知か?最高~~にハマッた!ブリティッシュ・ポップと言うが、あのメロウ~なテクノなサウンドが大好きで、しかもメンバー全員超~かっこいいねん。その中のメンバー「アラン」が大好きになった。もう中学の時も高校の時も聞きまくってましたね。高校の時はコンサートへ行った。泣いた。絶対ロンドンまで会いにいってやるぅぅ~~。と思って、本間に大学1年にはロンドンに行きました。もちろん会えなかったけど。。最近は激ハマリの音楽は無いけど、適度にどれも好きです。しかし、小田さんいまだに頑張ってはりますね。すごいっす!小田さんフォーエバー!!
2006年02月21日
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昨日の晩、息子のイビキがすごくってほとんど寝られなかった‥。3歳なのに、すげ~イビキ!多分鼻づまりのせいだと思う。(鼻フンッがヘタクソな為)一応A型の私は結構神経質。(A型は関係無いのかな?)部屋も暗くして、シンッとしてないと寝られないのです。そりゃ、子供がまだ赤ちゃんの頃~2歳位まではほぼ毎日睡眠不足。授乳の時はもちろん、少し大きくなってもウニャフニャ言うては起こされるし、最近よーやく朝まで寝てくれるようになった位である。昨晩は、特に「ズゴ~グホ~」とすごかった。(泣)なので、今日は彼も「休む!」と保育園拒否しよった。しんどいみたい。いつもの小児科へ行く事にした。仕方が無いので当然私も仕事休み。。いつもの小児科はすごく繁盛してる。繁盛ってのも変な言い方だけど、まあいい小児科やと思う。院長先生も受付のスタッフも親切で丁寧で安心な感じ。「安心」って感じを与えてくれる病院は良い。(最も!)まあ結構繁盛してるだけあって、待時間も長いんだけど暇つぶしに人間ウォッチングして時間つぶし‥。一番面白いのが子供の名前。。スタッフの方が「○○○○く~ん!」とフルネームを呼ぶ。時々、「えっ?」ちゅー名前があるのが面白い。以前めちゃヤンママ風なおかんがジャージ姿で1歳かそこらの子を連れてて、子供はトコトコ歩き廻ってて順番がきたらしく「キアラ!はよおいで!いくでー!」すげーキアラ?!キアラ・マストロヤンニ?かっちょいい名前。。その子は超ー和風なお顔立ちでしたが。(ま・いっか‥)一番知ってる中でイカスというか仰天な名前の子がいる。その子は「ら・す・た」と言う。漢字では「羅素太?」やったかな?親はもちろんレゲエ好き。ラスタ・ファーラウェイ!!お顔は横綱っぽかったな。でも可愛い。そんなこんなで順番が来て、「風邪」と診断された。1日中家に居て、彼と2人で過ごす。。昼過ぎに私はパソコンの前に座ってるとさっきまでウルトラマンで1人遊びしてた奴はアクロバティックな形で寝ていた。(頭は下、足はソファー上)うーん、すごい寝技‥。専業主婦なら毎日こんな感じなんかなあ?たまーにはいいけど、仕事好き+出掛け好き+サクセス志向な私にゃ、毎日は無理だなあと思った。旦那がセレブなら違うのかも?いや、それでも何かお仕事してたい!そ・れ・は‥商売人の娘の性なのだ(多分‥)!
2006年02月20日
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皆さん、もう2月も後半、じき3月ですね。春ですよ!春!!久しぶりに、買い物しましたよ。いつもは、トップスだけ、ジーンズだけとかばらばらなコーディネートが常な私が購入したのは‥。“ワンピース”でした!お店に並んでる中でもね、特に春らしいのがワンピース達。ちょっと試着させていただこうと、「すみませーん試着いいですか?」と計4着も試着させてもらい、どれもこれも「中々イケてるんちゃう?」と心の中で、密かにモデル気分。なんて、女の子な気分になるんでしょう~。裾がふわ~としたレーシーな奴。シフォン素材で、アシンメトリーになってる奴。コットンで、真っ白で、ティアードになってる男ウケする事まちがいない!な奴やら、一通り試着してみた。そんな中、一番気に入ったんは、青のワンピース。大柄でまったくの私好み。本間、素敵な気分にさせてくれるワンピースは実際着てみないと分からない!のである。雑誌なんかで、かっちょいいモデルやカリスマモデルが着ているワンピースは「へー可愛いなあ。」で終わる。しかし実際、己(おのれ)が着てみると「コレは‥!何て素敵なんでしょう!」と思うはずだ!ま、着るまでにちょっとダイエットした方がいいかな。とか髪型も、もうちょっと可愛くしたいなあ。やら脱毛もしとかなアカンなあと改めて、もっと美意識が高まる事間違いなし。女を美しく、フェミニンな気分にさせてくれるワンピースよ!ありがとう。。(ちょっと大袈裟やな‥。)ま、皆様も機会があれば、是非ブティック(高級じゃなくても!)を覗き、ワンピース着て見て下さい。ジーンズもいいが、時々は女らしくがいいっすよ!
2006年02月19日
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人と話しをしている時、私の場合なぜかモノマネが入る。他の人は知らないが、「こないだ○○さんがこんな事言うてはってさー」とモノマネしながら話す。無意識にしてるみたい。以前、バリに住んでる時にお客さんに「Yさん(私)ってモノマネしながらお話ししますよねー」とつっこまれた事がある。「あー、そうですねー!」と答えたが、「いや、おもしろいなーと思って。」と言ってくださったんで、よかったけど。モノマネっつっても、超~ローカルな人ばかりですが。私のモノマネ歴で、一番最初のモノマネと言えるのはNHKで「できるかな」という番組で「ゴン太くん」という着ぐるみのキャラクターがいて、その「ゴン太くん」のまねが得意だった。(知ってる?)「んん~ほ~んほ~んほ~」って言うだけ‥。自分で言うのもなんだけど、以外と似ている。結構何回も皆に披露したのを憶えてるぞ!「ゴン太くんのマネしてー」と言われると「いいよー!」って言いながら、「んほ~んほ~」と皆が笑ってくれるのが嬉しかったのだ。(結構芸人入ってる?)後、忘れもしない中学1年の遠足の時、昼食の後になぜかクラス全員で「ハンカチ落とし」をした。(歳がばれそうやなー。。)ご存知の方もいらっしゃると思うが、3回負けるとモノマネをしなくてはいけない罰ゲームがあり、どんくさい私は3回負けてしまった。ものすごく悩んだあげく、当時流行ってた「ドクタースランプアラレちゃん」に出てたバルタン星人のマネをした。「ふぉ~ふぉ~!」としょう~もないマネだが、その場でさっさと終わると思い、皆に失笑されつつその場は終わった。しかし、その約3か月後クラスの男子が突然「そー言えば遠足ん時にバルタン星人のマネしてたよなー!も一回しろや~!」とうっとうしい事を言ってきた。何でそんな3か月も前の事、言うてくるねん!アホか!と思い、無視していたけど、そん時の奴の一言で私のあだ名は「バルタン」になってしまった。(悲)これを知ってる人はご連絡下さいね~!(笑)約中学~大学1年までの7年弱、このあだ名だった‥。ちょっとは変化して最後はかわいく「バル」になったけど‥。ま、そんな事にはちっとも懲りない私なのですが、昨日、テレビに安田大サーカスのクロちゃんが出ていて「クロちゃんですっ!」ってのをお風呂入ってる時になんとなくマネしてみたら、自分で言うのもなんだけどめっちゃ似ていて今度は「コレやな‥」と1人で、思ってる私です。(ふふっ)
2006年02月18日
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