空が好きのひとりごと

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October 13, 2007
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カテゴリ: 信仰について
原理では、一度も結婚もしていない独身の男女が祝福を受けるのが一番価値があると見ていました。神の本来の目的がそうだといいました。じゃ、結婚をしてから祝福をうけた場合は、既成祝福といわれ罪が独身で祝福を受けた人より重いといわれていました。いまでこそ、おかしいと思いますが、その当時わたしは、結婚する前に原理に出会ってよかったと、勝手な優越感に浸っていました。

保育にいる時、実にたくさんのブロック長 巡回師さんを子供のお父さんお母さんという目で見ていました。
家にいるお父さんお母さんはほとんどいませんでした。朝は5時ぐらいから夜は12時すぎまで。御旨という名のもとに、いそがしく働いていました。
子供たちはいつも親を恋しがっていました。どんなにお姉ちゃんが、長い時間一緒に遊んであげたりおいしいものをあげても、おかあさんのよくがんばったねという笑顔にはかないませんでした。あたりまえですが、お姉ちゃんはおねえちゃんであって親の代わりになれないんだと身にしみて感じました。いつも親のいない子供たちのために、いい環境が惜しみなく与えられました。ピアノにお絵かきに、英語にいい教材いいプログラムが

私たちは この2世たちをお子様とお呼びしました。

けれど、壮婦と呼ばれる結婚してから原理を聞いて御旨のために同じような活動をしていた婦人たちがいました。
じっさい前線で統一教会のために祝福を受ける前の若いメンバーよりも多くの血と涙を流してきた方だと思っています。多額の献金をし,御旨のために自分の生活を犠牲にしながら、祝福家庭以上にがんばっていたにもかかわらず、
まるでむかしの エタヒニンのように軽く扱われ無視されてきたことと思います。

子供の面倒を見るのに、若い人材を効率よく使うため、壮婦のこどもとお子様たちをいっしょに見るのはどうだろうかと言う意見がありました。しかし






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最終更新日  October 13, 2007 01:33:51 PM
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壮婦って  
まるまる さん
私が離れた数年前私の周りの壮婦はみんな疲労と借金でくたくたになっていました。私は、長年信じ切れない思いを持っていたので、いつも1番下でした。
だから、保育ばかりやりました。ひとりで何人もの幼子をみたりするので、食べさせオムツをかえるだけで、せいいっぱいでしたね。ずいぶん献金もしたし借金もしました。結局、体を壊し、夫の反対も激しくなり追い込まれました。
離婚してでも・・・と遠まわしに言われたとき、もう限界でした。私にとって、家族をうばわれることは、信仰をなくすことよりつらいことでした。私は協会の冷たさを知っていたので、家族をとりました
選択は正しかったと今思います。
でも、しばらくは、本当に怖かった。。。
わたしがやめたとき、同じようにやっていた婦人が家を出ていました。子供は中学生だったのに。。
彼女たちは家が守られると信じて家を出たのでしょう。殴られてもやり続けていた彼女は美しく聡明でした。みんないつか自分たちが認められることを信じてやっていた。。。でも、幻想でしかないのに。
みんな優しさを失っていった。
言ってる事がすばらしくとも、作り出された世界
が、そこに本当の愛が存在するとはとても思えなかった。だから、離れても、大丈夫なのだと伝えていきたいのです。。。。
(October 13, 2007 11:22:57 PM)

Re:壮婦って(10/13)  
そらがすき  さん
まるまるさんのカキコで思い出しました。
私は巡回師なのよという傲慢
私は先輩家庭なのよという自慢
私の夫婦はともに神の摂理を担当しているのよという思い込み
私は誰よりも神様から愛されているという傲慢
すべての祝福家庭が反省しなければならないと思います。
原理を通してでは謙虚さは学べないと思いました。
(October 14, 2007 12:53:05 AM)

Re:祝福家庭と既成祝福家庭(10/13)  
教会の組織ほど差別のあるところは無いように思います。

本家庭と既成家庭
二世とヤコブ
同じ家庭の中に祝福の子女とヤコブが共にあり
その中での歪み
本家庭とよばれるなかにあっても
何双の祝福かによる差別
そして、当然のことながら協会の内地位による差別
その親の地位の差による二世間でのイジメ

神の名において、それを正当化して相手を苦しめる
その、傲慢で卑劣なやり方を私は憎みます。

そして、一番の被害者は
その世界に自分の意思で入ったわけではない二世やヤコブと呼ばれる
幼い子供たち・・・

彼らは、差別される立場であっても
する立場であっても
その人格が多かれ少なかれ間違った価値観によって傷つき歪められていくのではないでしょうか?

(October 14, 2007 11:07:42 AM)

Re:壮婦って(10/13)  
まるまるさん
>離婚してでも・・・と遠まわしに言われたとき、もう限界でした。私にとって、家族をうばわれることは、信仰をなくすことよりつらいことでした。私は協会の冷たさを知っていたので、家族をとりました
>選択は正しかったと今思います。
>でも、しばらくは、本当に怖かった。。。

>言ってる事がすばらしくとも、作り出された世界
>が、そこに本当の愛が存在するとはとても思えなかった。だから、離れても、大丈夫なのだと伝えていきたいのです。。。。
-----
横レス
失礼します

はじめまして、元シックのアリエルといいます

私は、本家庭と言う立場でしたが
まるまるさんと同じように、教会から子供よりみ旨を取るべきと言う態度をとられ
頭にきて、離れました。

子供が喘息でかかりきりであったし、夫の収入が少なく献金がなかなかできなかったことが原因でした。

夫に転職をさせろとか、働きに出ろ、両親からお金をもらえ、子供の病気は従軍慰安婦の霊だから清平へ行け
とにかく、うるさかったです。

とことん借金をしてどうにもお金が出ないとなったとき、なんにも、言ってこなくなりました
正確には、離れたというより捨てられたって感じかな・・・

最初は、まるまるさんのように怖かったです

でも、今は本当に良かったと思っています
子供の喘息も完治しました。
そして、子供にこんな世界を経験させる事が無かった事を何よりうれしく思っています。

私も、教会から離れても大丈夫なんだって事・・・
迷っている人には伝えられたらな・・・と思います。
(October 14, 2007 11:29:16 AM)

コメントありがと  
まるまる さん
元シックが元気に暮らしている様子を知るとうれしくなります。ともに頑張りましょうね。

ちょっと,テーマが違うけど、、、私はやめてから
夫に本心でぶつかることにしました。それまで、犠牲の心で自分の心を偽っていたけど、本当の夫婦になっていなかったのです。ぶつかり合うのは辛いけど、やっと少し近づいてきました。 (October 14, 2007 07:39:13 PM)

統一教会は格差社会  
イエス・キリストは、あなた方の兄弟としてやって来たと聖書では言っているのに、その後継者?である真の父母は、三拝敬礼で自分を拝ませています。
イエス・キリストならば、そのような事は決して望まないはずです。 (October 14, 2007 11:55:12 PM)

Re[1]:祝福家庭と既成祝福家庭(10/13)  
そらがすき  さん


>神の名において、それを正当化して相手を苦しめる
>その、傲慢で卑劣なやり方を私は憎みます。
>
わたしもそう思います。宗教というものが陥りやすい落とし穴です。信仰が深くなればなるほど、キリストの香りがする。仏さんの香りがするというのが究極的な 信仰者がいかなければならない道ではないかと思います。 

>傷つき歪められていくのではないでしょうか?
原理のここはいいけどあそこが悪いとか、原理を理解できていない一部の人のせいで原理が悪く見られているとか、メシアは勝利したけどシックは責任分担を果たせなかったとかいろいろの意見がありますが、私は全部否定したいと思います。創造原理から再臨論まで真っ赤なでまかせを信じると性格がで歪められるので子供たちに変にあなたは神の子なのよとか、原罪がないとか、イエスよりも霊的には高いのよとか、純粋な神の血統を受け継いでいるのよとか言わないほうがいいと思います。こんな価値観で大きくなるとうつ病になるそうです。
(October 15, 2007 01:15:00 AM)

Re[2]:祝福家庭と既成祝福家庭(10/13)  
そらがすきさん
わたしの知り合いでやはり、「お子様」の保育を担当していた方を霊の親にもつ姉妹がいます。彼女から聞いた話が衝撃的でした。
それは、既成祝福のお子様と「本家庭」ですか、そのお子様とで差別をするというのです。
「やはりお子様は清いわね」と、ただおとなしいだけでもそう表現する。既成家庭のこどもには、何かあれば「やっぱりね、サタンの子だからね」と言う。
同じ家庭で生まれても原理を知る前に生まれた上の子はサタンの子呼ばわり、下の子は神の子という。
そういう実態があると聞きました。
そういう世界から差別がなくなる日は永遠に来ないでしょう。言われたこどもの気持ちはどうなってしまうでしょうか。おそるべき人権侵害の思想です。
実はわたしもシック時代に、わずかの期間ですが、12双のお子様のお世話で一緒にサマースクールにゆかせてもらったことがありました。その時は、このわたしもそのこどもたちを特別な思いをもって観ていたことは事実です。わたしも同罪なのです。 (November 4, 2007 11:55:59 PM)

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