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April 25, 2008
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カテゴリ: 信仰について
最近、韓国の本部協会での礼拝は7番目の息子であるヒョンジンさんがまかされている。

就任式には世の人たちにも認められるような統一教会を作っていきたいと、古参シックたちの感動を呼び起こし一部には2世の時代が来たと手放しで喜んでいる人もいる。

先日、日曜日にヒョンジンさんが立つ礼拝に行ってきた。
前列には、お兄さんたち、その婦人たち。ユニバーサルバレイのフンスクさんも見える。
礼拝堂はここ狭しと人であふれている。いなかのがらがらの礼拝堂とはえらい違いだ。
雰囲気もお互いに会釈しながらいい感じだ。
礼拝も始まる前からヒョウジンさんは壇上に上がる前に主要古参シックたちに挨拶を握手を求めて歩き出した。チャンロニムは王子様に挨拶するようなうやうやしさだ。

夫婦一緒に壇上に上がり、2人の仲よさそうな姿。ずっと手をつなぎ、奥さんの肩に手を置いて彼はたどたどしい韓国語だが、奥さんが時々手伝いながらその場を盛り上げていく。


手を大きくかざしながら、わたしの前の人も横の人もなれたように目をつぶっていわれたとおりにやっている。私はこれが礼拝?ととまどってしまった。以前チョンピョンに行った時に感じたような違和感が私を包んだ。

説教の前の歌は賛美歌だ。それもだんだんテンポが早くなって、明るく盛り上がっていく。歌っているのはたぶん日本人婦人たちだ。軽快なテンポにリズムに乗って体も動かしたくなった。

説教のときも一緒に前に立ってお互いの目を合わせながら仲がいいことを見せるのは何か意味があるんでしょうか。と思うほど今までの礼拝とは違う姿でした。

早々肝心の説教です。
聖書をつかうのでもなく原理口論を使うのでもなく。
全然関係のない自分の今までの宗教体験から知識から導き出された考えをこの壇上で話していました。自分を低くしてとか喜びを持つためにとか。

司会者が、ヒョンジンさんを紹介する時にお父様の実体であられるとか何とかいいながら恭しくいうのにはまいった。お父様は生きているのに何で実体???????

聖書には神は霊であるから、礼拝するものも霊とまことを持って礼拝するべきだとあります。

これではどこかの学校の宗教の講義のようです。
文の息子ということで、彼がやることはすべてo,kということなのでしょうか。
第一メシアの息子には同じ権能があるなんて誰の考えなんでしょうか。


神の霊がともにないその礼拝がどれほど恐ろしいものかここに来た人たちは誰もわかっていないようでした。聖いふりしても清くないものを清いとはいえません。原理に、はまっている人たちは、神の霊もサタンの霊も知らないのだと思いました。
極めつけは、さいごにアンケートが回ってきたことです。
礼拝でよかったのは何ですかとかこうしたらいいという意見はありませんかとか、今後の礼拝に参考にしますということです。
礼拝は神にささげるものです。
ここでは礼拝がささげられているのではなく、講義が行われていると思いました。


現役さんにこの話をすると、私が心を閉ざしているからいいものもおかしく見えるのだと罵倒されてしまいました。明るくていい礼拝だったそうです。見方はそれぞれですね。





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最終更新日  April 25, 2008 12:13:33 PM
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