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2025.12.02
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カテゴリ: ミステリー



 夜の図書館には、人の気配がなかった。閉館後の自習室に残っていたのは、大学二回生の僕と、机の上に置かれた一冊の古い本だけだ。表紙にはタイトルもなく、背表紙には擦れた金色の文字がかすかに残っている。
 “貸出不可”と札が貼られていたはずなのに、なぜか返却ボックスに入っていたらしい。職員の人が不思議そうに僕へ差し出した。
「預かってくれる? 珍しい本だから施錠棚に戻すまで頼むわ」
 断る理由もなく受け取ったが、手にした瞬間、冷えた金属を触ったような感覚が走った。
 ページをめくると、そこにはびっしりと細い文字が並んでいた。ただし、奇妙なことに文章は物語ではなく、延々と“記録”が書かれている。
 「〇月〇日 閲覧者:A氏
  同日21時以降、行方不明」
 「〇月△日 閲覧者:B氏
  翌日未明、図書館にて倒れているところを発見」
 事故か事件か曖昧なまま並ぶメモの羅列だった。ページをめくるほど胸がざわつく。まるでこの本自体が、誰かに“見られた記録”を残し続けているようだった。
 最後のページを開いた瞬間、僕は息を飲んだ。そこに書かれていたのは見慣れた名前だった。
 「〇月27日 閲覧者:杉谷啓太
  詳細不明——」
 今日の日付だ。
 悪ふざけにしては悪質すぎる。けれど、誰が? 僕はその日、誰にもこの本を開いたところを見られていない。
 そのとき、背後で「パタン」と扉が閉まる音がした。図書館は職員もすでに帰っているはずだ。
 振り返っても、誰もいない。
 ただ、室内の空気だけが急に冷えたように感じた。
 僕は本を閉じ、急いで施錠棚に戻そうとした。しかし手を離す瞬間、またページが勝手に開いた。ちょうど“翌日”の日付まで空白が続き、その下の行に、ゆっくりと黒いインクが滲むように文字が浮かび上がっていった。
 「——0時05分 図書館内にて消失」
 現在時刻は0時。あと五分。
 逃げ出そうとドアに手をかけた瞬間、ドアノブが冷たく固まり動かなくなった。携帯も圏外になっている。
 まるで図書館ごと“閉じ込められた”ようだった。
 残り二分。
 僕は最後の望みにかけて、本を閉じ、背表紙に爪を立てながら強く念じた。
 ——僕はまだここにいたくない。
 ——記録されてたまるか。
 時計の針が0時5分を指した瞬間、図書館の照明が一斉に消えた。
 暗闇の中、しばらくして非常灯がついたとき、僕は気づいた。
 さっきまで腕に抱えていたはずの本が消えている。
 ただし、施錠棚の中の一冊だけが、何かを告げるように表紙をわずかに開いていた。
 そこには新しい行が書き加えられていた。
 「閲覧者:杉谷啓太
  消失——回避」
 僕は震える手で棚を閉じ、図書館を後にした。
 二度と、あの本に触れないと心に誓いながら。





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最終更新日  2025.12.02 01:10:04
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