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小説「クチナシの庭」 (7ページ目)20~21


 気まずい想いでうつむいていると、察した圭介が慌てて否定した。

「周りのせいじゃなくて。部のみんなが騒ぎすぎて手がつけられなくてな。で、顧問の一喝で強制終了」

 陸上部の面々は、体育祭の後も、身のうちに熱がくすぶっていたらしく、周囲の部から苦情が出るほどバカ騒ぎをしていたのだという。
 高久見(たかくみ)の陸上部らしい。
 我が校の陸上部は、お祭り騒ぎを好んでいた。

「そう」
 ひとまず、ほっとした。

 圭介に何か用があるのかと聞くと、彼は口ごもった。

 家が近くと言っても、幼い頃と違い、年に数回、互いの家をゆききする程度だ。
 中学を過ぎた頃から、互いの部屋に入ったこともない。
 今も圭介は、ドアをきっちりしめず、わざと十センチほど開けている。

 変な不安を与えないように、私と、家族への気遣いだ。

 そんな圭介が、わざわざ部屋まで訪れるのだから、それなりの事情があるのだろう。
 普段、能天気を装う圭介からはうかがい知れないけれど。
 圭介はしばらく黙り込んだ後、言いにくそうにつぶやいた。

「ハシと……なんかあった?」

 思いもしなかった名前が、圭介の口から飛び出して、私はびくりと体がすくんだ。

「……なんで?」

 過剰な反応をして、しらじらしい返事だと思いながら、私は苦笑を浮かべて「何のことかわからない」フリをする。
 圭介が、身の震えに気づかなかったことを願いながら。

 圭介は、わずかに眉を落とした表情をのぞかせ、じっと私を見ている。
 私は苦笑を顔に貼り付けたまま、圭介の眼差しを受け止めていた。

 目を逸らしたら、認めることになってしまう。

 圭介はしばらく私を見つめた後、盛大なため息を吐きながら、うつむき、肩の力を落とした。

「……いっつもソレに誤魔化されてたんだよな……」
 ぼそりとそうつぶやいた後、圭介は「あのな」と勢いよく顔を上げた。
 少し、怒っていた。

「聞こえたの。あのあとのリツとハシのやりとり。険悪な雰囲気、漂いまくってたやつ」

 あのとき、一度教室を出た圭介は、橋川に明日の日程について聞きたいことがあって、舞い戻ったのだという。
 そこで、橋川と私の……正確には険を含んだ橋川の言葉が聞こえたのだそうだ。

 橋川は普段から、感情を表に出さない性格だった。それが正の感情でも負の感情でも、ほんのわずか顔に出すだけで、周囲が感情を読み取るのに苦労していた。

 そんな橋川が、私を非難している。それも、侮蔑さえ感じさせる口調でだ。
 近しい友人だというのに、そんな橋川の一面に初めて遭遇した圭介は、呆然とした。

 教室に入るに入れず、廊下に立ち尽くしていた。
 やがて、教室から出てきた橋川と遭遇したものの、橋川は圭介がそこにいた事実にわずかに目を見張るだけで、一瞥をくれたのち、何も言わずにその場から離れていった。

 圭介はしばらくその場に立ち尽くしていたけれど、私の足音に気づいて、逃げるようにその場から離れたのだという。

 見なかった、聞かなかったことにしようかとも考えたが、どうしても胸がもやもやして、こうして私のもとへ訪れたのだ。

(ほっといていよ)
 苦く胸のうちでつぶやきながら「そんな、たいしたことじゃないよ」と苦笑を顔に貼り付ける。

「実を言うと……前から、時々気になってた。
ハシのリツへの態度も、リツのハシへの態度も。
ハシはリツのこと、興味さえ示そうとしないし、リツはハシが側に来ると変に緊張してるし。
二人とも何も言わないから、何もないようなフリするから、気のせいだと思い込もうとしてたけど」

 橋川が私に嫌悪を含んだ態度を知って、疑いを確信に変えたのだ。

 圭介は……聞く相手を間違っている。
 私でなく、橋川に聞くべきだ。

「私、橋川に嫌われてるから」

 歪みそうになる顔に、どうにか苦笑を貼り付けて告げると、圭介は眉間に皺を寄せた。

「ハシが? リツを? ……なんで」
「とにかく、嫌いみたい」
「なにか、あった?」

 私はうつむいて、今まで何度も考えたことを再度、振り返った。
 どうしても、心あたりらしきものにさえ、たどり着けない。

「わらない」と首を横に振ると、圭介はあぜんとして、言葉を失った。

「だけど……関わろうとしなければ、何もないから」

 だからもう、ほおって置いてくれと、暗に含ませた言葉を告げる。
 橋川が敵意の言葉を向けたのだって初めてのことだし、そんなことが度々あるとは思えない。

「けど」と納得できない圭介は、さらに言い募った。
「わけもなく、んな態度とられていいの?」

 いいわけないじゃない。
 どうしてわかってくれないのかと、きりきりと胸が痛んだ。
 この話題を早く打ち切りたいのに。

 橋川は、クラスのみんなが気づくような態度をとっていない。
 圭介のように、近しい友人さえ、気づかせていない。

 私が何をしたのか、何を疎んじているのかと橋川につきつめてコトを荒げるより、このまま素知らぬフリをして、関わりを持たないようにしたほうが、ラクなのだ。
 争いごとは、嫌いだから。

「明日、文化祭、一緒にまわろっか」

 話題を変えようと提案すると、圭介はあからさまに顔をしかめた。

「ごまかすなよ」
「ごまかしてないよ。橋川に……言われたことだし」
「ハシが?」
「瀬口先輩を挑発したのも、アンカーを務めたのも、圭介のせいじゃないって」

 橋川の非難だって、圭介を思ってのことだ。
 それは圭介の手助けをするよう、促しているようにも聞こえた。

「一緒にいるところを見れば、ある程度の防波堤になるだろうし。交際うんぬんを聞かれたら、違うって否定すればいいし」

 疑いを持たせるような行動をとりながら、確信をつかせない。
 圭介が時々つかう手だ。

「それとも、誰かと予定あった?」
「ない、けど……」

 口ごもりながら、圭介はホントにいいのかと、目で訴えていた。

「明日、あさって限定」

 圭介のためだといいながら、本当は私のためにとの意識が強かった。
 あんな非難を受けてもまだ、圭介に協力しないとわかると、また橋川の反感を高めそうだ。

 そのことは圭介に正直に話した。
 圭介は了承しながら「まいった」とばかりに頭をかいた。

「リツはさ、絶対そんな話にのらないってわかってたから……冗談紛いで言ったんだけど……」
 それが橋川という、思わぬ場所に飛び火するとは考えていなかった。

 圭介は、今回の件は自分のせいだと告げて「ごめん」と頭を下げた。

 気にしないでと苦笑しながら、橋川のことを考えると……やっぱり、胸が痛かった。



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