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2006年07月31日
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カテゴリ: 患者さんとの交流
この間の土曜日は今年1月に他界した茨城の知子さんの自宅へ、ちょっと早い新盆のお参りに行って来ました。知子さんの姉夫婦と主人と私で。


私はこの病気と関わって色々な厳しい現実を知りました。
単に病気の事ばかりではなく「医療格差」も痛感しています。
自宅近くの病院が、必ずしも最良の医療を施してくれる訳では無い事、医師によって姿勢が違う事等。
だから、知子さんがこの病気だと知りそれも4期だとわかった時に、私が知りうる最善策として転院を促しました。
それは自宅から遠く離れた病院への転院でした。
実家である実姉宅と近くなるという利点はあったけれど。

治療入院を終えて、数日間は姉宅で過ごし、そして家に帰る・・・この繰り返しが始まった。

姉は昼間はパートで働いていて、いつも知子さんは「もう一人のお母さん」と慕っているこの80歳の叔母さんと穏やかな日中を過ごしていた。
自宅へ帰れば、お姑さんがいる一家の主婦だから、こうはいかなかっただろう。
体も心も楽ではあったはずだ。

けれど、一番可愛がっていた中3の三男坊と会える時間は減ってしまった。
上のお兄ちゃん達は年が離れていて20代半ばである。
ご主人も含めて全てを知っていたので、この遠距離治療を理解した上で選択した。
けれど、この三男坊は何も知らされていないまま、母親との時間を減らされた事になる。
そして、当の本人も真実を知らなかった。
だから、この二人は真実も知らずに、一時の辛い寂しい時間だと思って我慢していた事になる。

こんな治療の繰り返しをしているうちに、段段家にいられる時間が短くなっていった。
つまり、三男坊といられる時間も減っていってしまった。

転院しなければ、間違いなく三男坊との時間はもっと取れただろう。
医療の現実を見ると、延命という意味では厳しくなっていた可能性は否定できないけれど。

私にはこの三男坊から大切な時間を奪ってしまったという罪悪感がある。
病気も、医療も何も知らない彼には一生恨まれても仕方ないと思っていた。
けれど、その三男坊は私を満面の笑みで迎え入れてくれた。

友達が遊びに来ていたけれど、ちょくちょく私達の所へ降りてきた。
久しぶりに会ったご主人と長男夫婦と、沢山の人が入り混じって夜遅くまで談笑が続いて、知子さんの自宅を出たのは23時だった^^;
帰る時には、この三男坊は外まで見送りに出てきた。
「私の事、恨んでないの?」って心の中で思った。
結果を出せなかったのに・・・・












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最終更新日  2006年07月31日 12時31分45秒
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