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2006年09月14日
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カテゴリ: 父の話
父の最初の入院は40日間。


胃全摘、ルーワイ法で代替胃を作る予定でした。
もうこの時、胃は既に狭窄していて食事は摂れるものの、少しずつしか摂れない状態。
牛の胃袋じゃないけれど、小さな胃が二つ繋がっている感じでした。
腹膜播種が手術時に確認され、腹腔内にマイトマイシンという抗癌剤を直接撒いただけで閉じました。

今も当時の胃カメラ写真がありますが、幽門部に大きなこぶのような突起がありますが、そのこぶすら綺麗なピンク色です。
スキルスは胃壁に潜り込む特徴がありますが、胃内部の写真を見る限り癌は見当たりません。
潰瘍もありません。


今でも悩むところです。
と、私が悩んだところで当時の主治医は既に切除する気はなく、ただ「このまま閉じます」と言っていましたが。
そもそも、胃癌という診断は受けてはいましたが、スキルスという説明があったのは手術前夜。
説明のため呼び出された時間は19時だったのに、実際は21時を過ぎていた。
なぁんにもわからないまま朝を迎え、宜しくお願いします・・・っていうしかなかったのだけれど。
昨日書いた「手術前日にドタキャン」すら、する間が無かった。

こんな状況下で入院している事を何も知らされていなかった父は、術後の痛みから開放された入院中は気が合う同室の患者さん達と結構楽しげに過ごしていました。
母はこの時、すぐに涙目になってしまって父の顔をろくに見れませんでした。
私は父に悟られないようにと、必死に笑顔で隠しているのに母は駄目で・・・
母の様子でバレるのではないかと、ひやひやしていたものです。

40日もいると、何時の間にか父は最古参になっていました。

お一人だけ昼間からずっとカーテンを引いている患者さんもやって来ました。
それでもいつも誰か一人や二人は気の合う患者さんがいてくれました。

入院当初、出来るだけ長く入院していたい・・・なんて事も言っていました。
定年退職して10年近くが経過していて、自宅にいてもこれと言ってやる事もなく、やりたい事もなく一人で過ごす事が多かった父は、寂しかったのだと思います。
入院というちょっとした共同生活が気に入ったようでした。


父がこんな精神状態になると自分の事しか見えず、考えられなくなり家族を困らせる事も多々ありました。何も知らせていないのですから、父の中でも矛盾が生じ始めていました。

私達夫婦はこの頃、水面下で主治医と壮絶なバトル、セカンドオピニオンに向けての調整、病気の勉強等、父に気付かれないようにこっそりやっておりました。

母には調べた事を、別の医師の意見、全て伝えました。
母を何度も泣かせる事になりましたが、私とてそれは同じ。
一緒に戦っていかねばなりません。
一番父の側にいなくてはならない存在ですから、母を泣かし傷付ける事になりましたが事実を告げました。
全てを受け止めた上で、前を向かねばならないと思ったのです。








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最終更新日  2006年09月14日 15時53分44秒
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