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感動したっス!
マジ泣けたっス!!
ジャンピーガール吉田麻衣子のマネージャー
さすらいのカリスマ舟券師(自称) 島あたるデス!
植木通彦氏がサンテレビの中継のスタジオに来られました。
スタジオ入りの際も
『植木さん+取巻きのスーツの人が5~6人位と一緒に本番前ギリギリに入って来る』
という僕の勝手なイメージでいてましたが本番1時前の午後2時に
ディレクターと植木さんが2人で談笑しながら 「おはようごございま~す」
みたいな感じで入って来られて、
スタジオ入口付近で赤ペン片手に予想紙を黙々と読んでた僕は
吉本新喜劇ばりに、椅子からズッコケそうになりました。
「う、うえきやぁ~」
まだ現役でやっておられる時にピットで何度かお見かけした事が有るんですが
その時は、覇気というか勝負師の黄金のオーラが満々でしたが
それとは打って変わっての気さくな印象でした。
すかさず僕も椅子を用意させてもらって、自己紹介させて頂きました。
勿論、ずっと”直立不動”
ここからは、植木通彦&島あたるの生会話LIVEです♪
(島)「僕スタジオにずっと居てますので何か不明なことが有りましたら声掛けて下さい」
(植)「有難う!助かるわ!まぁ座りぃな」
(島)「はい、有難う御座います」
植木さんがスーツに着替えられる。
(島)「選手時代とは違ってやはりスーツが多いんですか?」
(植)「スーツばっかりやね、現役ん時はジャージしか着んかったからね」
(島)「スーツの数も増えられたんではないですか?」
(植)「嫁が買ってくれてるわ。カッターシャツもこんなに要るとは思わんかったわ」
(島)「じゃあ、このシャツとネクタイのコーディネイトも奥様ですか?」
(植)「そう。全部任せとる」
(島)「メイク室今空いてますが、されますか?」
(植)「別にええんやけどなぁ しといた方がええかなぁ。次何レース?」
(島)「9レースです 丸岡が1号艇なんで、堅いでしょうね。住之江はインが強いですから」
(植)「そやね。俺はインが弱かったけど」
(島)「いやいやいや そんなこと… でも最後の賞金王取られた時は一回もイン入らずに優勝しましたよね。優勝戦も3号艇でしたし」
(植)「そやったっけ」
本業の吉田麻衣子のメイク、打ち合わせ等のマネージメント完全にそっちのけで
「今日は植木さんの為に完全に死ねる」
とまで思っていました。
この短時間の間に、人間の器なのか包容力なのか
功績を成し遂げた人間にしかない匂いを持ってられました。
あとで考えたら僕が吉本興業時代に従事させて頂いた島田紳助さんと居る時と同じ様な感覚でした。
調子の乗ってサインまでもらっちゃいました!
サインには毎回書いてられる≪努力≫の2文字が!
「植木さんありがとうございました」
その後、植木さんは打ち合わせに参加したり、
スタッフの女の子に出走表の見方などを説明したり
(何て豪華なレクチャーだ事!)
スタジオ内の緊張をほぐされてるかの様に精力的に声を掛けてられました。
そして本番中も自分の体験談などをたくさん喋って頂きました。
あっという間の2時間生放送でした。
本番終了後、ご自分のホームページ用に写真撮らせて下さいと
植木さん本人から直々に申し出がありまして数枚パシャ!
今までは「植木さん写真一緒にお願いします」と言われ続けて来た方がですよ。
それを自分からカメラ渡して「撮って下さい」というのも、
なかなかプライドが邪魔して言えるセリフではないと思いますよ。
それもこの競艇という競技を広める為の一環でやってられるんだと思います。
以前植木さんの手記で「競艇」自体を知らない人がたくさん居ててショックだったという文章が有りました。
そう言った意味で植木さんは現役時代とは、また違った≪努力≫を我々の見えない所でたくさんされてると思います。
(実際パソコンも引退してから買って、今も指1本でご自身のHPに書込みされてるそうです)
今思えば…
現役時代の大事故
その怪我からの奇跡の復活
中道さんとの賞金王決定戦の死闘
SG競走V10
最後のSG・平和島総理杯優勝戦のフライング
そして突然の引退…
植木通彦と言う男には次から次へと驚かされました。
そして、評論家として、競艇のスーパー広報マンとして
植木通彦と言う男はこれからも我々ファンを驚かせてくれる事でしょう。
≪努力≫という2文字を胸に抱いて。
早速僕も事務所に植木さんのサインを”デ~ン”と飾って
くじけそうな時、勇気をもらいたいと思います。
またご一緒にお仕事出来る日を楽しみにしております。
植木さん、このブログ読んでおられましたら
近畿の競艇場に来られる際は是非御一報下さい!
成樹におまかせあれ。 2014年03月28日
ご質問の答え 2012年11月01日