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また、不調の時期がやってきた。
一度ハマると何もできなくなる。金曜日からの不調なので、金曜日から何もできていない。
お風呂に入れていないから頭が痒い。金曜日の朝にした化粧も、まだ落としていない。歯だけは辛うじて、昨日1回磨いた。
何もできない。ただひたすら食べて、寝る。お腹が落ち着いてくると、また食べだす。たまに起きて、ボーっとしたり、こうやってPCをいじってみたり。
食べ通しでお腹が張って苦しい。それでも食べる。
こうなって、ここからまた立ち直らなきゃいけないと思うと、気が遠くなる。
また頑張らなければいけないことに疲れて、もう生きていたくなくなる。
できないけどね。
親が生きているうちは、生きる責任がある。何がどうなっても、親より先に子供が自ら死ぬことは、あってはいけない。だから私は生きてる。少なくとも、親が生きている間は。
こういうとき、「ほだし」という言葉が頭に浮かぶ。
絆し(ほだし)とは、手かせ足かせの意味だけれども、古文で「ほだし」と出てくると、それは妻子や年老いた親を暗に指してる。
厭世感を抱いた男が出家することを望むが、「うしろめたき ほだし」のために苦悩している、といったような。高校生のとき、こういった文を読み非常に共感できたことを覚えている。
高校生の頃から既に生き辛さを感じていた私は、生きることに対する執着が無かった。
死ねるなら、いつ死んでもいいと思っていた。でも偶然にも、高校の同級生の口からも同じことを聞き、驚いたことを覚えている。その子は、私から見たらまさにパーフェクトな子だった。
真面目なコツコツ型で、勉強は文・理関係無く全て出来て、社会問題や文学にも通じていて、気さくで明るくて、しかもスポーツも出来て、穏やかで優しくて、人望もあって・・・
高校卒業後は筑波大しか考えておらず、一般入試で一発合格、大学在学中はロシアに留学し(そのときに私が一度遊びに行かせてもらった)ロシア語ペラペラになって帰ってきて、そのまま大学院にも行き修士課程を卒業した。
そのまま外務省にでも行くと思いきや、彼女は高校のときから「私は秋田で就職する」と言っており、本当に秋田に帰ってきて、しかも秋田でも中心部ではな田舎のく小さな町で働いている。
本当に凄い人だと尊敬してる。こういう人が地方に戻ってきてくれれば、きっと地元の発展にも繋がるだろうなと。
ちょっと話が逸れたけど、私から見たら見事にパーフェクトなこの子でさえ、生きることに執着がないのは何故なんだろうと、特にその理由は聞いてはいないからわからないけど・・・。
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