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窓から街の夜景が見えてきました。最終目的地レシフェです。従姉妹が迎えに来てくれることになっています。お互い写真では見ているが会うのは生まれて初めてどんな人達なのかどんな対面になるのか。旅のハンドブックによるとブラジルではハグとホッペにチュッが挨拶とある。ちょっと照れくさいがもう流れにまかせるしかありません。一日半かけて着きました。ブラジルのレシフェです。子供の頃から母に聞いていたレシフェ、夢ではないでしょうね。本当は母とブラジルの叔母が会えればよいのですがお互い高齢で無理です。今回は母のかわりにやってきたようなものです。いよいよです。長時間リラックスムードでいたので急に緊張してきました。空港で荷物を受け取り後ろを向くと出口で手を振っているグループがいます。○○さんだ。見てすぐにわかりました。此方からも手を振りました。従姉妹の娘夫婦も来ています。彼らとは二年ぶりです。実は彼らが二年前に仕事で急に来日した際、私達と会い更に母にも入所しているグループホームまで来て会ってくれたのでした。お土産と手作りの素敵なアルバムを頂きました。その時からもし此方から行くようなことになれば私たちもアルバムを作らなくてはねなんて冗談半分に言っていました。それが本当になって、しっかり作ってきましたよ。みなさんありがとう。大人から子供まで十数名にあたたかく迎えられました。それぞれ全員にハグとキス。もう言葉はありません感激の対面です。まるで映画の一場面のようでした。私たちお互い存在は知っていても会うのは初めて。でも同じ血が流れている者同士それだけで心が通じているような安心感がありました。それから車数台に分かれて私達のホームステイ先叔母さんのマンションに向かいました。
2013.11.21
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成田からあっという間にソウル着。次はロサンジェルスまでだ。日頃のストレスから解放されこの非日常の時を楽しもう。持参した本、数独、それに座席に付いている映画、音楽、ゲームをやり眠くなったら眠り時間がくると食事。ずっとこの繰り返しでロス着。ここまではそんなに異国という感じはしません。いよいよサンパウロに向けて離陸。三度めの恐怖ですがこう続くと恐怖の度合いが少なくなってきました。ここも結構長いフライトでまた本、音楽、映画、食事。やはり食事時が一番うれしいしもの、どれも美味しくいただきました。なんだか食べてばかりいるようです。機体はいよいよ南米大陸。窓から密林が見えた時は感激でした。そしてサンパウロに着きました。ここまで来るとさすがに異国。空気の匂いが日本と違う感じでした。ここは南半球これから冬なので涼しく、半袖にカーディガンで丁度良かったです。ざっと見ると厚手のコートを着込んだ人や、半袖、半袖でガタガタ震えている人など様々でした。人それぞれ感じ方は色々ということですね。ここで大韓航空ともお別れいよいよブラジルの国内線に乗ります。まず円からレアルに両替しなくてはなりません。時間はたっぷりすぎるくらいあります。何か所かある両替所の一つに決めてまず娘が済ませそのとうりに真似をして・・はいできました。ブラジルで初めてブラジル人との会話(会話と言うほどのことではないが)ちょっと緊張でした。なんせポルトガル語全然話せません。来る前にあわてて旅行に必要な会話の本をみてきただけ、ボンジーアとオブリガードくらいしかわかりません。それでも何とかなるでしょうと軽く考えています。こうやって乗り継いで行かれるのも娘のおかげ、私と妹だけだったらきっと右往左往していたでしょう。待ち時間の間色々見て歩きました。ところでブラジルのトイレではトイレットペーパーは流せません。専用のごみ箱があり、そこに捨てます。頭で解っていても用をたす前に自分に言い聞かせないと手が勝手にいつもの動作をしてしまいます。それにしても様々人種の人がいます。暫く姿が見えなかった次女がにこにこしながら戻ってきました。何をしていたかというと小さな文化交流。持っていた紙で小さな鶴を折っていたらそばにいたおじさんが「器用だね」と言ってきたのでその鶴をあげてきたということだ。勿論言葉は解らないがその場の雰囲気で理解したということです。言葉ってそういうものだね。よかったね。さあいよいよ次は国内線タム航空で目的地レシフェです。ここまでくるとさすがに東洋系の人は誰もいません。ここでも肌の色は様々、中でも一番目立っていた超派手なお姉さんちょっと怖そうで今でも忘れられません。なんとこの強烈な印象を与えたお姉さん次女の隣の席でした。しかし見た目全く正反対のように見えるこの二人がまったく言葉が通じないのにお互い会話している。後で聞いたらレシフェの友達のところに行くのだが、飛行機に乗るのが初めてで怖い。友達は車で迎えに来てくれるなど・・・機体がガタガタ揺れるたびに十字を切ってひーひーしているのを娘が大丈夫、大丈夫となだめていた。笑いも交えて楽しそうに身振り手振りで会話していた。こちらが引いてしまいそうな怖そうなお姉さんだったが見た目で判断はできないものだ。此方から話しかけた娘の勇気に拍手。いよいよレシフェに近づいてきました。緊張します。初めての対面。どうなるのでしょう。
2013.11.13
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前日までばたばたしてあっという間に出発当日です。主人に駅まで送ってもらったが道が混んでいて電車に間に合いそうもありません。歩いた方が確実と途中下車し炎天下のなか荷物をゴロゴロころがして速足でなんとか間に合いました。もう大汗をかきました。その後成田で娘達と合流して早速手続と両替を済ませあとはをしてのんびりしようということにしました。ところがここで思わぬハプニング。搭乗手続きで・・・これではアメリカに入国できません。はぁ??? アメリカは経由しないことになっていますが。いいえ アメリカ経由です。今すぐにインターネットでその手続きをしてください。旅行社の割安で行かれるお勧めが成田、ソウル、サンパウロを経由してレシフェ着ということだった。私たちもそのつもりでいた。これは旅行社の間違でした。成田、ソウル、ロサンジェルス、サンパウロ、レシフェなのです。今連絡しても問題解決するわけでもなくとにかく早く手続きをしなければなりません。それでこのアメリカのサイトは勿論英文で私達(シニア)お手上げです、娘が一緒で大助かり。全部やってもらいました。これに時間がかかりぎりぎり最後に搭乗できました。結局このハプニングで両替することができませんでした。それにしても私達シニア二人だけだったらどうなっただろうと思うとひやっとします。この件は帰国後旅行社に連絡しておきました。さあもう搭乗したからにはあとはのんびり・・・おおいに楽しもうでも私、実は飛行機恐怖症。いままで何度かある飛行機体験。すべてこの恐怖を何とか乗り越えてきました。怖いけれど行きたい。行くにはこの恐怖を乗り越えなくては。娘や妹はへーっちゃらどうしてそうなれるのだろう。私だけドキドキ特に離陸の際のエンジン音が最高になってガーッといくところではいつも心臓が張り裂けんばかりバクバクでもう最後かとなる。余裕がなくなりもう一心に祈るばかり・・・・そうして漸くして機体が安定すると少し余裕がでてきて話も出来るようになるのです。時々機体がガタガタ揺れると本当に落ちるのではと生きた心地がしなくなるのです。でも今回はこの長いフライト絶対楽しむつもりです。このメンバーで海外というのもなかなかないことなので。まずは機内食、楽しみましょう。
2013.11.10
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さあブラジル行が本格的に決まりやるべきこをどんどん進めていかなければなりません。シニア世代の私と妹それと私の二人の娘達この四人で準備が進められました。まずチケットの購入と同時にビザの取得経費を抑えるために自分達でとることにしました。その他お土産、アルバム作り(このアルバムは是非とも作っていかなければならない)どんどん進めなければあと一か月半しかありません。私以外全員仕事をしているので当然時間のある私がアルバム作りをるす事になりました。しかしこれが予想外に大変で結局に皆の手を借りることになりました。父母や親せきの古い写真の中から適当なものを選び出し縮小、拡大、コピーその他兄弟の家族写真、次女に撮ってもらった近所の風景写真等・・・もう大変です。更にレイアウト、長女に手伝ってもらいました。ファミリーツリーは妹が担当。こうして私たちの思いを込めたアルバムは出発の数日前に漸く完成。いやあ疲れました。お土産も選び始めたら時間ばかりかかってしまいなかなか決まらないのでまず予算とあげる人のリスト何がよいか予め決めて何回かに分けて買いにいきました。これも思うようににはいかず結局その場で目移りして予定どうりではありませんでした。でもなんとか予算内に納め軽くて場所もとらないものばかりにしました。ブラジルの家族に届けなければならない大切なアルバム。どうして作らなければならないかは二年前にあった出来事がきっかけで私達に与えられた宿題のようなものでした。なんだかんだで準備段階で随分エネルギーと時間がかかりました。漸くここをクリアしてやっと解放されるさあいよいよ出発です。二年前の出来事もそのうちに
2013.11.07
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