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今回は島根県安来市広瀬町にある月山富田城跡に行ってきました。
当館からは、国道9号線を松江方面へ行き、途中、安来市役所の所を45号線へ左折。途中、伯太川を渡り、そのままずっとまっすぐ飯梨川沿いに進み、途中、足立美術館を通り過ぎ、さらに行くと新宮橋という橋があるので、そこから飯梨川の対岸に渡ります。そこには道の駅があり、その脇から月山富田城跡に登城できる小道があります。
山中鹿助の銅像はそこから5~10分登った「太鼓壇」というところに建っていました。
山中鹿助は、戦国時代の山陰の雄・尼子氏の家臣でした。尼子氏はこの城を本拠に山陰地方に大きな勢力を持っていた戦国大名ですが、後、安芸(広島県)の毛利氏によってその勢力は削がれ、最終的には没落していきます。
そのような状況下で、鹿助は尼子家再興のために奔走しました。写真の銅像は手を合わせ建っています。これは没落していく尼子家再興のために、鹿助が三日月に「願わくは我に七難八苦を与えたまえ・・」と祈ったという逸話をもとにしたものだと思います。彼のその願いに対する強い決意や心の叫びのようなものが感じられます・・・。
鹿助は孤軍奮闘するも、その願い叶わず、天正6(1578)年、毛利家家臣河村新左衛門、福間彦右衛門によって討たれたそうです。この銅像は昭和53(1978)年に鹿助没後400年を記念して建立されました。
お近くにお越しの際は、彼の願いに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
(登城の際は、動きやすい格好でお越し下さい)
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