夜の六本木、以前、店の従業員に忘れもしない、シバちゃんという男がいた。
水商売、甘くない世界、テレビや雑誌を見て憧れを抱いて来るものの、その厳しさを目の
当たりにして多くの若者達が入っては辞め、入っては辞め、目まぐるしく人が入れ替わっ
ていった。早い子はものの10分で消えていく。
共に働いたとは言え、名前も顔も思い出せない子の方が多い。
長く続けている人達の殆どはホント仕事が出来るか、ほんとどっか抜けてるかのどちら
かが多かった。どちらにしても中途半端じゃ男の水商売は続かない。
そんな中、もう若くもないそのシバちゃん。彼の個性は良くも悪くも群を抜いていた。
お客さんによっては「シバちゃんだけは絶対、席につけないでね!」って人と「シバちゃん
元気ぃ~? ~!呑もう呑もう!」なんて言ってくれる人と、とにかくフルスイングでの空振
りか(たいがいこっち)間違って奇跡のホ~ムランかのどちらかしかない、ドカベンでいうと
ころの岩木の様な男だった。
彼は、真冬なのにジャケットの下に忍者みたいなインナー(素肌に黒メッシュ)を着て出勤
したり、あの素敵なバンド、BUCK-TICKの初期みたいに髪をおっ立ててきたり、(それが
全く別物、ムンクの叫びに針刺したみたいな...)、突然ポニーテールにしてきたかと思え
ば100均で買ったチェ~ンやら安全ピンやらを所構わずくっつけてきたりと、更にそのど
れをとっても少しズレがあり、「本気」であり、マジなのだ。完全それシバちゃんワ~ルドだ
ろ?としか言いようのない雰囲気にお客さんは、・・・・・ひく。
しかし、人間よく出来ているものだ。
そんな彼は、底抜けの明るさと忍耐力、理屈ぬきの打たれ強さを持ちあわせていた。
逆を言えば、ひたすら前向き、天然よろしく、彼は思いっきり「抜けてるほう」の部類に入っ
ていた。
そんな前歯のかけたシバちゃん、気が優しくて嘘のつけない、ほんっといい奴なんだけ
ど、まともにお客さんと会話が出来たためしがなかった。
客 「シバちゃん、すごいねそのカッコ。爬虫類だね。」
オレ (そ、それ顔でしょ・・・・?)
シバ 「でしょ~!今、じぶん武士道にハマってるんだよね~うんうん!」
客 「えっ?どこが?なんでいきなり武士?」
シバ 「うぅ~んとね~......、わかんないな~、んっ、塩かもしれない...。」
客 「......」
シバ 「じぶん、息つぎしないんすよ~。アハハハハハ~」
客 「????」
そんなシバちゃん、もと自衛隊である。
水商売も匍匐前進(ほふくぜんしん)ぎみであった...。
以前、彼に聞いた話しで、こんな話しがあったので、紹介したい。
自衛隊の訓練の時、彼は何もない砂丘に3日間、1人だけ取り残されてしまったらしい。
時間になっても誰も迎えに来ず、結局その後、彼は仲間の救出を信じて三日三晩そのテ
ントの中で一人過ごしたのだと言う。
オレ 「まじ!?ってか、なんでシバちゃんだけ取り残されちゃったの?」
シバ 「いやぁ~、じぶんのいる潜伏地の場所だけ、ちょうど地図が破けちゃってたみたい
なんすよ、ふんで誰も気付かなくて迎えに来てくれなかったみたいなんすよね~。」
なんと、シバちゃんがテントを張った所は地図上でいうと端の方、かなり、外れた所にテン
トを構えさせられたのだという。で、その指揮官みたいな偉い人の持つ地図のちょうどそ
のシバちゃんが隠れている部分だけが、たまたま破れていていて、シバちゃんの存在と共
に頭から消え去ってしまったのだと言う。
「たまたま」だとシバちゃんは強調して言う。
その時、砂漠の真ん中、シバちゃんのポカァ~ンとした情けない顔が脳裏にに浮かんだ。
やばい、シバちゃん、そういうの似合うよ、似合いすぎるよ・・・・。
しかも、たまたまって言うけど、それ、たまたまな気がしないよシバちゃん。
オレは笑いを堪えることが出来ず大爆笑してしまったのである。
命がけの訓練。笑ったら失礼だとは承知しながらも・・・・。
だってそれは、まさしくシバちゃんにピッタリなエピソードであり、そのあまりのハマリ具合
に僕の腹筋はヒクヒクが止まらなかったのだ。
「シバ、地図と共に去りぬ」だ。
シバちゃんという男は、そんな感じの男なのだ。(って、分かりづれぇ~)
「体力だけは自信ありますよ~!」そう、やたらと彼が口癖のように言うのも、きっとその
悪夢のような三日間を乗り越えたという彼の自信から来ているものなんだろう~な~なん
て思った。
しかしだ、そんなシバちゃん、言葉とは裏腹、基本的に、朝までもった試しがない。
早い時には2時、3時、その頃にはもう既に潰れていた。
まぁ、何にでも一生懸命な証拠なんだが...。
「テキ~ラいっちゃう~?」頑張り屋のシバちゃん。
それは認めよう。
しかし、自分からお客さんを煽っておいて誰よりも先にノックアウト...。
お客さん、おこる。エヌ&ジーだ。
オレは別卓から「テキ~ラ~」そんなシバちゃんの声が聞こえる度にヒヤヒヤしたもんだ。
人手が足りない夜なんて尚更だ。
それでもシバちゃんは容赦なく毎日潰れた。
適量で...。
どこで呑んだのか?
分かる先から店の隅にヘタばり、痩せこけたタコの様に潰れていた。
「また、シバ寝ちゃったよ・・・・。」
「だいひょう~!シバさん寝ゲロしてますう~!!」
「見つけましたぁ~!!今日は非常階段で寝てます!!」
これが従業員同士の日常会話だった(オ~マイガ~)。
営業が終わり、 酒につぶれたタコカマキリに皆が声をかける。
「シバちゃん!帰るぞ~!起きろよ~!」
起きない。これもいつもの事。
でも、ここは自衛隊ではない。地図を破いてしまうワケにはいかない。いつもシバちゃんの
居場所は安全に確保してあげなければならなかった。地図を破きたくなる時も多々あった
が...。オレの甘さか、シバちゃんの人柄か...。
とにかく声はかけた。顔に愛たっぷりの落書きをしてから(バカボンのパパ)
「掃除よろしくなぁ~」と・・・、だいたいこのパターンだった。
次の日出勤したオレ。
オレ 「んっ?店キレイじゃん。いっつもやり直しなのに。」
シバ 「はぁ~い、オッサン達が頑張ってくれました!」
オレ 「オッサン達...?」
まっまさか。
シバ 「はぁ~、何だかうるさくて目が覚めたんすよ~、したら、こ~んなちっさいオッサン
達が作業着きてえっさえっさってテーブル拭いたり、ゴミひろったりと掃除してくれて
たんすよ。」
オレ 「それ妖精だな」
シバ 「え~、自分ビックリして目ぇこすってジッと見てたんすけど、みんなすごい働き者
で、驚きましたぁ~...。こう~テキパキっていうかぁ~...。」
オレ 「で、シバちゃん掃除手伝ったの?」
シバ 「いや、アタマ痛くてぇ~...。」
オレ 「シバちゃんの仕事だよ、それ。」
シバ 「ですよね~(>_<)ハハハハハ...」
その後もシバちゃんは営業終了後、結構な頻度で小さなオッサン達に掃除をしてもらい、
当の本人は薄目を開けてそれをジッと見ていたのだそうだ。
まぁ、シバちゃんには妖精のオッサン達も同じ匂いを感じたんだろう。
異質な水商売の世界でも異質だったシバちゃん。
基本的な接客も最後まで出来なかったシバちゃん。
でも純真な彼は店や従業員達にとって欠かせない存在だった。
誰よりも年上の彼は売り上げやナンバーに追われ、ピリピリとした従業員達をいつも和ま
せ、時には愚痴を聞いてやり、時にはピエロだってやってのけていた。
お客さんの反応はどうあれ、バカであれ...、彼のまっすぐさをバカにした従業員は誰一人
としていなかった。
ある日、シバちゃんと二人で飲んでいる時、彼はこんな事を言った。
「だいひょう~、じぶん、やっと今度お客さん連れてけそうです。」
「おっ、すげぇ~じゃぁ~ん!どんなひと?」
「はい、ナタ~シャって言います!!」
「ナ、ナターシャ?......い、いいんじゃ、ない・・・。」
シバ~...、
お前、他じゃとっくにクビだぜ...。
あ~、シバちゃん
今、何やってんだろ?砂漠に捨てられてなきゃいいが・・・・。
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