周防 灘の凪を望んで

周防 灘の凪を望んで

May 18, 2009
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テーマ: いい言葉(573)
カテゴリ: 名言セラピー
明治時代を代表する文学者正岡子規が
http://www.shunkin.net/Auteurs/Photos/MasaokaShiki.jp

まだ世にでる前の学生時代の話です。


子規は2人の親友がいました。
幼なじみの清水則遠(のりとお)と秋山真之。

どこに行くにも一緒という仲でした。


しかし、清水が病で亡くなってしまいます。

栄養不足からくる脚気が悪化して起きた心臓麻痺でした。
親元から届くはずの仕送りが届かず、薬が買えなかったのでした。



一時錯乱状態に陥ったといいます。
この時、子規をしっかりと支えたのが
もうひとりの親友、秋山真之でした。


「のぼるさん(子規の名)、しっかりおしや」

そう落ち着かせ、励まし清水の葬儀を執り行います。このとき、
亡くなった清水の実家宛てに、子規が出した手紙が残されています。




なんと、長さ7メートルを超える手紙です。



傍に居ながら救えなかった無念さと、
詫びる気持ちを繰り返し綴っています。
子規はこの手紙のなかで、次の誓いを立てています。



「ご令弟の名をあげることを

 そのためにはまず第一に僕の名をあげることに
 つとめ命をかけようと思います」



志半ばにして亡くなった友人の死は、
子規と真之にひとつの決意をさせました。


必ず世の役にたつ男になって、


そう誓ったのです。


その後の子規は、誓いのとおり、
俳句・短歌の改革運動を見事に成しとげ歴史に名を残します。





◇



子規は死を迎えるまでの約7年間、
結核を患っていましたが享年34でこの世を去ります。


しかし、正岡子規葬儀の日。



残された親友、秋山真之はなかなかやってこなかったそうです。
そして、子規の棺が家を出る、そのとき!


ようやく秋山真之がやって来ました。

袴を履いて現われた真之は、
しかし、道端に立ち止まって一礼し足早に立ち去ったといいます。



「一刻も早く兵学家として大成するため、
 仕事に戻ることが、何よりも友の供養になる」
真之はそう考えたんだと思うんです。
友との約束をいまなお守るために。




子規の死から、16年後、真之は盲腸炎を患い亡くなります。
夜明け頃に詠んだという辞世の句は、
子規が命をかけて打ち込んだ俳句によるものでした。



「不生不滅 明けて鴉の 三羽かな」秋山真之









人は自分のためにはなかなかがんばりきれないもの。
でも友のためならどこまでも、どこまでも、
どこまでもがんばれる生き物のようです。
人間、とても不思議な生き物なり。








さて、あなたは誰のためにがんばりたいですか?




【名言セラピーより】





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Last updated  May 18, 2009 05:18:56 AM
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