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Feb 5, 2007
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テーマ: 愛しき人へ(901)
カテゴリ: カテゴリ未分類
2月2日(金曜) 午後4時00分

親父が他界した。 69歳だった。


こんな話をblogに公開することに躊躇していたが、
今、自分の感じていることをこの先も忘れないようしておくことは
決して悪い事では無いので、書き残しておこうと思う。

ウチの親父は30年前に体調を崩し、その時から腎臓が機能しなくなった。
「慢性腎不全」というやつだ。

腎臓というのは、体内に貯まった老廃物や毒素を尿として体外に排出する働きが
ある。

つまりおしっこが出なくなるということだ。

治療法は、腎臓を移植するか、人工透析しか無いが
ウチの親父は人工透析(血液透析)になった。

人工透析とは単純に言うと、機能しなくなった腎臓の代わりに血液を体から抜き取り、
その血を機械を使って濾過し、また体へ戻してやるということ。

人工透析の頻度は個人差があるのかもしれないが、親父の場合は、
週に3回。月水金と通院するペースで、1回の透析に4時間~5時間はかかる。

その間、血管にチューブを刺したままベッドに横になり、血液の循環濾過を
するのである。

これを続けないと生きて行けない。

透析の後、暫くは非常に辛いらしく、家に帰ってきても

有る程度時間が経つと徐々に回復するようで、そうなると
普通の生活が出来るようになる。

親父の場合、もうそれを30年間も続けてきた。
世の中には透析患者が沢山いるのだが、30年間も続ける、つまり
生き続ける人は少ないらしい。


探し、我々家族の為に文句一つ言わずに働いてくれていた。

そんな親父も、約8年程前に軽い脳梗塞を起こしたのをきっかけに
ガクンと調子が悪くなった。

その後何回か同じように脳梗塞になり、その度に身体のどこかが動かなくなり
リハビリして退院しては、また入院の繰り返しになった。

そして約半年前に風邪をこじらせたのか、肺炎になってしまい
それ以降はずっと入院していた。

始めのうちは、まだ話すことも食べることも出来たのだが、
徐々に食が細くなり、4ヶ月程前からは物を食べることが出来なくなった。
 食べないと生きれないので、胃に穴を空けそこからチューブで液体の
食物を流し込むようになった。

肺に貯まった水が抜けなくなり、連日高熱にうなされる日が続いた。
ここ最近はもう意識も殆ど無く、我々身内のことも分からなくなっていた
ようだった。

小康状態を保っていたのだが、2/2(金)の昼頃に、母親からメールが入った。
「昨日からお父さん、調子が悪いので心配です」と
その後すぐに「いつもと様子が違うから今から来て欲しい」

仕事を放り出して病院に向かった。
病院に着くと、もう親父は虫の息。
前日の透析の時もかなり危なかったらしい。

呼びかけても、手を握っても無反応だった。

これまでも調子が悪くなる事が何度もあったが、家族は
何もしてやることは出来ず、看護婦や介護士に任せて、ただ見守ることしか
出来ない。

もう長くないということは分かっていたが、病院にいてもしょうがないので
一端、嫁をウチに帰すために車で家に向かった。

家の近くまで戻ってきたところで、また母親からメール
「早く来て!!」と

急いで病院に引き返した。途中、姉を車で拾って急いで病院に向かった。
病院まであと少しの所で、また母親からメールが。

「お父さん4時に、亡くなった」と。

一瞬頭の中が真っ白になった。
この変な感情はこれまで体験したことの無いものだった。

でもここで慌てて事故をする訳にもいかず、出来るだけ平常心で運転した。

病室に入ると、親父はまだベッドに寝たまま我々子供の到着を待っていた。
もうやつれ果てて、骨と皮だけになってはいたけど、
安らかな死に顔だった。

最後の半年間は苦しい思いをしていたので、家族皆
「これでゆっくり休めるな」という思いで一杯だった。

不思議と別れに対する悲しみという感情は無かった。




こんなに辛い思いをし続けていたのに、いつも自分より
家族の事を心配してくれた親父。
最後に入院してからも、「お母さんを大事にしてくれよ」
と会うたびに口にしていた。

振り返ってみると、これまで俺は親父に大きな心配こそかけなかったが
何一つ、親孝行も出来なかった。

小さい頃は、父親が身体障害者ということを友人に知られるのが
いやで、そのことを必死で隠してた時もあった。
なんてバカだったんだろう・・・。

これほど辛い思いをして俺を育ててくれたのに、
なにも恩返しは出来なかった。

今更だけど、もっと親父を大事にしていれば良かったと
悔やまれる。

残された母親を大事にしていくことが親父への恩返しに
なるのかもしれない。



これまで本当にありがとな お父さん。
ゆっくり休んでくれよ。








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Last updated  Feb 6, 2007 01:56:42 AM
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