私がボタンインコになった理由がわからない

私がボタンインコになった理由がわからない

2015.03.25
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カテゴリ: ババ様と一緒

体調が悪いせいなのか? 疲れのせいなのか?

ここにきて初めて祖母のいない喪失感を感じていますの事よ!

とりあえず、遺影と遺骨を眺めて・・・なんか違う・・・。

祖母が入院していた頃も、祖母を思い出す時は私が小学低学年の頃の若かりし祖母だった。

今も変わらず、思い出すときは若かりし祖母。

だからだろうか?

出かける事を嫌がるようになり、ジッとしていることが増えた祖母を恋しがる事は余りなかった。

「祖母がどこを探してもいないんだ」と実感したのは、死から一週間を迎えた日だった。

20150203 (300x300).jpg


祖母がいなくなったぁ!!! と心理的な凹みが少ないのには理由がある。


入院中、祖母が祖母に思えなくなっていた時があったのだ。

過去に、

・祖母が親戚からの脅迫で妄想が暴走し、錯乱していた時

・親戚から嫌な事を強要され、それを母に押し付けるため他人の意見を代弁した時

・人の(悪い)言葉を正しいものと認識し、暴言を使った時

・恐怖から逃れるために責任転嫁しようとしたとき

様々な場面で、祖母が祖母らしからぬ発言をしたことはある。

しかし、祖母以外の誰か?と言う認識を受けた事は無かった。


が、死の1週間前から「誰だろう??」と言う事があった。


身体を起こしたいと、腹筋と腕の力を使い凄い目力でこちらをにらむ。

手を握った際の握り返し方に祖母を感じない。

視線の方向は私を見ていても、私は見えていない。

呼びかけても、反応がない(無視する)。

体調が悪いからというには、看護師さんには大きなハッキリとした声で反応していたのだ。



呼びかけても返事がなく「おばあちゃん!」とシツコク呼びかける事は控えた。

当時の祖母は自分を10~40代と勘違いする日が増えていたため、混乱を避けるため

と、

印象がすでに祖母ではなく「おじいちゃん?」とウッカリ呼びそうになる。

「おじいちゃん」と言っても、私の祖父ではなく「母の祖父」の方である。

そして、時折だが祖母の顔が「母の祖母」の顔に見えた。


疑問に思い、首をかしげる日々・・・。


ある日、母は試すように話しかけた。

母 「じいちゃん」

祖母「はい」

母 「ばあちゃん」

祖母「はい」

母 「かあちゃん」

祖母「はいはい」

母 「とおちゃん」

祖母「・・・・・・(反応なし)」



(´・ω・`)


祖母の消失 いったい祖母は何時から居なかったのだろうか?






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Last updated  2015.03.25 12:07:55 コメントを書く


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