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1月11日火曜日から週1ドラマとして始まった『美しい隣人』を、第2回目辺りから観ている。
この話は、言ってみれば、俗世間によくあり、映画やドラマの世界で古今東西問わず描かれる「不倫もの」じゃないか、とは言い切れない「物凄さ」がある。
「不倫もの」は、描きようや登場人物のキャラクターによっては、ラブコメになったり、明るいテンポの要素ともなる。また、監督・脚本など、ドラマの制作側が、「観客を笑わせる」姿勢であれば、からりと、またサラリと描かれ、面白い作品になったりする。
しかし、『美しい隣人』は、「不倫もの」がテーマじゃない。このドラマで描かれる「不倫」は、ドラマの一要素に過ぎない。
ではエッセンスは何かというと、「忍び寄る悪意」であり、「歪んだ人間の心理」であり、「崩れゆく幸福な家庭」なのじゃないだろうか。
このドラマに対する感想は、まず「怖い」ということ。
何が怖いんだろう、と思うのだが、特に殺人シーンがあるわけじゃない。人を驚かす場面は一切描かれない。
じゃ、何が怖いのか。
まずもって、「美しい隣人」であるマイヤー沙希(仲間由紀恵)の美しい微笑みが怖い。
あの細い指が怖い。
長い黒髪が怖い。
意味ありげなことをささやく、美しい口元が怖い。
平凡な主婦絵里子に注ぐ美しい視線が怖い。
息子は、「ドラマのBGM,効果音楽が怖い」と言った。
「まるでさあ、ホント怖い」
「まるで『ホラー映画』みたいなあの効果がね」と私。
「そ!そうそう、ホラーだよ。あの人の手が怖い」と息子。
昨日は、沙希が恵理子の長男駿を、庭影から手招きするシーンがあったが、それは、手入れされた花々から、沙希の細長い肘から指の先だけが映り、その部分が人を招くように、ゆらゆらと揺れていた。
ただそれだけなのに、16歳の息子は「何が出たかって感じじゃないか」と言って、「怖いなあ、あの感じ」と身を乗り出している。
前回は、沙希に対する元隣人だった親友の、沙希に対する異様な印象を聞いたり、絵里子の家に「死ね」という奇妙な電話がかかってきたり、沙希自身から「そんな電話は、夫に愛人ができた時以外ないじゃない」と言われたりで、絵里子が徐々に大きな不安に襲われる。
そして夜、子供を寝かしつけた絵里子が、家のそばの蛍の飛び交う池の前でしゃがみこむ、といったシーンがあった。
涙ぐみながらしゃがんでいる絵里子の背後に、ほっそりした女の影が片手を伸ばしながら近づく。
それだけなのに、「何だ、何が起きるんだ」とみている方は、効果音と相まって、じわじわと恐怖が湧き起こる。
実際は、沙希が絵里子の肩を叩いて、「どうしたの」と心配げな様子を振舞うだけだったのだが、あの怖さは何だろう。
「死ね」という奇妙な電話、絵里子の携帯に送られて来た5歳の駿の「死んでいるような寝ているような画像」-
大阪に引っ越した元隣人が、久しぶりに東京に帰っていると聞いて、家に来てもらう絵里子は、それ以来電話の音に慄くようになる。
電話が鳴ると、ぎょっとして振り向く。電話が鳴り、振り向く主婦。
それだけなのに、このシーンは怖い。
結局、電話が鳴らないよう、電話線をプラグからブチっと引き抜いてしまう。
何も起きない、一見普通の、ごくごく普通の家庭が背景なだけに、一見美人で人の良さそうな女性が、底にとてつもなく黒い悪意を潜めつつ、平凡な主婦の心を不安にさせるような言動をとる、というのは、本当に怖い。
それは、「昨日まで何も起きなかったのに、急に何者かに押し入られ、惨殺された」という、世間によくある事件へのショックとやや似ている。
そういった事件の報道は、それはそれで恐ろしいが、このドラマは、「昨日まで何も起きず、平和で平凡で幸せな生活に、ふとすごい美人が隣に引っ越してきた。そして、平凡な主婦をターゲットとし、その幸福を崩壊させようと、少しずつ少しずつターゲットを不安にさせていく」という設定であるだけに、恐怖が視聴者の中でじわじわと高まって行くのである。
沙希の悪意は、彼女の歪んだ生育環境や、結婚後に幼い一人息子を溺死で失い、自ら不幸に陥った経験から、その心に根を張り出したものなのだろうか。
まだ6回目なので、彼女の正体がはっきりしない。
ただ、「幸福な家庭」を「その家の主人を誘惑、主婦の姑に取りいる、主婦の息子を手なづける」など、さまざまな方法で計画的且つ巧みに、そして確実に「崩壊させる」目的があることは確かなようだ。
沙希は、「マイヤー沙希」と名乗っているように、米国人と結婚しているが、これは再婚のようで、その米国の夫からも国際弁護士事務所を通じて離婚を迫られている。
それ以前は、日本人の平凡な会社員と結婚していたが、「夫の不注意で息子が池に溺れた」と、夫をなじり、殴る場面が昨日あった。
沙希が「時々キレる」のも怖いが、本当に怖いのは、微笑みながら、人の不幸を招こうとする「静かな美しさ」だ。
息子を失った沙希が、夫が会社から帰宅する前に、荷物をまとめて家を出る。夫はいつものように家に入るが、中はそれまで生活していた物すべてが消えている。
こういう状況も、男性には衝撃じゃないのか。
化粧をしていない沙希が、虚ろな表情でネットカフェに転がりこみ、死んだ長男の小さな衣服を詰め込んだバッグを取りだし、一枚一枚、眺めては、布団のそばの整理棚にしまい込む。そして寝転び、ネットを検索するうち、「Erikoのブログ」を見つける。
そこには、「平凡な専業主婦です。5歳の息子がいます。楽しみは、近所のママ友たちと開いている『蛍の会』です」といったプロフィール、そして、絵里子が蛍の会で近所の友人や子供たちと一緒に微笑んでいる写真が紹介されている。
それを見た沙希のほくそ笑むような笑顔、「みぃつけた」と呟くシーン。これが怖い。
これで、絵里子はマイヤー沙希の「獲物」となり、「ターゲット」になったことがよく分かる。
それにしても、携帯、ネット、パソコン電話など、IT社会の闇をつかれたようなドラマだ。
私は、絵里子がブログを書くのはいいが、そこに自分達の写真を載せる絵里子の「不用意さ」に驚いた。
彼女は、幸せなあまり、写真などの「個人情報」を公開することに、警戒心が薄れていたのだろうか。
それほど平凡な幸福に溺れていると、その幸福を「妬み、恨み、憎む」人間が、自分の個人情報を悪用し、接近するーなんてことには、絶対考えも及ばないだろう。
基本的に、「ネット上の家族写真の掲載」は「個人情報の流出」に繋がり、危険ではあるが、誰でも「平凡だけど今のままで結構幸せ」であれば、自分に「幸福の崩壊」の危機が訪れることまで考えないだろう。
古今東西、いろんなドラマがあるけれども、何と言っても「人間心理の闇を深く掘り下げて描く」ドラマが、印象に残り、感動を起こすものだね、と私は息子に言った。
だからこそ、この『美しい隣人』というドラマの「怖さ」も、一種の「感動」なのかも知れないが、感動にもいろいろあって、「衝撃的」「物凄い」「怖いけど先が気になる」といった印象がある。
人間は、本能的に「怖い」ものを避けるが、その「怖さ」がドラマであれば、本能的に「見たい」という欲求が起こる。
そうした欲求に存分に応えるのが、この『美しい隣人』なのであって、その「怖さ」は、「人は何に怯えるか」を充分に知り尽くした原作者の「人間心理」に対する深い蘊蓄に基づいていると思う。
だからこそ、このドラマの「怖さ」は、物凄いのだ。
あまりに物凄いので、毎回、息を詰めて話を追う。
終わった後は、肩が凝っている。全身に力を込めて観ていた証拠だ。
このドラマのエンディングが、主題曲なのだが、これがまた凄くいい。息子もこの曲が気に入っている。
調べると、 東方神起ユノ・ チャンミンのシングル「Why? (Keep Your Head Down)」なんだそうだ。
最近は、KARAなど、韓国の人気グループが日本語で歌うのが流行りだが、このユノ・チャンミンも韓国人歌手で、日本語と英語を交えて歌う。
彼の主題曲が、このサスペンスドラマを一層盛り上げている。
凄いドラマにノリのいい主題歌。
これを「楽しむ」というのも変だが、人は「怖い物をテレビでなら安心して見たがる」という不思議な本能があるので、つい見てしまう。
それも、明日は息子の試験2日目だというのに、「この間の続きが見たいねえ」と、一緒に見てしまったのだった......
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