一生、保険と一緒

一生、保険と一緒

2003.05.27
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カテゴリ: 私の人生
さとちゃん_室井イメージピクチャ



最初の出会いは会社に入ってから。学生時代に使った科学計算用の計算機はフォートランの勉強に使っただけなので、OSは意識しなかった。多分VOS-1だったろう。
会社で携わった制御用計算機のOSは、プロセスモニターシステム(ProcessMonitorSystem:PMS)と呼ばれ、昭和30年代から世の中に出回っていた。

私の担当はIntel8080チップを使った中規模用制御システムに使われる計算機のOS開発に於ける、オフラインユーティリティの製作だった。
PMSは優れものだった。マルチプログラミング制御、タイマー処理、優先プログラム処理、等数多くの機能を持ってた。
一見1個のプログラムしか動けない環境で、複数を同時に動かすのは素晴らしく感じた。

例外処理も充実しててプログラムの単純ミスは即停止すると共にデバックし易いデータを出力する。
Windowsの例外処理で画面が真っ青になるのと似てるが、システム停止にはならない。

OSは無くてはならないもので、プログラミングを容易にし、デバックもし易くする。コンパクトな設計を求められた80年代だったが、メモリーやハードディスクの容量が増え、価格も安くなると、当時のプログラマーが悩んでいた容量制限も何時しか無くなっていた。


最大64KWORD(語)、128Kバイトのメモリーしかなかったので、OSは常駐する為過小容量が好まれた。アプリケーションプログラムも容量を意識して作られた。大きなプログラムは、少しづつメモリーにリローデングしながら動いた。

最初からモジュール単位に分けて設計するとローディングやデバック時に問題は起きなかったが、BASIC言語見たいなダラダラとしたコーディングは嫌がられた。
モジュールにブッタギル専門家、それが私だった。
全体容量128キロWORDのプログラムを動作空間1.5キロWORDとする為の対策を実施。
リローディングに所要する時間を考えての作業だった。
こんな事ばかりやらされると、自分で設計する場合は効率の良いプログラムとなった。

何時しか伝送関連のプログラムを担当し、現地リンケージ試験をして各地を廻った。
通信中に画面が変わり、ログがプリンターに連続して出る。
ロングランテストは正にマルチタスクの動作を目の当たりにした。





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Last updated  2004.03.05 16:53:21
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