一生、保険と一緒

一生、保険と一緒

2004.01.10
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カテゴリ: 私の人生
さとちゃん_室井イメージピクチャ


時代はオイルショック後のInfrastructure.

計算機関連なら何でも良いと思っていた。ハードでもソフトでも。
面接の時如何言ったか覚えてないが、どうも人事課長が言うにはハードをやりたかったって言ったらしい。私はソフトと言ったつもりでいたが。
何れにせよ、ソフト担当グループに配属され、制御用計算機のソフトの中核であるOS(OperatingSystem)グループに配属になった。

OSはハード(CPU)毎に作られており、私は小型の制御用計算機の担当チームに入った。
開発はもう終わっており、提供作業やローディング後のトラブルに奔走した。
その後オフラインユーティリティの製作を行い、1年目の実習としては大きな成果を得た。

職場の雰囲気は堅く、毎朝の朝礼では最新コンピュータメーカーの話題で、デックの何とかと言う計算機はこんな特徴があるとか~。
最初は電話番をしながらチームの名前を覚えるという、OJTそのもの。

なんて試行錯誤だった。

電車通勤の為、最終に乗り遅れないため、決まった時間に職場を出る。遅れようものなら、駅まで徒歩15分を走る。
深夜の残業になりグループの課長のマイカーで送って貰った事も。speed過ぎの課長だった。

休日に職場内レクレーション大会が行われた。卓球とバドミントンだった。どちらも自信があったが、つい昨年まで現役だったバドミントンを選んだ。
ダブルスだったが初心者対応作戦を取り楽勝した。

実習期間の1年の終了を迎え、引継ぎをした。私の作ったプログラムの容量が大き過ぎると指摘された。確かにそうだった。
異機種の同様なソフトを参考にし容量削減を行った。
流用技術はこれから始まったのかも知れない。

やがて出張に備えてアプリケーション向け開発言語の勉強が始まる。







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Last updated  2004.03.01 15:20:46
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