食べたり読んだり笑ったり

食べたり読んだり笑ったり

2006年04月15日
XML
カテゴリ: とき
「喜久屋」って名前の料理屋さんが、ありました。

大学移転のため、人少なになった町の片隅にある、古い木造の黒い家でした。すすけた木の看板に、くすんだ金の文字で「喜久屋」とある。料亭です。でも商店街にあるだけあって、庶民的。一階はカウンターで、近所のお年寄りが、ちょっと寄って、お酒を呑んで話をしていました。透き通ってきらめくコップ。まったりと眠い酒。
一番すみっこにあるレジの横では、娘さんが本を読みながら、お客さんが立ち上がるのを待っていました。

二階の広間は、忘年会で使ったことがあります。十人で行って、二十畳はある広い部屋に通されました。祖父母の家に、似てました。掃除はきちんとされているけれど、薄暗い。飾りのない蛍光灯。ふかって踏み込みそうになる畳敷きの床。お手洗いも広い。けど、男女共用。床の間にかかる掛け軸。活けてある紫の花。いなかの家。
(ねえ、ここで酔っ払ってつぶれても泊めてもらえそうだね。)
はしゃいだ声がひどく響いて、タイミングよくふすまを開けて挨拶にこられたご主人がくすくす笑われました。
(泊まっていかれますか?座布団はあっても、お布団はありませんよ。)なんて。

きちんとしたお料理が出ました。ふぐのお刺身。上品で控えめな出汁のきいた煮物焚物。冬だったので、メインはお鍋。阿波尾鶏の鍋。
(これってそのまま、あわおどりって読んでいいのかな?)

今でもデパートのお肉屋さんで、阿波尾鶏の名前を見ると、ふふふって笑ってしまう。薄暗くて広くて、声が響いて、あっけらかんとした無邪気な夜を。

水曜日、その町を通りかかったら、お店があった場所に、小さな空き地と、緑色のショベルカーがありました。
ふわっと空まで伸びる空間に不吉な予感はしたけれど、裏の仕出しの店舗は崩さず残っていたし、だから建て替えなのかな、と思いました。確かめようと、職場の先輩にメールしました。ここの店主さんは、彼と同級生だったはず。
「火事で倒産。」
短い返事が来ました。

家族でずっと続けてこられたお店でした。どなたにもお怪我はないそうです。
雨が。
その日、激しく落ちれば、よかったのに。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月16日 08時16分18秒
コメント(2) | コメントを書く
[とき] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:喜久屋があった場所(04/15)  
ままちり  さん
聞かなかったほうが良かった、と思うことってときどきありますね。

Re[1]:喜久屋があった場所(04/15)  
ままちりさん

そうですね。でも、聞いてよかったと思っています。お店があったことを、遠い土地に住まうままちりさんが知ってくださったんですもの。
人に怪我がなかったことも教えてもらえたし、知らなければお見舞いもできませんものね。
(2006年04月16日 15時48分13秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

とおり・ゆう

とおり・ゆう

コメント新着

背番号のないエース0829 @ 松谷みよ子 「私のアンネ = フランク」に、上記の内…
とおり・ゆう @ Re[1]:理想の図書館(09/12) ぱぐら2さん おはようございます、お久…
ぱぐら2 @ Re:理想の図書館(09/12) こんにちは。本当にご無沙汰しています。 …
とおり・ゆう @ Re[1]:見なかったことにする。(11/17) 淀五郎☆DXさん おはようございます、おひ…
淀五郎☆DX @ Re:見なかったことにする。(11/17) あ、とおりさんのところと記事タイトルが…

バックナンバー

2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月
2025年07月
2025年06月
2025年05月

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: