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うちの娘はもう少しで、生まれてから半年になる。で、最近ちょっと困ったことが。うちの娘、機嫌がいいと、「あぁ~あ~!!」と叫ぶ。また、親の気をひこうとする時、「あ~っ!!」と呼ぶ。これがまた、デカイ声。こんな小さい身体で、あんな声が出るとは思えないくらい、デカイ声だ。子ども特有のかん高い声なので、なお響く。できることなら騒音公害対策に使われる計測器で何dB(デシベル)か計ってみたいものだ。普通、こんなものなんだろうか?うちはアパートなので隣近所に「あそこの親、幼児虐待でもしているのではないのか?」と疑われてもおかしくはない。生まれたときから、手をバタバタ、足をバタバタさせている子だったので元気がいいのはわかっていたが、元気よすぎ。
2002.01.31
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今日は、いわゆる休日出勤の代休をいただいたので、税務署に行った。「確定申告」である。妻の出産にそれなりの費用がかかったので「医療費控除」ができるらしいと本で読みその用紙をもらいに行った。その「医療費控除」をすればいくらか税金が戻ってくるらしい。その本には「2/1から受付開始」と書いてあったが、市町村によって対応が違うのか、我が街 札幌市ではもう受付は始まっていた。「書類・印鑑さえあれば今日のうちに終りますよ」とその場にいる税理士さんが書き方を親切に教えてくれた。4人に1人税理士さんが付くような形だった。ひとりひとり申告するものも違うのだから、教える方もゆるくないだろうに。でも、15分かからなかった。で、コンピューター入力してもらうコーナーに行く。さっき書いた書類はその下書きのようなものだったのだ。まだ入力に慣れてないと思われる女子署員がもどかしそうに打ってくれた。そのうち出された書類などを持って名付けるならば、「提出書類総点検コーナー」に行き、いいですよ、と太鼓判を押されて提出コーナーへ。で、提出して終了。始めから終りまで30分くらいだったろうか。こんなに簡単なものだとは思わなかった。しかし、読んだ本には「●万円戻りましたぁ~」などと体験談が載っていたが僕らには思ったほど戻ってこないようだ。戻ったお金で新しいiMacを買おうと思ったのに。(そんなのハナからムリです)
2002.01.29
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昨日の日記に書き忘れてました。っていうか、これが一番重要っ!皆様に御報告がございます。うちの娘(5ヶ月と25日)が「寝返り」できるようになりましたよぉ~ \(^O^)/...とりあえず、御報告まで。
2002.01.27
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以前からこのHPに来ていただいてる方はわかると思いますが、しょっちゅうここのTOPPAGEが変わっています。背景色、またこの色に戻しました。やはりどうも「白」はしっくり来ない...。まぁ、僕が飽きたら、また背景色なり、イラストも変えていきますから、びっくりしないで下さいねぇ。あぁ?このTOPPAGEの坊主、誰だって?わかる方にはわかるでしょうが、あまり気にしないで下さい。(爆)
2002.01.26
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僕はDDIポケットのPHSを使っているが、妻はNTTドコモの携帯を使っている。「いっそのこと、どちらかに統一して 家族割引き等を適用するようにしたらいいのに」という意見もあるだろうけど、どちらも頑固な2人なので自分のスタンスを譲ろうとしない。...まぁ、それはいいのだが、僕の仕事が終り会社を出る時、妻の携帯にメールを送るように言われている。メールが来たら、妻は電気釜のスイッチを押す。僕が3~40分かけて帰ってきて、着替えたりしているうちにご飯が炊きあがる、という計算らしい。電話でもいいのだが、乳児がいるので、受話器をとることが困難なときもある(らしい)。で。ある日の19時の出来事。「ただいま」 ( * o * )/ 「おかえり」 (ー_ーメ「どうしたん?」 (-.-)?「なんでメールくれんの?」 (ー_ー;「え?送ったよ」 (- o-)?「だって、届いてないよ。ちゃんと送ったの?」(ー_ー;;「送ったってば。ほら」(PHSの履歴を見せる)「あら、ほんとだ」 w( ゚ o ゚ )w 「どうしてだろ...?」 (-.-)?「なんでかなぁ...?」 ( ・ _ ・ ?) で、翌日の夜中1時過ぎ...妻の携帯に「いま帰ります」のメールが...。実は最近こんなことがしょっちゅうある。送ってすぐ、メールが届いていないのだ。1・2分ならまだいい。1時間単位で遅れて妻の携帯の着信音が鳴る。これでは役に立たない。DDIさんが悪いのかNTTさんが悪いのかしらんが、なんとかしてくれ。いくらビジータイムでもこれじゃぁ...。これが夕食ごときの話だからまだいい。重要な、しかも時間と勝負するような連絡のやり取りだったら、ケータイのメールは「使えん」ぞ。
2002.01.24
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「にゅーとらるらいふ」に“おかいものくまさん”のページがついに登場!!...とりあえずはお知らせまで。
2002.01.23
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このホームページを立ち上げてから、2ヶ月が経ってしまった。しかし...なんですなぁ。HPを立ち上げ、管理(更新)するということがこんなに大変だとは思わんかった。楽天さんの力を借りてもそう思うのだから、まっさらの状態から立ち上げている人はエライとしか言い様がない。日記更新率が40%前後の私がいうのもおかしいが、日記を書き続けるということは大変なことだ。だって、日々ネタをどこかで拾ってこなきゃならないんだもの。平凡なビンボーサラリーマンが変化に富んだ日々を過ごせるのならネタさがしも楽なのだろう。だが、実際は朝起きて、眠い目を擦りながら(時には眠りながら)会社に行き、目の前にある書類をあっちこっち動かして、欠伸をしながら帰路につく。家に着いたら子どもをあやしながらご飯を食べ、これまた子どもをなだめながら、風呂に入れる。なんだかんだやってたら、もうテレホタイム(※)の23時だ。平日はこれの繰り返し。だから、ここの日記は今まで過ごしてきた管理人の足跡を辿るような内容に傾いてしまう。これじゃぁ、日記じゃない、とつい最近気が付いた。もっと、新鮮なネタをここにアップしないと。...しかし、できないんでしょうなぁ。そんなジレンマに陥ってたら、4・5日なんてポカッと空いてしまった。いかんいかん。頑張らねば。そして、TOP左横にある「工事中」も早いうちにケリをつけなければ。...あ、まだ見ないで下さいね。工事中だから。(爆)見ると楽しみ半減しちゃうから。(楽しめるかどうかも定かでないが...)--------------------------------------------------------------(※)テレホタイム- この意味わからんっ!というブルジョアな方々。 悔しかったら、自分で調べなさい。(ーへー)
2002.01.22
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高1の時にバンドを組む話が出たのは、音楽歴(そのご)で触れた。そのバンド、ちょっとめずらしいので御紹介したい。当所はクラスの有志てやろうと10数人集まった。頭数だけで言えば、「米米クラブ」並である。しかし、所詮高校生、それだけの人数の音楽性の方向をまとめるのは至難の技で、2学期を向えないうちに2派に別れた。「ロック」派と「ポップス」派。「BOOWY」派と「TULIP」派と言っても差しつかえないだろう。今までの音楽歴を読んでくれてた方なら僕が後者に属するのは容易くわかってくれるはずだ。しかし、後者「ポップス」派は楽器を習っていた者は僕しかおらず、しかもその僕も、「習ってました」と胸をはって言えるほどうまくもない。そして他は皆、独学...。独学で楽器が弾けるようになりバンド演奏までできるようになった、と言えば、聞こえはいいが、いつしか僕らのポリシーは 「楽しければいいっ!」バンドになってしまい、練習というよりは楽器を持ってくっちゃべっていた。そんなもんだから、ロクスッポ上達しないまま、3年間が過ぎた。「またまた御謙遜を...」とおっしゃる方もいらっしゃいましょうがホントに上達しなかった。3年間でまともに何ができたのか、考えてみると「音の出る楽しさを知った」という程度ですよ。メンバーの入れ代わりもあったが、リーダーであるKと僕は代わることなく、そのバンドは高校卒業まで続いた。僕は地元の大学には進学せず、地方に出てしまったのでバンド活動としては一旦途切れてしまう。「これでもう終りだな」と思ったが、しかし、地元に残ったメンバーは活動を続けていたらしい。...まぁ、活動と言ったって、ただ、楽器持って集まってただけだが。僕も夏・冬休みには顔を出した。で、僕は大学を卒業し、地元に帰って就職した。バンドの方は、6~7年もやっていることになり、ある程度のかたちになるようになるのか...いや、しなければならないなぁ....と漠然と思っていたが、今度はバンドのリーダーが就職で東京に行ってしまった。求心力がなくなってしまったのか、活動が休止してしまう。そして、3年ほど経った頃だろうか。「やはり音楽を続けたい」と、リーダーは地元に帰ってきた。会社を辞めて。だからといって、金がとれるほどのバンドであるはずもなく、就職した。リーダーの強い希望でオリジナル作品のシングルCDを作った。(限定10枚)そして、これまたリーダーの強い希望でいきつけの呑み屋でなぜかライブもやってしまっている。今から考えても顔から、火が出そうだ。こう書くと、本当に実力あるバンドのようだけど、とんでもない。今の中学生バンドの方がよっぽどうまい。で、今日に至っている。出会った当時から考えると、もう18年目だ。18年続くバンドなんてそうざらにいない。まぁ、楽しくなきゃ、続かないんだろうけど。リーダー K(guiter/vocal)Y(bass/arrange)と僕(keyboard)長く続いている事だけが取りえのバンド「TNC」といううバンドに僕は所属しています。
2002.01.18
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前々回の日記でコンビニの「肉まん」大好き!と載せてしまったが、“変わり種中華まん”で「これはおいしいっ!」と思ったものが1つだけある。それは...サンクスの「北海道じゃがバターまん」っ!!僕の記憶が正しければ、4年くらい前からお目見えし、年々うまさは進化していった。普通の肉まんよりは若干値が張るが、ちょっと贅沢な気分にひたりたい時は肉まんではなく、じゃがバターまんだ。じゃがいものほくほくした口当たりと皮のもちっとした感触、バターの香りがたまらなくよかった...。よかった...のだ。実は、うちの近くのサンクスではもう売っていない。 w(;o;)w 今日、確認した。(目視)毎年そうなのだ。肉まんたちと同じスタートで売り出すのに、じゃがバターまんは他の中華まんより早く販売終了となってしまう。第1集団にいたマラソンランナーがついていけなくなり、一緒にスタートを切った他のランナーから離れていくように。そうなってしまうのは、やはり売り上げがのびないからなのだろうか?それとも原材料の調達の問題なのか?どちらにしても、もう今季は口にすることができないのだろう。あぁ、こんなことなら、もっと食べておくんだった、と毎年後悔してしまう。(先日の日記で記したようにビンボーサラリーマンなので 限界はあるのだが)もし、この日記をサンクスの関係者さんが読んでいたら、訴えたい!通年販売なんてわがままは言わない。せめて、肉まん・あんまんを売ってる期間は置いていていただきたい。なにとぞ~なにとぞ~m(_ _)m【追記】もしかしたら、このじゃがばたーまん、地域限定商品かも知れない。
2002.01.14
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高校1年の頃、クラスの仲間とバンドを組もうという話になった。その話は、とりあえずおいといて、そんな流れで、僕は当時NHKで放映していた「バンド講座」なるものを気が向けば見ていた。正確な番組名は忘れたが、キーボーディストの難波さんが司会のやつ。で、ある日その番組で「ア・カペラを歌おう」というテーマで放映したことがある。いつものように何の気なしに見ていたのだが、そのゲスト、すごくアカペラが上手かった。「大きな古時計」だったと記憶している。僕が興奮するくらい上手かった。“STARDUST REVUE”(以後スタレビ)というアカペラバンドと紹介されていた。何日たっても、彼等の歌声が耳につくので彼等のアルバムを買って聴く。??「アカペラバンド」と言ってたが、収録されている曲、アカペラではない。っていうか、アカペラは全然入っていない。間違いなく彼等のアルバムなのに。本や人に聞いた話をまとめると、結局は「アカペラもできるバンド」ということらしい。なぁんだ、とも思ったが、その情報収拾の中で「ライブがすごい。彼等のアカペラ聴きたいならライブだ。」という人がいた。そうなんだと思いつつ、しかし、ライブには足を運ぶ事がないまま高校生活が終った。大学に入って、たまたまスタレビ好きの人がクラスにいたのでついていくことになった。感動した!(←いきなり小泉首相風)トークが多すぎるのはとても気になるが、やはりアカペラが上手かった。それから僕は「オフコース(小田和正)」「CHAGE & ASKA」の二本柱と平行してスタレビを聴くようになった。 しかし...。スタレビはどうもシングルヒットが飛ばせない。小田さんは「ラブストーリーは突然に」チャゲアスは「SAY YES」「YAH YAH YAH」などで当時、脚光を浴びたが、スタレビはなぜかヒットが出ない。「今夜だけきっと」「夢伝説」などが売れたほうだが僕の世代にはちょっとピンとこない。なのに、バンド活動は昨年で20周年を迎え、時代に流されず黙々と音楽だけに打ち込む姿勢は素晴らしい。アーティストはこうでないと、というものが伝わってくる。つい最近、アカペラブームがあった。ゴスペラーズを筆頭に。もし、彼等の楽曲が好きだと言う人がいるのなら、ぜひスタレビの「DEVOTION」というアルバムを聴いてもらいたい。きっと気に入ってくれるだろう。さて、次回は驚愕の最終回です。おたのしみに!(謎)
2002.01.12
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僕にとって、あまり冬にいいイメージはない。外に出れば寒いし、雪が降るし、道路が滑って、運転しにくくなるし...。スポーツと言えば、スキー・スケートだが、面白味が味わえるほどうまいわけではないし。家の中にはストーブがあるので、お肌は乾燥するし。(爆)そんな季節だが、冬にしか味わえない楽しみがある。「肉まん」これがなかったら、僕はクマと一緒に冬眠しててもいい、と思えるくらい、肉まん大好きっこである。生まれつきそうだったわけではない。この楽しみに気がついたのは社会人になってから。たまたまコンビニで食べたものがうまかった。自分で作って食べるほどの器用さ・マメさはないのでコンビニが頼りになる。ビンボーサラリーマンなので毎日買い食いするわけにもいかないが、事あるごとに食べていた。いくら好きだとはいえ、飲み物があった方が肉まんは食べやすい。肉まんは中華系だから、ウーロン茶でしょう、とウーロン茶と一緒に食していた。ところがある日、何の気なしに缶スープと一緒に食べてみた。あの「つぶたっぷりコーンスープ」とかいうやつですよ。うまい。うまかった。理屈なしにうまかった。今度機会があったら、やってごらんなさい。病み付きになるから。機会を重ねていくと、コンビニでも、「どこの肉まんはうまくて、どこのはそうでない」というのが顕著にわかってくる。これが不思議と年々ランキングが変わる。去年うまかったのに、今年はそうでもないとか。今年いちばんおいしいと思ったのは....やめた。まわし者だと思われても困る。あぁ.きりがない。今日はここまで。(...ってこれも連載ものにする気か?)
2002.01.08
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【前回までのあらすじ】幼稚園でオルガン、小1~中2まで電子オルガンを習う。中高生時代にはクリキンとオフコースをこよなく愛したが、クリキンにはだんだん熱が覚めてしまう。-----実は、電子オルガンと平行して、小1の頃から英語教室に通っていた。高校3年まで習ったが、電子オルガン同様、「英語」の力がついたとは恥ずかしくてとても言えない。で、その英語教室に行く途中、いつも同じ曲ばかりかけているガソリンスタンドがあった。最初は気にもとめていなかったが、あれだけいつもかけられていると気になってしょうがない。どちらかというと、僕好みの曲だ。調べてみた。CHAGE & ASKAの「モーニング ムーン」という曲だった。・・・ハァ?チャゲアス?!あの?「万里の河」の!?なんでこんな曲調をチャゲアスが歌っているの?ド肝を抜かれたとはまさにこのことだと思った。僕の知ってるチャゲアスは「ひとり咲き」と「万里の河」のチャゲアスだ。誤解を恐れずにいえば、演歌とニューミュジックの境界線にあるような曲調の彼等しか知らないわけだ。「モーニング ムーン」も「ひとり咲き」も「万里の河」も知らない方達にとっては、僕が何を言いたいのかわからないだろうが、オーバーに、今風に、強引に例えていうならkiroroが宇多田ヒカルの曲を歌いだしたようなものだ。それを知った直後、2人の写真を見る機会があった。CHAGEがサングラスをかけている。ナニ?イメチェンか?その当時あまりシングルヒットをだせない様だったので路線変更なのかと思った。高飛車に言えば、「無駄な悪あがき」のように思えた。(後にライブではかなりの動員数を記録していたことを知って吃驚した)しかし「モーニング ムーン」はそこそこのヒットになり、好きな曲の1つとして僕の脳裏に残った。高校を卒業し、地元札幌を離れ、内地...もとい本州にある大学に行った。その学校にはホントにいろんな人種(いや、99.9%日本人なんだけど)が集まり、ビックリさせられたが、その中でできた友人の一人がCHAGE & ASKAのファンだった。たまたま、チャゲアスのアルバムを借りた。というか、僕を洗脳しようとしたのだろう、強制的に借りさせられた。まんまとハマってしまった。何がどうという理屈じゃない。強いて言えば、クリキンが持っていた「ザクッ」とした感じに加えオフコースの持っていたしなやかさがあった。ASKAの描く世界は回りくどいものがあるが、それも上回る説得力があった。CHAGEは単刀直入に人の心をくすぐってくる。そうして、僕の回りにある音楽は揃っていった。とはいえ、枝葉がなかったわけではない。大学時代はいろいろな人に影響されて浜省も長渕も聴いたし岡村孝子もWinkも聴いた。ALFEEも聴いたし、久保田トシノブも聴いた。ありとあらゆるものを聴いた。(洋楽やハードロックは聴かなかったな)でも、幹は「OFF COURSE(小田和正)」と「CHAGE & ASKA」そして今まで書いていないが「STARDUST REVUE」でなりたっていた。それは今に続いている。次回はスタレビこと「STARDUST REVUE」について書きましょうかねぇ。 (いつか続く)
2002.01.05
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新年があけました。きれいな初日を拝めた人も、初夢が悪夢だった人も今年1年、よき年でありますように。次回の日記からは通常バージョンでお送りします。2年越しの連載(!)となる「音楽歴」を織りまぜながらいろいろなことを書き殴っていこう思います。さて今回、僕のゆく年くる年は1大事件がありました。「年越しそばを食べ忘れていた!」のです。何をそんな大袈裟な...と言われるでしょうが、僕は、年越しそばというものがこの世にあると認知してから(たぶん幼稚園の頃?)1度も食べなかったことはなかったのです。何らかの形で12/31には食べてたのです。食べてないと気付いたのは1/1の18:00頃。自称「麺食い」がなんたる失態っ!うちの妻も「たかが年越しそばくらいで...」と僕の慌てふためきぶりに麺喰らって...もとい、面くらってましたが、その後のあまりの落胆ぶりに自分にも責任があると思ったのか、1/3の夕飯は2.5人前はあると思われる月見そばを作ってくれました。そんなこんなで、僕の正月休みは終りました。ちゃんちゃん。
2002.01.04
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