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カルマとは、本人が作り出したとされる、宿命。業。と、説明があった。つまり、鶏が先か、卵が先かの論争みたいなもので、どっちでもいいのですが、これを、人間の子供にたとえた場合、親が子供を選んで授かるものではなく、子供が親を選んでこの世の中に生まれてくることが子のカルマであると。なるほど、人は金持ちの子、貧乏の子、学者の子、など社会的に地位の高いところに生まれると一般的に物質的な裕福感があり、その分努力をしなくてもいいような感じがある。貧乏の子はかなりの努力をしないと社会的に高い地位には中々いけない仕組みに現代社会はなっているようだ。そういう仕組みであえて、例えば、戦争真っ只中の国、食い物が少ない、アフリカの一部の国など、現代の社会情勢の中で、厳しい環境を選んで生まれてくる赤ちゃんの意思。あえてそういいたい、意思が強いのか?その中に生まれ出でてくる子に賞賛の声を送りたい。 やっぱり自分の意思で親を選んでくるんでしょうね。 以上
2007.08.29
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あるときTVを見ていた。世直し先生特集をやっていた。世直し先生とは自身ががんで、残り少ない人生を非行少年や何かの理由でぐれてしまった(人生に悲観?)少年、少女を校正(社会が認める人間?)させていくと、いう内容であった。その中で、視点が違いますが、引きこもりの少女(何回もリストカットをしているらしく手首は傷だらけ)がだんだん心を開きながら、外に出て行く過程の中で老人ホーム?だと思いますが、ある日、粗相をしたおばちゃんの下の世話をしたとき、そのおばちゃんは何回もありがとう、ありがとうを意思表示していた。その時、何かの拍子で手の袖がめくれ、手首の傷を見られた。おばちゃんは号泣しその手首に何度も何度もほほづりをしていた。と番組の一部ではいっていた。そのときのおばちゃんはすまないという気持ちと、何でこんなになるまでこの子供は深い経験をと思ったかもしれないが、おばちゃんにすれば年とともに体は老化し動きは鈍くなるわけで、こんな自分を家族以外に体の世話をしてもらって、ほんとに申し訳ないと思っているであろうと推察するが、実はここに、ひとはなぜ生きているのだろう?ということで、結局、みんなのためで誰でも誰かの為に存在意義があり、誰かのための役目をにない、そのために寿命というものがあるのではないかと、なぜか、最近、つくづく、そう思うようになってきた。 以上
2007.08.28
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一日、何にもしないでボーとする日、出来る日、作る日、あったほうがいいと思う。何か疲れているのか。そうではない、自問自答。何でそう思う?まっ、よくわからないときはどうでもいい。周りの人間関係?金回り?うーん、何だろう?ということで、よくわからない一日でした。以上
2007.08.26
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後、数年~十何年もすると確実に定年という言葉をかみしめる時期が来る。今の時期に定年後のというよりは人生の最後のときをどう過ごしたいか?どう過ごすべきか?を考える場合に、幸福とは、人はなぜ生きているかとか、人生論的なものになるので、難しくは考えない。単純に自分の老いの姿を想像して最後のときはこうしたいと思えば良いのでは、と、思う。人がどう考えようが、どうな立派な言葉を並べようが、自分自身で納得した人生だったと思えばいいし、なるように適度な努力を多少はすれば良いのでは。さて、その姿とは、何かの本に書いていたが、要するに、よくドラマとかで出てくる、庶民的な江戸の下町を背景に生活する「ご隠居さん」である。孫に囲まれ、何かの事件が起これば周りのものからなぜか頼りにされる、いろんな意味で存在自体が否定されない位置に居る。こういう終わり方もあるのかと、理想かもしれないが、金に囲まれて人の目を気にする人生、金は無くてもあったかい人が周りにいる人生、いや、やはり、金もあり、あったかい人も回りにいる人生が理想。かなー。 と、少し将来(今すぐのことかもしれないな)のことを考えてみた。 以上
2007.08.25
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今日はとにかく忙しい一日であった。20年分を凝縮した日、・・・の日、新たな旅立ちの日、スタートの日、どう表現しても忙しい日であった。何がって?そう、人生転機の日、転職ではない。今後の人生がどう動いていくか? このブログでどこまで話せるかまだ不明。そのうちにと思うが今はまだ早い。楽しい秘密を持っているみたいで面白い。以上である。
2007.08.22
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仕事とは、何のため?生きて行く為、衣食住を補うため、とにかく賃金を得るため。でしょうか?勤め人は良く幻惑するとこるがあるのでは?仕事の為に自分の人生をかけているつもりでも、その、仕事からは単なる一つの歯車であり、付け替えはいくらでもある。組織(多かれ少なかれ)という存在がある。でも、本人にすれば人生の大事な仕事(金)である。この辺のミスマッチ?要は、仕事は人生の手段としての一つの選択であり、仕事に人生をかける必要は無い。?と考えられないか。 仕事は人生の手段であり、人生そのものではない。だから仕事で多少の失敗とかは時間とともに消えていくもの。周りのものはみんな忘れていく。覚えているのは本人のみと、いうことが良くあるような気がする。だからといって、もちろん、不真面目に仕事をする。ということではない。まっ、しいて言えば、その時、その日、その瞬間を自分自身で満足できればそれで良い。ということになるのかな。いまだに、私の理想である。瞬間を力いっぱい生きる。あー、無理だ。(だいたい手抜きしているような気がする)理想は遠い。 以上
2007.08.19
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実は、いつも出勤のときに、職場の塀の壁際に、毎日、たたずむ人がいる。年のころ30代~?、男性、あごひげが異常に長い、毎日見かけるが、いつも同じポーズで、雨の日は傘をさし、風の強い日、日差しの強烈な日、いつも同じ体勢。不思議だ。いつ食事や、生理現象など済ましているのか、いつもいる。 何かの修行?単なる帰る家が無いだけ?かれこれ4ヶ月ずーと見てきた。やっぱり、仙人の生まれ変わりかな?何にも害はないようで、道端を通る人もいない。単に私だけがそう思っているだけかも知れない。・・・。 以上
2007.08.17
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久しぶりのブログ。ずーと、PCを開けなかった、あっという間に10日ぐらい経っている。ボーとしていると時間に追いかけられているようだ。 とりあえず、今日の出来事である。車の事で、メーカーに電話をしてみた。すると電話の向こうから、甲高い女子高生のようなキャピキャピした声で楽しくなるような応対でまるで、お笑い芸人の「柳原可奈子」と話している気分であった。 そこで、必要な書類を取りにその電話先の声の主である女子事務員とめでたく面会することが出来た。 愕然とした。こちらが勝手に想像していた楽しくなるような、あの、うら若き乙女は何処だ、うーん、ものすごい悩んでしまった。まさに近所の40代おばさんではないか、何処から、あのよそ行きの声が出るのか不思議でしょうがなかった。? そんなことって、何処でもあるような気がした。勝手な想像で描くアンバランスな世界?・・・。面白ければ良いかもね。 でも、金、仕事に影響する勘違いではそう簡単にはいかない。人生の岐路に立つこともアリかも。あー勘違い。 以上
2007.08.16
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あるスーパーでのこと。駐車場で買い物客を待っていると、スーパーの窓に不思議な光景が映し出されている。その窓の向こうに駅の光景が見えているのでしばらく眺めていたら、何かおかしい。よーく見ると看板の文字が裏ではないか、あー、これはと思い、後ろを振り返ると、納得。まさに鏡の世界ではないか、でも、パッと見では、まったく解らない。何か狐に化かされているような気がした。ひょっとして、この日常は幻想が入った世の中ではないのか?政治、経済、戦争、・・・、この人間が主人公と思い込み、世の中の動きはすべて人が動かしているという思い込み?もちろん自然現象は除きですが。それでも、この地球は人が支配しているという思い込み。 さて、そうなんだろうか? UHO、宇宙人、4次元、神、後ろの正面だーれ、見えない世界が存在するのでは・・・ 以上
2007.08.06
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町に住んでいると、中々いけない山の中、ジャングルに足を踏み入れた。そこは虫たちの天国。パラダイス。木の上からは手足の長さ10センチぐらいの何とか蜘蛛が網の間からそーと、こちらを覗いている。足元を良く見ると見たことない蟻の大群、乾燥した葉っぱの下にはほとんど見かけない昆虫、ブーンと音のするほうに目を向けると緑金色した綺麗な光を輝かせカナブンが鼻をかすめる。足の素肌の隙間へは、なんと5~7匹の蚊が一生懸命ポンプ運動中、これには参った、足が見る見る真っ赤になってきた、又、モーレツなかゆみが襲い、両手を使ってパチンパチン、時、すでに遅し、被害甚大、首、綺麗な顔、手首、両足首がやられた。あーあ、今から虫除けスプレーをとりあえずまく。あー、疲れた。もっと、下準備をしっかりやるべきでした。反省。単なる独り言でした。 以上
2007.08.05
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買い物帰りの駐車場での一こま、少し足元がおぼつかない老婆が一人トイレから出てきた。どうしたのかなと見ていたら、横の軽乗用車から若い娘らしい女の子が走りよってきた、すぐさま手をとり支えて車のほうへ誘導している。 これは、ほほえましいことか?それとも、当たり前か?歳をとれば誰でも足腰は衰え、誰かの世話になることになるが、そのときの事を想像してみた。果たして誰かそばに居てくれるのだろうか?、それとも見捨てられ朽ち果てているのだろうか?そして、その時何を思うのか。ただ生きているだけか。それともいい人生だったと思えているのだろうか?難しい。頭が混乱してくる。でも、生きているてことは、誰かのためであり、自分の為でもあるわけで、この地球の為に微力ながら何らかのプラスだと思えば、どんな状況になっていようとも、それはそれで、自然の流れだと思う事とする。 どう考えようが、時間の流れは個人の意思とは関係なく進んでいくことになるのでしょうか? うーん?・・・。 以上
2007.08.04
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ありえない試練に立ち向かう。大事な用事で約束していた時間に間に合わない。さて、どうする。余裕を持って約束の2時間前に出たのに、途中でコンビニへ水分補給と、軽食を、と思い、路上へ車を止めて、ところが動かない、セルは回るが、エンジンは掛からない、どうしょう、約束まであと30分大事な、キャンセルが出来ない人生を左右する約束。しょうがない、修理工場へ、連絡、1時間でレッカー車で来るとのこと、待っていられない、コンビニへ鍵を預け、タクシーへ駆け込む、相手に電話、5分遅れでなんとか、セーフ。多少遅れたが相手は気にしていない。良かった。 ところが、レッカー車に電話したらまだ来ていない。サー大変。違うレッカー車が来たら困る。修理工場依頼から2時間以上経過。果たして、車は無事か? セーフ。何とか頼んだほうのレッカーへ。 良かった。交渉のほうも何とか進展の方向へ。これからの人生どこへ向かうのだろう? 以上
2007.08.02
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