愈々庵気まぐれ日記

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2009.06.24
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中国 成都・楽山への旅 (4)

                                   武侯祠

武侯祠とは元々道教の霊廟を指すようであるが、成都のそれが

最も有名らしい。ここでは現在蜀の皇帝劉備玄徳とその軍師

諸葛享(孔明)の合同廟を指している。 

P1080298

下の漢昭烈は劉備玄徳を指す。したがってこれは孔明の主君

劉備の廟である。 

P1080297

ここには三国志の主要な登場人物の像が飾られているが全て

ガラスケースのなかでこの日の陽の具合でガラス反射がひどく

写真に納めることは出来なかった。劉備の像も首から下はガラスへの

外景反射でよく見えない。 

P1080308

お馴染み扇を持った孔明、この孔明を軍師に抱えるため劉備が三顧の

礼を尽くしたことは余りにも有名。孔明さんも下半身はハレーション 

P1080316

私もこの半年で映画、赤壁 レッドクリフ I, II、 を見たが孔明に扮した

日本人俳優はこんなにぶくぶくしてなくて格好よかった、テレビアニメの

孔明もすらりとした切れ者であった。上の孔明は寓たらにしか見えない

さて、劉備と孔明は本来王と臣下の間柄であり、それぞれの墓は元々

別のところにあったが孔明の人気が高く、後年一箇所に纏められた由である

考えてみれば王でもない孔明の奉るのに廟は無いだろう

中国では劉備は蜀の国を滅ぼさせた寓帝の烙印を押されていたようだ

それはさて置き、ここには有名な「出師表(すいしのひょう)」の石版がある

これは諸葛孔明が劉備没後に魏を討つため出陣するに当たって、劉備の

息子劉禅に奉った書で、前後2書の内の前である。なお「後出師表」は

孔明の作ではないと言われているそうである

出師とは軍隊を出陣することで表は公にする文書のようである

そして師とは軍隊のことで2500人の軍団を「一師」と言う(大辞林) 

孔明はここで先王劉備の遺徳を称え、劉禅に王としての心構えを説いている

孔明の心情と名文に感動した武人・文人の岳飛が一気に揮毫したのが

ここに飾られたものである。 

P1080304

岳飛は感情のひた走るままに筆を運び、その書体が楷書、行書、草書の

全ての書体を含み、それが不連続的にではなく連続的に変化する

名筆であると、われ等のガイド陳氏も熱弁を振るった。この人はなかなか

優秀なガイドで天然自然の風景、歴史、文芸と幅広いジャンルに通じていた

そして土葬の時代白帝城で病死した劉備の遺体がここまで運んでこられる

はずも無く、したがって此処には劉備の遺髪や遺品が葬られているはず

と力説していた 

陳

ここの建物を出ようとしているとき売店前のホールでは宮廷音楽らしき

演奏が始まったが。竜宮城の乙姫にも似た衣装と音色に関心はあったが

そこは個人旅行でない悲しさ、ズームでパチリに留めた

P1080318

そして隣には劉備の陵である「漢昭烈皇帝之陵」の文字

塀の中に入り一周80mと言う円墓の周りを巡ったがブッシュに覆われて

何も見えなかったのは残念である

P1080322

昨年長江下りの船旅でで三国志の世界に浸った経験があり、劉備が

亡くなった白帝城も訪ねている。そんな訳で今訪れた成都が蜀の都であり

劉備玄徳、諸葛孔明、張飛、関羽などの諸侯が躍動した地であること

に深い感慨をもようした次第

長々と中国旅行のブログを綴ってきたが写真アルバムの今月のアップロード

容量(1G/月)がオーバーしてしまった。もうそろそろ話も尽きたので

一連の旅行記を終えることにする。






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Last updated  2009.06.24 12:08:47 コメント(4) | コメントを書く
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