愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2016.12.09
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テーマ: 紅葉(842)
カテゴリ: 都内散歩
先週末に続いて今週初めもまだ暖かい日が続いている。
日曜日の「光が丘公園」に続いて月曜日にも行き遅れた秋を探しに近隣の石神井公園周辺に出かけた。
公園の池の手前に近年整備された小さな池と樹林があるので寄ってみた。
池の周りの紅葉が最後の色華を競っていた。


池面に映る紅も美しいが季節はもう初冬、水面に浮かぶ落ち葉の面積が多すぎて興ざめである。


池の向こう側に道場寺と三宝寺が並び立っている。2寺とも美しいモミジがあり
例年晩秋には美しい色付きを見せてくれるので今年も訪ねてみた。
道場寺の山門脇に案内板があり、この伽藍は日本の古典建築様式を網羅して
建てたと記されている。

山門は簡素な室町様式、


本堂は奈良の唐招提寺金堂を模した天平様式とあるが、
特徴的な屋根の飾り(シビ)を撮り損じたのは残念である。


左手にある三重塔は鎌倉様式、


そして右手の鐘楼は安土桃山様式とある。


極め付きは客殿で京都の桂離宮を模して造られた江戸様式と説明されている。
桂離宮は実物を見たことがないが写真で見るそれはこんなもんじゃない
という気がするがどうだろうか。


いずれにしても奈良、室町、鎌倉、安土桃山、江戸と、それぞれの時代の寺院建築が
うかがえるのは嬉しい。

上に記した道場寺が禅宗の学問場・修行道場だったのに対して隣にある三宝寺は
ここに居城し太田道灌に滅ぼされた豊島氏の菩提寺であり真言宗の寺である。
前者が鎌倉時代の簡素な造りに対し、三宝寺は大げさな造りの建築で
本堂、山門、鐘楼といずれも彫刻を掲げた装飾的建築である。




本堂屋根の上部には丸い輪郭に三つ葉葵の紋章が刻まれており、ここが徳川幕府の
庇護を受けていたことを示している。かなりな寺格と下賜金が贈られたようである。
こんなところに何でと思うが、かっては将軍の鷹狩りの際の休憩所や準備の役人の宿舎に
使われたのであろう。鷹狩と言ってもそれは軍事演習を兼ねており、いわばその際の本陣
(軍司令本部)のような役目があったのであろうか。


当時とすれば武蔵野国の外れ、いわば辺境の地であるがそれにしては造りや装飾は立派である
。

帰りに三宝字池に立ち寄ってみると、せわしなく動き回るカモの隣に
アオサギが一匹プラスチック製かと思わせる完全静止で立っている。
じっと眺めていると視線を変えただけでまた動かなくなった。
まるでモンパルナスの丘や上野公園で見た白塗りの人物のパフォーマンスの様であった。


さらにその手前の石神井池の周りには最近目立つようになった植物の白い穂がきれいであった。
南米のパンパスグラスよりは少し小さく普通のススキよりはかなり大きい気がする。


この時期白い穂がすっきり立っているのでススキでないことは確かである。


さらに我が家の近くまで来た時、この時期まだ咲き残っている皇帝ダリアがあった。
花は見事であるが1年に2メートル近く伸び、花の位置が高く庭木に適さないのが残念である。


さらに我が家の最寄り駅周辺は高架になっているので側道と合わせて
直線道路と線路の防音壁が何百メートルも続いている。
人通りもほとんどない直線でまるで遠近法を使った舞台の背景みたいである。






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Last updated  2016.12.09 15:03:19
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