愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2019.09.02
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カテゴリ: 心に浮かんだこと
我々の年代には「氏より育ち」と言う格言はなじみ深いが若い年代には
「生まれか育ちか」言い換えなければ通じないかもしれない。
現代的に表現すれば人の器量はDNAなのか学習・訓練
によって身に付くものかと言うことである。

そんなことを思ったのは我が家のベランダに咲く「初雪草」を見た時である。
初雪草はトウダイグサ科トウダイグサ属の植物で、読んで字のごとく葉や実の付き方が
トウダイグサに似ている。なおトウダイグサのトウダイは灯台ではなく、
灯明皿(燈台)で、花の周りが似ている(?)ためとされている。
初雪草は最近園芸店で見かけることもあるが樹液に毒性があり、皮膚に付くと
かぶれることがあるので(私の体で実証済み)優雅な形にもかかわらず広く普及しないでいる。
雪に見立てるのは白く変色する葉っぱで花はほとんど鑑賞に値しない。


本題に入ろう。 八月中旬になると全体が緑であった頂上部の葉がだんだんと白なる。
時間とともに緑/白の割合が逆転して下の写真のようにほとんど真っ白に変化する。

同じ植え込みに生えているにも関わらずまだほとんど緑一色の個体もある。

レンガ作りの植え込みに生えたものは幹が枝分かれして上部が大きく広がっているが
その隣に置いたプランターに植えたものは猛暑のあおりを受けて焼け、
分岐せずにひょろひょろと背だけ大きく成長し根元の葉はほとんど枯れている。


同じプランターでも日焼けの少ない鉢もあるがやはり分岐していない。
分岐しないのは栄養状態のためか密植のためかは定かでない。


鉢植えのものはまた少し様子が違う。


大地ほど安定しないまでもレンガ作りの植え込みでは湿・乾の変化が少ないのに比べて
プランターや鉢では一日の中でも昼間の土の乾燥と温度が目まぐるしく変化する。
愛好家であれば鉢を日陰に写したり寒冷紗で保護したりするが
我が家ではカンカン照りの酷暑下でもただひたすら耐えてもらっている。
これらすべての株は昨年採取しておいた同じ出自の種からである。
人間でいえば「氏」はみな同じであり、姿形の違いは100%生育環境の違いによるものだ。
捌の言い方をすればどの株も同じDNAを持っている。

発明王エディソンは多くの格言を残しているが

「最初のひらめきが良くなければ、
いくら努力してもダメだ」

「 偶然のひらめきで、 価値ある発明をしたことなど一度もない。

その発明に関わった人の 想像を絶する熱意が 注ぎ込まれている」

「天才とは、
1%のひらめきと 99%の努力である」


最初の言葉と2番目の言葉は逆のことを言っているように見えるが、
それをまとめたのが一番有名な3番目の格言であろう。
要するに、ひらめき=天才=天賦の才=DNA=氏と考えると
ことの成就には氏も育ちも大切だと言うこと。
「99%の努力」は人々を励まし鼓舞する言い回しで
「ひらめき」の重要性ははもう少し重いと考えられる。

ことの成就ではなく人間性を評価する場合その努力に
多くの評価点を与えることには大賛成である。







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Last updated  2019.09.02 15:41:26
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