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ここのお店は、僕は味にうるさいんですよ。だけど、ここのお店の料理は本当に美味しかったですよ。店主のもりたさも奥様もスタッフの皆さんも本当に優しくて思いやりある方々です。奥様にそっとお聴きしました。こげん安かとに利益はあるとですか。いきなり、失礼な質問でしたが、奥様は正直にお話ししてくださいまして、とても、厳しいですが、皆さんが喜んでくださったら嬉しいんですと。僕は超感動しました。良かなあ。いつも、行きたいときに行ける大阪の方はってつくづく思いました。僕にだまされたと思って、大阪にお住まいの方、近畿にお住まいの方、大阪に行かれる用事があって大阪に行く際にお時間があたら、ぜひ、行かれてみてくださいね。竹文の超おすすめのお店の酒のもりたさんです。女性が一人で来られる方も多いそうなんですよ。僕も安心しておられるお店だと思いましたよ。むしろ、お客様も含んで温かさも感じとることができましたよ。酒のもりた・動画 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/folder/630768.html酒のもりた http://ag-skin.com/sss/gourmet/morita/index.html『B級グルメ道』でも掲載動画になります。 http://ag-skin.com/gourme/index.html
2011.11.19
湊 屋 潤さんのレビュー一覧レビュー件数:3件| 役立った人:5人| 役立った人数の平均:1.67人レビュー:3件中1~3件表示順序 [ 新着 | 評価 | 役立った人数 ]絞り込み [ すべて(3件) | 購入済みのみ(0件) ] 愛してるよカズ 小児ガンと闘った母親と息子の愛の記録 この商品のレビューをすべて見る(1件) 涙を乗り越えて2011年11月11日 2:36 この作品は、現実逃避してでも笑って生活したい方には辛い内容かも知れませんが、特に看護士、医師など、医療従事者は読むべき本だと思います。 多くの方がテレビで報道された内容を見て泣いて感動しています。命の大切さ、愛し愛される事の有難さと大切さがよく分かる内容です。 人の親に今からなる人、なってる人に是非読んで欲しい一冊でもあります。 最期まで愛してることを伝えた母、それに最期まで応えた幼い息子・・。この感動の真実の話を多くの方に知って欲しいと思いました。 普通に生活すること、普通に学校に行けること・・・。それがどんなに幸せなことか真面目に考えたことがあるでしょうか・・・。 私も子ども時代に大学病院の小児科に入院して、多くの病室の友達が亡くなっていきました。外泊で少しでも家に帰れることは遊園地に行くよりも嬉しかった思い出があります。 生きる気力を失いかけている一人一人に読んで欲しい一冊です。 愛してるよ カズ 小児ガンと闘った母親と息子の愛の記録 長崎市浦上のカズ君は小児ガンに冒され、7歳で生涯を終えた。臨終の瞬間までを追ったドキュメント番組は、全国に衝撃と感動を与え、大反響を呼んだ。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21627595.html
2011.11.11

おいく食べて応援しよう東日本! http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21724438.html 会長見参・ 長崎支部設立街宣 在特会 【長崎支部】設立街宣 (長崎支部長の演説)10月16日在特会 【長崎支部】設立街宣 その3 (長崎県民・怒りの演説)10月16日6分56秒ぐらいから竹文が演説させて頂きました内容をご紹介しますね。 在特会 【長崎支部】設立街宣 その7 (桜井会長の演説)10月16日H22 3.28 在特会の排外騒動 「こら機動隊、邪魔や!!」 in京都愛してるよ カズ 小児ガンと闘った母親と息子の愛の記録 長崎市浦上のカズ君は小児ガンに冒され、7歳で生涯を終えた。臨終の瞬間までを追ったドキュメント番組は、全国に衝撃と感動を与え、大反響を呼んだ。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21627595.html
2011.10.31

在特会 【長崎支部】設立街宣 (桜井会長参加)10月16日 在特会 【長崎支部】設立街宣 (長崎県民・怒りの演説)10月16日 6分56秒ぐらいから竹文が演説させて頂きました内容をご紹介しますね。 愛してるよ カズ 小児ガンと闘った母親と息子の愛の記録 長崎市浦上のカズ君は小児ガンに冒され、7歳で生涯を終えた。臨終の瞬間までを追ったドキュメント番組は、全国に衝撃と感動を与え、大反響を呼んだ。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21627595.html
2011.10.23
長崎くんち きょうから諏訪神社 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21568194.html 本来は政府が行うべきですが、民主党政権ではあてにできず、このままでは、まもなく寒い冬がきますが、一刻もまったなしです。 被災地ホームレスがいらっしゃる状況です。◎チャリティーらーめん 台風被害で苦しでおられる方々の和歌山県五條市で手作りラーメンを営む方が、赤字を覚悟でたちあがりました。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21433341.html 見舞金的な義援金ではなく、より長期的な被災者支援を考慮した場合、震災で孤児や遺児となった子どもたちの養育・教育を支援できる育英基金等への寄託が有効だと考えました。 【各県の寄託先の状況】 ◎岩手県 「いわての学び希望基金」 受付:個人→岩手県総務部納税課 法人→復興局総務課給付等の内容:給付型奨学金...未就学児~大学など一時金...小・中・高卒業時 などが決まっています ◎宮城県 「東日本大震災みやぎこども育英募金」 受付:宮城県保健福祉部子育て支援課 給付等の内容:検討中。県議会の決議を経て、3月までに、一時金「給付」と月額の奨学金「給付」開始の方針 ◎福島県 「東日本大震災ふくしまこども寄附金」 受付:福島県 保健福祉部 児童家庭課 給付等の内容:検討中。県議会の決議を経て、3月までに、一時金「給付」と月額の奨学金「給付」開始の方針 ◎ジャパン・プラットフォーム(JPF)今後は、震災から3年後までを目安に、地域の自立や地域の伝統と文化に根ざした「心の復興」を 支えるため、被災者の仕事再開の支援や心のケアなどの活動を継続しています。 経団連も、引き続きジャパン・プラットフォームへの募金を呼びかけています。
2011.10.04

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21433341.html チャリティーらーめん 皆さんのお祈りのおかげで無事に長崎に帰ってきました。本当にありがとうございます。今回の上京の目的は、靖国参拝と政府陳情でした。陳情の内容は、・第17大栄丸の悲惨な事故を風化せず教訓といかし、今後の施策にいかす。・いじめ等学校問題は、保護者、学校、地域社会での施策をさらに強化する。・在日への教育予算を大幅削減もしくは予算をつけない。・被災地の子どもたちへの予算を早急にくみ実施する。・公務員マンションを、早期凍結し中止の方向性と向かい、マンション中止で数百億の予算を東日本、奈良県、和歌山県に被災地復興予算の一部にする。・在日へ投票権をあたえず、これ以上、永住権の短縮期間をしない。上京した日に池袋の東口で、竹島問題と自民党代議士の入国拒否で説明を求める活動を積極的に活動なさっておられる団体で演説をさせて頂きました。長崎県対馬も竹島の様に乗っ取られる様になっていることや、今の日本国の現状のために、先人が英霊になったのではないとのことも含ませて頂きました。池袋東口で黙って真剣な表情で聴いてくださった多くの皆さんを見ていて、とても、熱い気持ちが出てきました。サッカーの試合で、30分近くも日本国震災をヤジする垂れ幕をし、韓国人サポーターと、それを黙認していた韓国人に怒りで頂点になった翌日に、在日に在日の街化されてしまっている新大久保に行きました。複数の在日に鋭い目線で睨みつけられました。一方、多少の韓国文化は百歩譲っても、韓流で魂まで売ってしまっている日本国女性に怒りを感じつつ靖国にいきました。そして、英霊に今の日本国の状況に謝りつつ祈っていると涙がつぎつぎとでてきてとまらずに、また、靖国から離れられずに何十分もお祈りしていました。そして、魂に強くここは確かに英霊がいらっしゃると強く感じました。今回、僕が上京するにあたり真剣に僕の無事をお祈りしてくださった皆さん。お会いしてくださった方々、お会いできませんでしたが、僕にお会ってくださるために、一生懸命に都合をつけてくださった方々に心から感謝しています。本当にありがとうございます。
2011.10.03
土砂ダム、大雨で決壊の危険迫る 台風15号の被害がこれ以上でない様に一緒にお祈りしましょうね。台風15号で犠牲になられた方々や関係者の皆さんに心からの追悼もうしあげます。また、被害にあわれた皆さんに心からお見舞いもうしあげます。 なぜですか。どうしてですか。彼らはなにも悪かごとばしとらんよ。なのに、奈良と和歌山の土砂ダム、やっと、仮設住宅にはいれたのに、また、避難をしないといけない。こんなことは、僕はたまらんですよ。東日本への仮設住宅までの攻撃、本当に胸が張り裂けそうになりますよ。 もし、宜しかっただ一緒にお祈りしてくださいませんか。宜しくお願いします。 チャリティーらーめん http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21398905.html
2011.09.22
http://cmizer.com/movie/149433チャリティーらーめんの詳細http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21389491.html チャリティーらーめん(復興支援らーめん) http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21212319.html 和風らーめん おおつき(天辻峠 おおつき)からのおしらせで~~す♪
2011.09.17
和風らーめん http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21212319.html今回の台風12号の影響で 和風らーめん おおつきのあります 奈良県五條市の「大塔町」「十津川村」 特に大塔町宇井地区は、壊滅的な被害を受けました。 国道168号線も、通行不能な箇所が、多々あります。 そのために、家を失った方・家族・親戚・友人を失い 毎日、不安な避難生活をされておられる方々さまが多くいらっしゃいます 当店は、幸いにも被害はありませんでしたが何かお役に立てないものかと・・・・その考えた結果 チャリティーらーめん を、通販限定にて発売させていただくことにしました!! かつおと昆布の関西風のお出汁と生中華麺 トッピングに、ねぎと自家製ふりかけをトッピングした 和風らーめんです。 お店では、販売しておりませんが、販売価格は、525円ですが 500円(税込み)で販売させていただきまして そのうち、100円を、支援金にさせていただくこうと思っております!! お出汁を入れる専用のプラスチック容器(500ml)・・・・50円/一人前分 別途にプラスされます。 (例) チャリティーらーめん5人分の場合 500円×5=2500円 専用容器50円×5=250円 プラス送料。 合計=2750円プラス送料から500円を支援金へ 支援金500円を差し引いた金額となります。 原則として、ご注文いただきましたらーめんのお代金を 指定口座にお振込みいただきまして、そのお振込み確認後 商品を発送させていただきます(送料着払い) 微力ながら、少しでもお力になればと考えて、この企画を考えました。 どうか、皆様の温かいお心を宜しくお願い申し上げますm(_」_)m お買い上げいただきました方々さまのお名前など ご了承の確認後、ブログにて発表させていただきます。 支援金は、月締めで(毎月末に、五條市役所に持っていきます) その金額も、毎月発表させていただきます。 どうか、皆様の温かいお心とご協力を 心から厚くお願い申し上げますm(_」_)m (受付先) 奈良県五條市西吉野町永谷575-1 和風らーめん おおつき TEL/FAX 0747-33-0630 E-mail ootukichan630@yahoo.co.jp 受付時間 AM10:00~PM6:00まで 和風らーめん おおつき スタッフ一同より
2011.09.15
世界の飢餓状況飢餓とは? 飢餓とは、身長に対して妥当とされる最低限の体重を維持し、軽度の活動を行うのに必要なエネルギー(カロリー数)を摂取できていない状態を指します。必要なカロリー数は、年齢や性別、体の大きさ、活動量等によって変わります。 必要なエネルギーを摂取できない時期が長く続くと、エネルギー不足を補うため、体や脳は働きが鈍くなります。そのため、飢餓状態にある人は、物事に集中したり、積極的に活動したりすることができません。 また、飢餓は体の免疫力を弱めます。とりわけ、子どもは飢餓に陥ると病気とたたかう力が弱くなり、はしかや下痢といった一般的な病気で命を落としてしまうことがあります。 世界の飢餓状況 世界には、すべての人に十分な食糧があります。 しかし、現在、世界ではおよそ7人に1 人、計9億2,500万人が飢餓に苦しんでいます。 地域で見た内訳は以下の通りです。 アジア・太平洋地域 5億7,800万人 サハラ砂漠以南のアフリカ 2億3,900万人 中南米 5,300万人 中東・北アフリカ 3,700万人 飢餓に苦しむ人のおよそ75%は、途上国の農村部に住む貧しい農民です。 残りの25%は途上国の大都市周辺の貧しい地域に住む人たちです。 世界で都市部に住む人が増加しているのに伴い、都市部の飢餓人口が増えています。 飢餓の代償 世界では、飢餓やそれに関連する病気のため、多くの子どもたちが命を落としています。途上国における子どもの死のおよそ3分の1には、栄養失調が関連していると言われています。 子どもの飢餓は身体的・知的発達の遅れにつながり、さらにその子どもが住む国の経済に大きな損失をもたらします。 5秒に1人の子どが飢餓で亡くなっています。 NBC長崎放送 報道センター 「論争続く米同時多発テロ」 2007/9/14http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21334225.html
2011.09.11

公式サイトhttp://www.mother-house.jp/ 著書http://www.mother-house.jp/collection/brand/mh/mhgoods/mhgoodsother/book.php 株式会社マザーハウスを若くして立ち上げた、会社の代表の山口絵理子さんが本日福岡店に来られるそうです。 松尾竹文さんも凄すぎる生き様と絶賛する女性で、バングラディッシュの貧しい人たちのために人生を捧げている方です。松尾さんは介護の勉強のための大事な日なので、是非行きたかったのに行けなくて残念がっておられました。 私は夜間透析が22時過ぎに終わって、朝から出発するために寝ないといけないのですが、透析翌日の体調がイマイチなこの頃なので、この記事を書いたら寝ます。 http://www.mother-house.jp/news/2011/08/post-203.php ↑にありますが、13時30分~17時30分までのようです。僕よりずっと若いのに、本を少し読んだだけでも、現実の話なのか?創られた小説かと思えるほど、凄まじい生き様です。年上の僕が弛んだ顔で会うのは恥ずかしいとも思いますが、折角のチャンスですから、松尾さん以外の凄まじい生き様の方に会いにいってみようと思います。 考え方もしっかりしていて行動力が物凄いですし、無からバングラディッシュで始めて、裏切られても絶望してもあきらめずに物凄い成果をあげておられます。自分の為ではなく、バングラディッシュの方々の生活のために若いのに凄いなぁと思います。 芸能人には会う必要は感じませんが、そんな凄い生き様の人には是非あってみたいです。本のファンもバッグのファンも当日沢山押し掛けているかも?寝坊しないで出発できますように・・・。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/folder/628302.html ↑松尾竹文さんのブログでのマザー・ハウスの紹介のページ 転載元: 湊屋 潤のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/j37108/6556311.html
2011.09.10

私の父も亡くなった母も小・中学校の教師で、組合員でした。その両親に育てられたのですから、日教組の実態も考え方も知らなくても、漠然と良いものだと子ども時代に思っていました。 母は、癌が発覚する少し前に、当時勤めていた小学校の校長夫妻から可愛がられて、教頭になる方向で動いていました。その当時、母は父の悪い点をあげて、僕に離婚しても良いよね?と言いました。 私は当時、病院に入院していて、付属の学校に通っていましたが、母親が父に面会に来ないように言っている事も知らずに、面会も来ない父親とは離婚して良いよね?ということで離婚しました。私は母の旧姓の森田 潤という名前になりました。でも母が直後に癌が発覚して、亡くなって、父と暮らすことになりましたが、教頭になるには、組合員の旦那が居たらなれないということでの離婚でした。母が亡くなったのは寂しかったのですが、騙されてた事はショックでした。 父にお世話になることになり、父の姓の湊屋 潤に戻りました。父も私が慢性腎不全で透析受けて居て、障害者であることを利用して、僕が原因と報告して勝手に仕事を休んでいたこともありました。出勤してると思って学校に電話したら、休まれてますよ?と女性教諭が出て笑われました。 父は組合員として日教組の一員でしたが、同和問題をやってきただの、さも大したことをやってきたように言っていて、子ども時代は信じていましたが、先日、松尾竹文さんが輿石って知ってる?と聞くと知らないと答えました。日教組は腐ってるとは思いますが、それなりに頑張った活動を本当にしていたら輿石幹事長を知らないのはありえない話です。 父の生き様も母の生き様も両方とも息子として恥ずかしいと思います。 今も父に厳しいことも言いながら関わってくださる松尾さんや息子を売るような事をあちらこちらで言って、問題を起こしまくってします。 私はそれでも元学校の教師かと言った事があります。そしたら、父は学校の教師退職してから何年も経ってるもんと答えました。 父の人格の為に松尾さんや僕が付き添わないと、父の共済病院の担当医が、小さな病院に転院して共済病院から出て行って欲しい状態にもなっています。松尾さんは辛い体に鞭打って父に付き添ってくださっています。 それなのに厳しい事を言う松尾さんや僕を介護施設やケアマネージャーなどに、貶めるような事を言ってまわっています。 日教組の人間ってどうなっているんでしょうか? 松尾さんから色々教えて貰わなかったら僕も日教組に染まってたのかなと思うと背筋が寒くなります。 そんな松尾さんは今月末に東京に行きます。大阪に行かれた時も松尾さんを殺そうとしている存在を感じて、空港で別れる時は、僕を見るのが最後であるかのような、涙を堪えた覚悟の顔で出発しました。 松尾さんが大阪で色々してきた後にテレビでも社会に大きな動きがありました。松尾さんが関わっているようです。今度東京に行くにあたって、今度が松尾さんの電話に殺すぞという、具体的な脅しの電話が沢山掛かってきたようです。松尾さんが大阪でなにをして、東京でなにをするつもりなのかは知らないのですが、生きて帰ってきて欲しいと思います。 松尾さんはきっと、子どもたちの笑顔や、社会的弱者とされている人たちのために命を捧げる覚悟なのだと思います。 松尾さんが帰って来なかったらどうしようと心配です。 神様の使いが松尾さんの行く先々に陣を引いて、松尾さんの心と体をあらゆる悪意・攻撃から守ってくださるように祈ります。 神様の御心に反しないなら、まだ松尾さんをこの世に留めてくださいますように。神様の判断、御心に委ねて祈ります。アーメン 転載元: 湊屋 潤のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/j37108/6555991.html
2011.09.10
松尾 竹文さまが、はるばる長崎からお越しくださいました♪http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21195046.html 毎度のご来店、また、ブログにご訪問くださいまして誠にありがとうございますm(_ _)mさて、平成23年3月1日よりメニューを一部リニューアルいたしまして、和風らーめんを誕生させました。お陰様で、お客様からうれしいお言葉を沢山頂戴いたしております。誠に、ありがとうございます!!お知らせでございますが・・・・当店のらーめんのスープですが、完全和風出汁でございます長年、愛されてまいりました「肉しめじうどん・そば」もございます♪↑肉しめじうどん経営者が変わったのかな??って噂が出てるそうです変わってませんよ~~~~お寿司・丼物・きつねうどん・たぬきそばは廃止させていただきましたそして!!!新たに!!!肉しめじらーめんを販売開始させていただくことになりました~~~~~~!!840円です♪どうぞ、宜しくお願い申し上げますm(_ _)mらーめんの通販もいたしております♪ootukichan630@yahoo.co.jp奈良県五條市西吉野町永谷571-1和風らーめん おおつき0747-33-0630転載記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/ootukichan630/29021872.html
2011.08.30

愛してるよ カズ 小児ガンと闘った母親と息子の愛の記録 長崎市浦上のカズ君は小児ガンに冒され、7歳で生涯を終えた。臨終の瞬間までを追ったドキュメント番組は、全国に衝撃と感動を与え、大反響を呼んだ。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21205011.html小さな生命スペシャル「愛してるよ、カズ 1」 小さな生命スペシャル「愛してるよ、カズ 2」 小さな生命スペシャル「愛してるよ、カズ」 3 一粒の種~合唱~ 砂川恵理歌「カズ愛してるよ」「俺も」の言葉には涙が止まらなかったです. ..? michetaso1018 1年前 9 除涙が止まらない。こんな小さい子でよく頑張ったとおもいます。この物語を命の授業で見たりしてます。? meetee1691 3 か月前 2 大切なことを教えてもらいました。 0830SY 2 日前 カズ君頑張ったね。カズ君に命の大切さを改めて教わりました。涙 なしでは見れません(T^T)? masayo0526 5 日前 命って大切なんだなぁ~って思いました。? C4281D 1週間前 自分がって考えたら? gin010101 1週間前 ネットではじめて泣いたそれも大泣き鼻水も止まらん? ponta60303 2 週間前 ヤクザが身障者のかたを利用し自分を美化し儲けるスタイルがはび こっております松雄も告発されておりますし、長崎のカトリック信者による散弾射 殺事件はわすれてはならないどころか真にカトリックをかんがえる ならば問題にすべきです? nikinikinikita 3 週間前 ダメだ・・・涙が・・・・・? mimi0203ful 1 か月前 久しぶりに泣きました? Monja600 1 か月前 こういう話・・・もう無理ですつらくて見ていられないないちゃった・・・? koutei774 3 か月前 何度見ても、涙が止まりません。命の大切さ、伝えることの大切さを考えさせられます。虐待で尊い命が失われるこの世の中。もっともっと命を大切にしたいですね。カズ君、大切なことをたくさん教えてくれてありがとう。? uenfam97 1年前 20 失うかもしれない現実に直面しないとそのものの大切さに気づけない...?人間とは悲しく愚かな生き物だな... cTMrCv5KgB5LAQyeOb1 1年前 6 この動画を観て様々な事を考えさせられます。僕にも一人息子がお り、かずさ君の両親の様に強くいられるか分かりません。かずさ君 の分まで世界の子供達が元気で過ごせるような世の中にしたいと思 います。かずさ君、家族からの愛を沢山受けて幸せだったよね!! !天国でゆっくり休んでください。? makino4735 4 日前 私は6歳と1歳の娘がいます。私だったらこんなに明るく闘病生活 送れるか自信ありません素敵な両親のもとに生まれて良かったね、短くても沢山愛されて、愛して、凝縮された幸せな一生だったよね 。カズ君今度は丈夫な体で生まれ変わってきてください。? ayaya923 2 週間前 長崎でこんな事があるなんて知らなかったなんでこんな小さなかわいい素直な子に病気が襲い掛かるんだろうなんで神様は短い命しか与えなかったんだろう自分が生きていていいのか分からなくなる? kanahaaam 2 週間前 8mama117 1 か月前 このコメントには否定的な投票が数多く寄せられました。 表示 非表示 悪いがこの親どうみても子供の顔とりあえず晒して自己満足してい るようにしか見えないわ ? マスゴミなんかに協力するヒマあったらなんかもっと思い出作って やれやバカ親が mochidukisakuya 1 か月前 医者は万能ではない。確かにそう思う。結果はどうあれ、彼のような先生に出会えたことはかずさくんにと ってもご家族にとっても幸せだったと思う。そしてかずさくんは天使だったね。昔も、これからも。? yoidukiyooboro 2 か月前 涙が止まりません。生まれ変わりの様な妹の花香ちゃんにはお兄ちゃんの分もたくさん経験をしながら笑顔で生きてって欲しい です。カズくんのご両親・ご家族様にはこれからも幸せでありますように 。? ash1025dog 3 か月前 この動画を見て輪廻転生という言葉が本当にあるんだと思いました 。涙が止まりません。? MsGuriguri 3 か月前 自分の息子にも「愛してる」「宝物だよ」とたくさん伝えて行きた いと思います。ありがとうございます。? komaemi 4 か月前 かずさ君は、いい両親のところに生まれとても幸せだったと思います。? Azunyanluv 5 か月前 返信 共有 削除 スパムの報告 ユーザーのブロック ユーザーのブロックを解除涙がとまらないです命の大切さをよく知りました? kanamokyu 5 か月前 涙が止まらないです... 本当に命の大切さを教えてくれるすごいな動画だと思います!!自殺が多い現代ですが、これを見てもう1度命の大切さについて考えてもらいたいです!!? miyu09161 6 か月前 なくなった息子さんは、お母さんにとって、「命」という言葉に感 激しました。あたしはこれから、どう生きるべきかわかった気がし ました? big24kg 7 か月前 命の大切さがわかりました。号泣しちゃいました・・・? Azunyanluv 7 か月前 失うかもしれない現実に直面しないと?そのものの大切さに気づけない... 人間とは悲しく愚かな生き物だな... cTMrCv5KgB5LAQyeOb1 1年前 6 何度見ても、涙が止まりません。命の大切さ、伝えることの大切さを考えさせられます。虐待で尊い命が失われるこの世の中。もっともっと命を大切にしたいですね。カズ君、大切なことをたくさん教えてくれてありがとう。
2011.08.29
松尾 竹文さまが、はるばる長崎からお越しくださいました♪ http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21195046.html長崎から、わざわざ「松尾 竹文」さんがお越しくださいました。 竹文さんとは、お店のブログを始めたころに ブログを通じて、知り合い、そして、お友達にもなっていただき うれしかったこと、楽しかったこと、また、悲しかったことも 自分のことのように、喜び・悲しみ そして、いつも幸せな日々を祈りの風にのせて 長崎から、応援してくださいました。 そんな竹文さんだったのですが・・・・・ 昨年、右腕を大火傷してしまいまい 一時は、命を落とすかもしれない日々が、幾度もありました。 そして、右足の骨折・・・・ しかし、見事ご回復なされまして ブログにも、ご復帰されることができました。 「おおつきさんに会いたいので」 長崎から、会いにいきます。 その言葉の裏には、自分の命がそう長くないから・・・・ この世を去る前に、会っておきたい人がいる。 こんな僕に、竹文さんはそう言って 長崎からはるばる、お越しくださいました。 大阪観光をなされて、その後 午後3時に、JR五條駅にお迎えに行くお約束でした。 午後3時にお迎えにあがりますと 竹文さん、すでにご到着されておりました。 1時間早く、お着きになられていたそうです・・・・ 竹文さん、ほんとにすいませんでしたm(_ _)m はるばる長崎から、お越しくださったのです お店を早く閉店しておき 竹文さんをお迎えすることにしました。 五條駅から家に向かう車の中で 段々と町から田舎へと変わっていく風景に 竹文さんは、たいそう喜ばれておられました。 家に到着、家族が出迎え 竹文さん、僕の家族にもとてもご丁寧に ごあいさつをしてくださいました。 お土産もたくさんいただきました♪ 長崎のカステラ 長崎物語(お菓子) 竹文さんが、弟のように慕っておられます 湊屋 潤さまからのお土産もいただきました。 韓国製の味付け海苔 そして!!! 長崎皿うどん!! 実は、この太麺は、入手困難な品だそうです。 わざわざ、竹文さん・・・ご友人さまにお願いして お取り寄せくださったのです♪ 大阪は、鶴橋の手作り「韓国キムチ」 大阪市内をご観光されておられて 通天閣を最後に、五條駅へ向かうつもりが・・・・ 男の人の声で 「竹文さん、すまんが・・・・鶴橋に行って、本場のキムチを買ってあげてもらえないか・・・・」 竹文さんのそばには、誰もいなかったそうです・・・・ 背中を押されるように 竹文さんは、地下鉄に乗らず 大阪環状線で、鶴橋に向かい 韓国キムチを買って、また、そのお店の方が とても親切で、たくさんおまけしてくださったそうです。 天辻へ向かう車のなかで 僕も嫁も、キムチが大好きで いつか、本場のキムチを鶴橋に買いに行きたいと想っていたことを お話しさせていただきますと 竹文さんから、その不思議なお話が・・・・・ 実は、5年前に亡くなった親父も、韓国のキムチが 大好物だったんです。 竹文さん曰く 天国のお父様が、おおつきさんご夫婦が、韓国のキムチが食べたがっているから 僕に買ってあげて欲しいと・・・・ そう言われたのかもしれませんね・・・・ ニコニコされながら、鶴橋に行って買ってきてよかった~~~~。 僕と嫁も、ほんとに感激でした。 お夕食に兼、竹文さんの歓迎会に キムチをいただきました。 ほんとに、美味しかったです。 そして、たくさん買ってきていただいて、晩酌の楽しみが増えました♪ 夕食前に、車で3分ほどのところにある ロッジ 星のくにさまの温泉へ 男同士、裸になり それは、心もすべて裸となって お互いの思いをお風呂で話しました。 夕食をいただきながら、家族ともワイワイ そして、竹文さんのまっすぐなお志に 家族全員、ほんとに大切なことを教えていただくことが出来ました。 そして・・・・ 竹文さん・・・・・ 親父の仏壇に手を合わされ・・・ 「どうか、おおつきさんをお守りください・・・・」 そして、その目には涙が・・・・ これは、ふたりでお話しさせていただいていたときもでした・・・ 竹文さん・・・もう先が短いからなんて言わないでください 竹文さん、あなたはこの世にまだまだ必要な方なんですよ!! もっともっと、僕たちに教えていただかなければいけないことがあります!! ですから、自分に負けないでください。 あなたがいるから、あなたのお陰で、助かってきた元気になった 生きる希望を取り戻すことが出来た人たちがたくさんいます。 そして、これからもその人たちのためにも、生きて欲しいです!! 僕の思いを伝えました。 これは、母も同じことを竹文さんに言いました。 竹文さん、涙をながしながら・・・・ 「ありがとう!!!ほんとにありがとう!!!」 明くる朝 親父のお墓参りにも行ってくださるとのことで これは、お越しくださる前から、仰ってくださっていました。 車で30分、父のお墓へ 竹文さんとお参りしてきました。 たくさんのお花を、お墓に供えてくださいました。 お墓参りから帰ってきて お店は、臨時休業させていただいておりましたので 母が、竹文さんとお話に 「竹文さん、あなたは、武士の心をお持ちです。 あなたのような方は、ほんとにいませんよ。 ですから、自分に負けることなく生きてほしいです。 そして、今のこの世の中を真っ当な方向へと導くために もう寂しいことは言わないで、前向きに生きていただきたいです!!」 この母の言葉に、竹文さんは心が 今までの考え方から、変わったと 何度も仰られていました。 楽しみにされていた(肉しめじラー油らーめん) らーめんもお食事いただきました。 美味しい!!これは、美味しいです!!! 長崎の自宅宛・湊屋さま宛にも らーめんをお買い上げくださいました。 ふりかけ・ラー油・ねぎ味噌・ニラ味噌もお買い上げいただき 料金以上に、お心を頂戴いたしまして ほんとに、竹文さんには、なんとお礼を言えばいいのか・・・・ 午後12時半 竹文さんを、JR王寺駅までお送りさせていただきました。(車で1時間半) 途中、名物の柿の葉寿司をお土産に ヤマトの柿の葉寿司へ 僕たち家族の分まで、買っていただきました。 もう・・・・・ほんとに竹文さん・・・・申し訳なかったです・・・・・ 午後2時50分 JR王寺駅改札に到着。 午後3時5分発、JR大阪駅行きの大和路快速で 改札入り口で とうとう、竹文さんとのお別れのときです・・・・・ 何度もかたい握手を交わし 「おおつきさん、また、来るけんね!!!!」 その言葉に、涙をこらえながら・・・・ 竹文さんは、改札を通り、電車のホームへ 僕は、すぐさま、町営駐車場の自分の車のところへ走りました。 5階に駐車していました。 それは、そこから、竹文さんの乗る電車が見えるからです。 駐車場に到着したら 午後3時でした。 そして、午後3時5分 竹文さんの乗る電車が到着。 王寺駅を出発しました。 こらえていた涙が、溢れてきました。 「竹文さん!!!!!ほんとに、ありがとうございました~~~~~~!!!」 段々と見えなくなる列車に、僕は手を振りました。 また、会える日を、そして、竹文さんへの感謝の心を 天辻の風にのせて・・・ 長崎へ・・・・ 竹文さん・・・ほんとにありがとうございました!!!!http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21195046.html
2011.08.28
み 平和を長崎から・死にたくないとの叫び http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21034903.html 一粒の種 (一粒の種を世界へ) 例え僕が帰天しても僕にほんものを教えてくれた西成の釜ヶ崎をみつつけるぞ!! これ以上僕の大切なおっちゃんなどをくるしめるやつは、ほんまい許せんで!!しっかりと覚えとけ"" 一番ショッキングな事件は、1983年、横浜の山下公園で起きた事件です公園で野宿していた労働者が、中高生に襲撃され、殺された事件です。少年たちが、労働者をカゴに入れ、蹴とばして殺してしまいました。殺された労働者は、もと横浜寿町の日雇労働者でした。そこで寿にある日雇労働組合の労働者が、この事件の意味を知ってもらおうと近辺の中学校にビラを配布しました。すると学校の教員たちが、校門のところに立ち、子どもたちにビラを受け取ることを拒否させ、すでに受け取った子どもには、それを用意したクズ篭にすてるよう指導しました。さらに配り続けると校長先生が、警察に連絡するという一場面もありました。これが、13年前の野宿する労働者に対するマスコミも含めての社会の対応でした。それから13年、中学校での実践報告を聞いて少しは変わったのかとも思いました。そして今回の10月18日の藤本さんの事件です。じゃあ、この間、この種の事件はなかったかと言えば、前に申しあげましたように続発していると言っても過言ではありません。とくに寄せ場とその周辺でしきりに起こっています。何月何日、どことは一つ一つ申しあげませんが、子どもたちが、野宿する労働者を襲撃した事件は、枚挙にいとまがありません。東京・山谷ではどうか。中学生たちが、野宿する労働者の髪の毛にライターで火をつけた事件が、山谷のすぐ近くの浅草で起こっています。名古屋では、中学生が野宿する労働者をバカにしました。怒った労働者が中学生を追いかけ怪我をさせました。すると怪我をさせた労働者が刑事犯として裁かれると言う事件も起きています。釜ヶ崎ではどうでしようか。1983年の事件が起きたあとの1985年夏、釜ヶ崎はどうかと釜ヶ崎周辺で遊ぶ子どもたちの実態調査をしました。実態調査をして大変びっくりしました。小・中学生が、釜ヶ崎の公園や路上で休んでいたり昼寝している労働者に、あるいは野宿する労働者にいろんな悪さをしていることがわかりました。つばをかけた・ビンをぶつけた。バカヤローと言った。ケトばした。また日本橋の方では段ボールを集めて生活していた労働者が、夜寝ているときその段ボールに火をつけられ全身に火傷するという事件もありました。新聞やテレビでも報道されましたが、1986年10月には、大阪の四天王寺境内で、3人の中学生が野宿する労働者をエアガンで至近距離からうつ事件も起きています。これについてはあとで少し詳しく申しあげます。福岡でも起きています。1988年1月、やはり野宿生活をする人が、中学生グループから石をなげつけられ、抗議して中学生たちを怪我させるというものです。とにかく寄せ場とその周辺で事件が続発しているのです。四天王寺境内の事件とは、マスコミもとりあげましたが、遠い原因は、近くの天王寺公園で行われた1987年の「天王寺博覧会」にあります。大阪市は、博覧会開催のために会場の天王寺公園で工事をはじめました。当然、公園を利用していた労働者や野宿を強いられていた労働者は公園を追い出され、近くの四天王寺境内に避難しました。多いときは一00人近くいました。その労働者を中学生がエアガンで襲撃して、こううそぶいたのです。「抵抗しないから面白い」。天王寺公園は、1903年内国勧業博覧会の跡地として出発しました。このときに、実は、釜ヶ崎が出来たのです。会場の沿線に住むスラムの人々が、博覧会に行く天皇のめざわりだと強制的に今の釜ヶ崎に移住させられました。それから約80年、博覧会のために公園を利用していた労働者が排除されました。王寺公園を、日中は労働者が自由に使っていました。歌をうたったり、昼寝したりです。博覧会のテーマは、「いのちいきいきー人・いきものの共存をめざしてー天王寺博」でした。どうも大阪市の考え方では、釜ヶ崎の労働者のいのちは、対象外にみえます。工事のために追い出され、さらに博覧会後は、グレイドの高い公園にするといってまた閉鎖されました。そして公園が再開されたときは、有料化されていました。グレイドの高い公園にし、有料化しこれまで自由に出入りしていた釜ヶ崎の労働者の排除に成功しました。そんな過程で実は、四天王寺境内のエアガン事件は起きたのです。大人社会が、野宿する労働者を襲撃することを奨励しているとも言えます。だからこそ、事件後、子どもたちが「抵抗しないので面白い」などと言えるのです。子どもたちが独立して事件を起こしているのではなく、今の大人社会がこの結果を生みだしていると見るべきです。くり返し、くり返し起こって来るのは、そのためです。抗議の声も小さくて、なかなか防ぐことが出来ません。 少々、手前味噌の話になりますが、1983年の横浜の事件のあと、子どもたちの実態調査をふまえて、少しでもいい方向に事柄が進むことを願って、子ども夜まわりを1986年の冬からはじめました。夜まわりのねらいは、子どもたちが、釜ヶ崎労働者を全く知らない、知らないからさきに指摘したようなことが次々と起こると考えたからです。子どもが、直接、野宿する労働者と出会い、知ることによって、それが防げないかと考えました。子ども夜まわりは、労働者との出会いだけでなく、事前の学習会を通して、フィリピンの子どもやアイヌ民族の人々との出会いなども生まれました。しかし、この間、子どもたちを取り巻く状況はあまり変わりませんでした。たとえば、釜ヶ崎のすぐ近くの小学校ではビックリ箱事件という出来事がありました。小学校の付近に廃品回収で生活している労働者が段ボウルハウスで寝起きしていました。学校へ行く途上、小学校の高学年が低学年生に命じました。段ボウル箱に石を投げなさいと。石を投げると中の労働者は、ビックリして飛び起き首を出します。それが丁度ビックリ箱ににていて面白い。この事件は、労働者自身が学校に抗議することで明るみになりました。実は、その小学校は、同和教育に熱心なんですが、日雇労働者や野宿する労働者の人権には、目がとどいていないことがわかりました。これは、例外ではなく、一般の状況は、もっと悪い、差別的といえましよう。小学校の状況なども、やはりそこで働く教員たちの意識とも深く関係しています。 天王寺区、浪速区、西成区の行旅死の記録をまとめたものです。この記録は、わたしたち、とくに子どもの里のスタッフが、西成区役所や官報を参照して作ったものです。おわかりのように行旅死は、西成区だけでなく天王寺区、浪速区でもありますが、西成区がダントツに多いことは、一見してわかります。表の中で、空白になっているには一応は行旅死亡扱いだったんですが、あとで身元がわかり引き取り人があったためです。その数を含めると三つの区で年間100人近くになります。釜ヶ崎や浪速区の地理に詳しい人はお分かりと思いますが、死者の発見場所が、非常に人通りの多いところ、あるいは公園ということです。これはなにを意味するでしょうか。人が路上で寝ていてもあるいは死んでいても人々は関心を示さないと言うことです。西成労働福祉センター、大阪医療センターという病院の前でも亡くなっています。市立更生相談所という釜ヶ崎特有の福祉事務所の近くでも亡くなっています。わたしたちは人知れずひっそり死んでいくと言いますが、釜ヶ崎ではそうではないのです。公の施設の周辺で死んでいきます。しかし、マスコミもこの大事件には注目しません。最近も一人の人の死が新聞の一面で大きく取りあげられましたが、釜ヶ崎では何十人、何百人という行路死亡がでても話題にのぼりません。これは、一体なんだろうかと考えざるを得ません。行路死亡と行旅死亡は、似ていますが法律上はちがいます。行旅死亡は、法律用語で、かりに路上で死亡し、身元を引き取る人がいない場合を言います。行路死亡は、一般に言う行倒れです。行路死亡人の中に何人かのこう旅死亡人がいるわけです。その行旅死亡人は約100人ですが、行路死亡を入れるとそれこそ保健所などが示す数では年間五00人は越えています。野宿していたままの死、野宿していて救急車で運ばれ病院で死ぬ、あるいはドヤで死ぬなど、形態はさまざまです。この野宿した結果、死に至る人たちに共通するのは失業です。さらに病弱、障害、高齢がそれに加わります。釜ヶ崎キリスト教協友会は、活動のはじめから、さきにあげた病弱、障害、高齢の労働者に目をむけて活動してきました。ですからはじめのうちは、元気な労働者から協友会は「もう少し元気なわしたちのことにも取りくめ」と言われて来ました。正直なところそこまで手がまわらないのも事実です。 野宿や路上生活がなぜ死と結びつくかを1-2の例をあげてみます。一つは医療のことです。ここにあります「日雇労働者Mさんの死をムダにしないためにー釜ヶ崎の救急病院大和中央の実態」を紹介しながら、釜ヶ崎の医療の一端にふれてみます。このパンフについては、配られた「連絡会ニュース」にも大中闘争資料集ついに発刊と紹介されています。 大阪西成大和中央病院問題 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21051868.html
2011.08.13
教皇ヨハネ・パウロ2世 広島『平和アピール』 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20957245.html「悲惨な現実に目を」 浦上天主堂追悼ミサ http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21028703.html 福岡のFMで平和特別番組 本県民放の元アナら http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21028745.html 平和学んで復興の力に 福島・いわき市の中学生 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21028799.html 原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21029307.html 「長崎を最後の被爆地に」=キャンドルともし平和願う http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21030987.html9日に考える地元佐世保市長と平和市長会議 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21026875.html永井博士・『いとし子よ』の中の「鳩と狼」 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20957507.html
2011.08.11
「悲惨な現実に目を」 浦上天主堂追悼ミサ http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21028703.html 福岡のFMで平和特別番組 本県民放の元アナら http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21028745.html 平和学んで復興の力に 福島・いわき市の中学生 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21028799.html 原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21029307.html 「長崎を最後の被爆地に」=キャンドルともし平和願う http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/21030987.html
2011.08.10
永井隆「長崎の鐘」に思ふhttp://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20650872.html あの日、イクリの実を皿に盛って、母の姿を待ちわびていた誠一(まこと)よ、カヤノよ。お母さんはロザリオの鎖ひとつをこの世に留めて、ついにこの世から姿を消してしまった。 そなたたちの寄りすがりたい母を奪い去ったものは何であるか? -原子爆弾。......いいえ。それは原子の塊である。そなたの母を殺すために原子が浦上へやって来たわけではない。 そなたたちの母を、あの優しかった母を殺したのは、戦争である。中略) 戦争が長びくうちには、はじめ戦争をやり出したときの名分なんかどこかに消えてしまい、戦争がすんだころには、勝ったほうも負けたほうも、なんの目的でこんな大騒ぎをしたのかわからぬことさえある。そうして、生き残った人びとはむごたらしい戦場の跡を眺め、口をそろえて、 -戦争はもうこりごりだ。これっきり戦争を永久にやめることにしよう!そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、なんとなくもやもやと戦争がしたくなってくるのである。どうして人間は、こうも愚かなものであろうか? 私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。憲法の第九条は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と決めている。どんなことがあっても戦争をしないというのである。 わが子よ-。 憲法で決めるだけなら、どんなことでも決められる。憲法はその条文どおり実行しなければならぬから、日本人としてなかなか難しいところがあるのだ。どんなに難しくても、これは善い憲法だから、実行せねばならぬ。自分が実行するだけでなく、これを破ろうとする力を防がねばならぬ。これこそ、戦争の惨禍に目覚めたほんとうの日本人の声なのだよ。しかし理屈はなんとでもつき、世論はどちらへでもなびくものである。日本をめぐる国際情勢次第では、日本人の中から憲法を改めて戦争放棄の条項を削れ、と叫ぶ声が出ないとも限らない。そしてその叫びが、いかにももっともらしい理屈をつけて、世論を日本再武装に引きつけるかもしれない。そのときこそ、......誠一よ、カヤノよ、たとい最後の二人となっても、どんなののしりや暴力を受けても、きっぱりと「戦争絶対反対」を叫び続け、叫び通しておくれ! たとい卑怯者とさげすまれ、裏切者とたたかれても、「戦争絶対反対」の叫びを守っておくれ! 敵が攻め寄せたとき、武器がなかったら、みすみす皆殺しにされてしまうではないか?-という人が多いだろう。しかし、武器を持っているほうが果たして生き残るであろうか? 武器を持たぬ無抵抗の者のほうが生き残るであろうか? ......(中略)狼は鋭い牙を持っている。それだから人間に滅ぼされてしまった。ところがハトは、何ひとつ武器を持っていない。そして今に至るまで人間に愛されて、たくさん残って空を飛んでいる。如己(にょこ)堂にも巣をかけた一つがいがいる。 ......愛されるものは滅ぼされないのだよ。愛で身を固め、愛で国を固め、愛で人類が手を握ってこそ、平和で美しい世界が生まれてくるのだよ。 いとし子よ。敵も愛しなさい。愛し愛し愛しぬいて、こちらを憎むすきがないほど愛しなさい。愛すれば愛される。愛されたら、滅ぼされない。愛の世界に敵はない。敵がなければ戦争も起らないのだよ。
2011.08.03
長崎からはるばる、お越しくださいます。http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20889993.html 「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。」 戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。 もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。 この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。 広島市長をはじめ、ここに集まられた友人の皆さん、私の声に耳を傾けているすべてのかたがた、私のメッセージが届くすべてのかたがたに申します。1.本日、わたしは深い気持ちに駆られ、「平和の巡礼者」として、この地にまいり、非常な感動を覚えています。わたしがこの広島平和記念公園への訪問を希望したのは、過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことだ、という強い確信を持っているからです。 この地上のありとあらゆるところに、戦争のもたらした惨事と苦しみのゆえに、その名の知られている場所が数多く、あまりにも数多く、存在しています。それは、人類の犯した悲しむべき行為だといわねばなりません。戦勝記念碑-- それは一方の側の勝利の碑であると同時に、数多くの人々の苦しみと死を物語るものです。国のために命を落とした人々、崇高な目的に命をささげた人々が横たわる墓地があります。同時に、戦争のもたらす破壊の嵐の中で命を失った、罪のない一般の人々が横たわる墓地もあります。強制収容所や死体処理場の跡-- そこでは、人間と侵すべからざる人権とがいやしめられ、野卑と残酷とが最も強く表されたところでした。戦場-- そこでは、自然が慈悲深く地上の傷をいやしていますが、人間の憎悪と敵意の歴史を消し去ることはできません。こうした数多くの場所や記念碑の中でも、特に広島、長崎は、核戦争の最初の被災地として、その名を知られています。 あの陰惨な一瞬に生命を奪われた、数多くの男女や子供たちのことを考えるとき、私は頭をたれざるをえません。また、身体と精神とに死の種を宿しながら、長い間生き延び、ついに破滅へと向った人々のことを思うときにも、同様の気持ちに打たれるのであります。この地で始まった人間の苦しみは、まだ終わっていません。人間として失ったものが、全部数え尽くされたわけではありません。人間の考えやものの見方、ないし人間の文明に対して、核戦争がもたらした実害を目のあたりにし、将来の危険性を考えるとき、特にそうした想いに駆られるのであります。2.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。広島市の皆さんは、最初の原子爆弾投下の記念碑を、賢明にも平和の記念碑とされました。わたしは、この英断に敬意を表し、その考えに賛同します。平和記念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、「自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ」という信念を力強く表明しました。この広島でのできごとの中から、「戦争に反対する新たな世界的な意識」が生まれました。そして平和への努力へ向けて新たな決意がなされました。 核戦争の恐怖と、その陰惨な結末については、考えたくないという人がいます。当地でのできごとを体験しつつも、よく生きてこられた人々の中にさえ、そう考える人がいます。また、国家が武器を取って戦い合うということを、実際に経験したことのない人々の中には、核戦争は起こりえないと考えたがる人もいます。さらに、核兵器は力の均衡を保ち、恐怖の均衡を保つため、いたし方のないものだとする人もいます。しかし、戦争と核兵器の脅威にさらされながら、それを防ぐための、各国家の果たすべき役割、個々人の役割を考えないですますことは許されません。3.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています。 核兵器は依然として製造され、実験され、配備されつづけています。全面的な核戦争の結果がいかなるものであるか、想像だにできませんが、核兵器のごく一部だけが使われたとしても、戦争は悲惨なものとなり、その結果、人類の滅亡が現実のものとなることが考えられます。わたしが国連総会で述べたことを、ここに再び繰り返します。「各国で、数多くのより強力で進歩した兵器が造られ、戦争へ向けての準備が絶え間なく進められています。それは、戦争の準備をしたいという意欲があるということであり、準備がととのうということは戦争開始が可能だということを意味し、さらにそれは、あるとき、どこかで、なんらかの形で、だれかが世界破壊の恐るべきメカニズムを発動させるという危険を冒すということです。」4.過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。人類は、自己破壊という運命のもとにあるものではありません。イデオロギー、国家目的の差や、求めるもののくい違いは、戦争や暴力行為のほかの手段をもって解決されねばなりません。人類は、紛争や対立を平和的手段で解決するにふさわしい存在です。文化、社会、経済、政治の面で、さまざまな発展段階にある諸国は、多種多様の問題をかかえており、そのために、国家間の緊張や対立が生じています。こうした問題は、国家間の正当な協定や、国際機関のよって立つ、平等と正義という倫理原理に添って、解決されねばなりません。それは、人類にとって肝要なことです。国内秩序を守るために法が制定されるように、世界の国々には、国際関係を円滑にし、平和を維持するための法制度が作り上げられなくてはなりません。5.この地上の生命を尊ぶ者は、政府や、経済・社会の指導者たちが下す各種の決定が、自己の利益という狭い観点からではなく、「平和のために何が必要かが考慮してなされる」よう、要請しなくてはなりません。目標は、常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。その道こそが、人間の尊厳を尊厳たらしめるものであり、人間の運命を全うさせるものであります。平和への道のみが、平等、正義、隣人愛を遠くの夢ではなく、現実のものとする道なのです。6.35年前、ちょうどこの場所で、数多くの人々の生命が、一瞬のうちに奪い去られました。そこで、わたしはこの地で、「人間性のため、全世界に向けて生命のためのアピール」を、人類の将来のためのアピールを、出したいと考えます。各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。 正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。 今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。 人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。 暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりとを持とうではありませんか。 この国のすべての男女、全世界のすべての人々に次のように申します。 国境や社会階級を超えて、お互いのことを思いやり、将来を考えようではありませんか。 平和達成のために、みずからを啓蒙し、他人を啓発しようではありませんか。 相対立する社会体制のもとで、人間性が犠牲になることがけっしてないようにしようではありませんか。 再び戦争のないように力を尽くそうではありませんか。全世界の若者たちに、次のように申します。 ともに手をとり合って、友情と団結のある未来をつくろうではありませんか。 窮乏の中にある兄弟姉妹に手をさし伸べ、空腹に苦しむ者に食物を与え、家のない者に宿を与え、踏みにじられた者を自由にし、不正の支配するところに正義をもたらし、武器の支配するところには平和をもたらそうではありませんか。 あなたがたの若い精神は、善と愛を行なう大きな力を持っています。人類同胞のために、その精神をつかいなさい。すべての人々に、私はここで預言者の言葉を繰り返します。 「彼らはその剣を鋤に打ちかえ、その槍を鎌に打ちかえる。国は国に向かいて剣を上げず、戦闘のことを再び学ばない」(イザヤ2・4)。神を信じる人々に申します。 われわれの力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。 神がわれわれの一致を望まれていることを知って、団結しようではありませんか。 愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか。最後に、わたしは自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。 神よ、わたしの声を聞いてください。それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろうすべての子供たちの声だからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜びを注いでくださるよう、祈ります。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしはすべての国、またすべての時代において戦争を望まず、常に喜んで平和の道を歩む無数の人々にかわって、話しているからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。 おお、神よ、わたしの声を聞いてください。そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。(広島にて 1981年2月25日)
2011.08.03
音声は下記アドレスからお聴きください。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20954222.html生徒ら命を考える活動継続 長崎・淵中、いじめ自殺から15年 1995年4月28日、当時2年の女子生徒が同級生のいじめを告発する遺書を残し飛び降り自殺した長崎市梁川町の市立淵中(把野義博校長、468人)で28日、「命を考える集会」があり、全生徒が「いじめをなくそう」と誓った。事件から15年が経過したが、「悲劇を決して忘れない」とたゆまない取り組みが続いている。 「命を考える集会」は事件翌年の96年4月から続く。ことしも命日の28日、昼休み前の4校時に全生徒が体育館に集合。把野校長と生徒代表は、女子生徒が3階から飛び降りて命を絶った現場に献花した。 いじめ根絶を目指す生徒会の自主組織「淵中いじめ対策委員会(FPKO)」は全生徒アンケートの結果を報告。「今年度に入っていじめられたと感じた」と回答した生徒が20人いた、と公表した。委員は「どんなに仲が良くても『死ね』『キモい』と言っては駄目」「寂しそうな友達がいたら積極的に話し掛けよう」と呼び掛けた。 さらに「楽しく学校に来る権利を奪ういじめという行為を絶対に許さない」などとする三カ条のアピールを全生徒で読み上げ、退場時に一人一人が折り鶴を現場にささげて集会を終えた。 「いじめを許さない」という淵中の取り組みは事件翌年の96年夏に本格化した。生徒会で「自分たちも何かすべきだ」と声が上がり、生徒総会でFPKOの設置を議決した。FPKOは生徒会執行部と学級委員で構成。毎年「命を考える集会」を企画して開催するほか、学期ごとにいじめアンケートを行い、日常から「いじめをなくそう」と呼び掛けている。 淵中独自の活動を守ろうと、事件以来6代の校長の間では、いじめ防止の取り組みについて必ず申し継ぎをしてきた。把野校長は「いじめは早期に発見し、しっかり対応することが大事。職員と生徒が意識を高め、少しでもゼロに近づけなくては」と話す。 自殺した女子生徒は「せめて28(女子生徒の誕生日)という数字を忘れまい」と悲痛な言葉を遺書につづっていた。事件が起きた年に生まれたFPKO委員長の中山絵里加さん(3年)は女子生徒に祈った。「先輩、私たちが必ずいじめをなくすから見守っていてください」 長崎新聞 松尾 潤
2011.08.03
鈴木君代さん 『ひょっこりひょうたん島』 ひょっこりひょうたん島のテーマ再び 大槌・町内放送を再開 作家・劇作家の故井上ひさしさんが手掛けた人形劇「ひょっこりひょうたん島」のテーマ曲が毎日流れていた岩手県大槌町で、東日本大震災以来途絶えていた町内放送が8月1日正午に再開される。当日はセレモニーが開かれ、音源を提供したジャズピアニストの小曽根真さんらも参加。住民が親しんできた音色の復活を祝う。 震災の津波で、ひょうたん島の音源は流失。井上さんと交流のあった小曽根さんが窮状を知り、音楽家仲間を集めて新たな音源を制作した。 テーマ曲を流す防災無線も21基が津波で流失したが、これまでに8基が復旧。一部地域ではまだ聞き取りづらいが、9月末までに全て復旧させ、町内全域でおおむね聞こえるようにする。 小曽根さんらが制作した音源は、原曲を軽快なテンポや叙情的なものなど、14通りにアレンジした。このうち町職員が選んだ7通りのアレンジ曲を毎日午前6時、正午、午後6時に日替わりで放送する。 1日のセレモニーは、午前11時50分から大槌町中央公民館前で開かれる。連絡先は町役場0193(42)2111。 作曲:宇野誠一郎 作詞:井上ひさし/山元護久波をジャブジャブジャブジャブかきわけて(ジャブ ジャブ ジャブ)雲をスイスイスイスイおいぬいて(スイ スイ スイ)ひょうたん島はどこへ行く僕らをのせてどこへ行く丸い地球の水平線に何かがきっと待っている 苦しいこともあるだろさ悲しいこともあるだろさだけど僕らはくじけない泣くのはいやだ笑っちゃおうすすめ ひょっこりひょうたん島ひょっこりひょうたん島ひょっこりひょうたん島
2011.08.03
昨日の夜。松尾 竹文さんから、久しぶりにお電話がありました。竹文さんとは、お店のブログを始めた3年前その頃からのお付き合いです。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77↑竹文さんのブログです。竹文さんは、ほんとに素晴らしい方です!!!ハウステンボスの存続運動。長崎の平戸沖での、漁船の沈没事故のとき身を粉にして、命がけの署名運動の結果国は重い腰をあげて、引き揚げ作業にまでに至らせたのは松尾 竹文さんのお陰です。ほんとに、いつもお優しいお言葉をおかけくださった竹文さんでした。しかし、大きな火傷を負われまして入退院の繰り返し、命を失うかもしれないくらいまで生死を彷徨われていたときもありました。そんな竹文さん。昨日は、電話で元気なお声をお聞かせくださいました。「おおつきさん、僕はもうあまり生きられないと思いますですから、その前におおつきさんにお会いしておきたいんです。」被爆症を発症されてしまったのです・・・・。竹文さんのご両親の親・叔父さん・叔母さんもその原爆で、お亡くなりになられてしまったそうです・・・・・。口には出せない・・・語りきれないご苦労をなされたに違いありません・・・・。自分の命を削ってでも、人のために尽くす精神。思いやり・優しさ・祈りの心。ほんとに、苦労されてこられたからでしょう・・・・・僕は、そんな竹文さんに、ほんとに感謝しています。8月8日、僕の家にお越しくださいます。「この世を去る前に、おおつきさんに会いたい」僕は、なんて幸せな人間なんでしょうか・・・・・ブログには、僕のお店のブログの書庫まで作っていただきほんとに、応援してくださりお手紙や韓国に行ったときは、お土産を送ってくださりほんとに、竹文さんから沢山の思いやりのお心を頂戴いたしました。今のところ、3日間ご滞在される予定です。僕は、竹文さんに、精一杯、ご恩返しをさせていただこうと思っています。感謝する心・優しさ・祈り長崎からの風にのって、天辻に吹く風には竹文さんの思いやりが込められていると・・・・・竹文さん、お待ちしています!!ほんとに、お会いできる日を楽しみにしています!!!!
2011.07.27

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20640534.html
2011.07.02

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/folder/32618.html
2011.06.01

Good Friday Concert~あなたへのメッセージ 十字架の愛をキリストの愛をお伝えします。 お話されるのは、僕の友人のイザヤ木原真牧師です。Good Friday Concert~あぁエルサレム~十字架を背負って http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/20013790.html
2011.05.06

イエスキリストのご復活 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19879960.html
2011.04.23

Good Friday Concertを旧香港上海銀行で行いました。今回のコンサートの模様は、映像でどんどんアップしていきます。ぜひ、ご覧ください。まずは、1曲目「ジーザスクロス」です♪さらに、横田由美子牧師の証しと、「十字架の愛で」「わが罪のために」に続きます。http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19876103.html
2011.04.23
私たちは日常生活で、 よく恐れに出会います。 その恐れが何処から来るのか。 原因は何か。 解決はどうすればよいのか。 迷うことが多いでしょう。 今日の福音によると、 弟子たちはイエスから離れた時 恐れを抱き、 イエスを迎え入れた時 恐れが消えます。 しかし私たちが恐れと出会った時、 イエスのことを考えるのは なかなか難しいときがあります。 そのような時には、その恐れの内に 解決の糸口を探そうとしてしまいます。 私たちが常に イエスがともにいることを思い起こし、 恐れを超えていくことができますように。
2011.04.23

2011/4/24 復活の聖なる徹夜祭(白) 第一朗読 創世記 1:1第一朗読 創世記-1:31、2:1-2:2 初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である。神は言われた。「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」そのようになった。神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」そのようになった。地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。夕べがあり、朝があった。第三の日である。神は言われた。「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ。」そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。夕べがあり、朝があった。第四の日である。神は言われた。「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」夕べがあり、朝があった。第五の日である。神は言われた。「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。 天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。 第二朗読 ローマの信徒への手紙 6:3-6:11 それともあなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。死んだ者は、罪から解放されています。わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません。キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。 福音朗読 マタイによる福音書 28:1-28:10 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。黙想のヒント 四福音書が、 女性の弟子たちだけが墓に行って 空の墓を見つけた話しを記述しており、 しかもそこには 十二使徒と他の男性の弟子たちが まったく描かれていないことは、 大変意義深く、 正直な記録であったと言える。 なぜなら当時女性の証が差別され、 認められていなかったからである。 ここでは女性の弟子たちが 真の弟子のモデルとして描かれる。 イエスの復活祭にこそ 彼女たちの姿を黙想し感謝したい。 ナザレのイエスへの愛情が、 マグダラのマリアを始めこの夫人たちを イエスの墓に向かわせた。 空の墓との"出会い"において 彼女たちは神自身が、 ただ神だけがイエスを通じて、 いまだかつて誰にも出来なかったことを 実現してくださったことを 見て、信じた。 私たちの復活信仰の原点は? 神の使いたちが 「恐れることはない。 十字架に付けられた イエスを探しているのだろうが、 復活なさったのだ。 そして、あなた方より先に ガリラヤに行かれる。 そこでお目にかかれる」と。 神が死と憎しみに打ち克つ新しい命を イエスに与えてくださったのだ。 この命とアガペーの神は 彼女たちを、恐れながらも大いに喜び、 急いで弟子たちに復活の喜びのニュースを 知らせに行く勇気を与えた。 「"あなた"のガリラヤへ行って」。 あなたが人生の中であのイエスに 最初にであったときの原点へ戻りなさい。 もう一度、彼があなたに示された アガペーと憐れみの道を歩みなさい。 そして、仲間たちが集まっている所で 「本当に主は復活して、シモンに現われた」と 互いに知らせ合いましょう。 それが新しい命につながる道である。 アレルヤ 復活祭おめでとう!
2011.04.23

心を暗くするものは何でしょう。・・・行く先の不安、憂うつな気分、人間関係の重荷、あやまちや失敗からくる悔い、病や死の悲しみ・・・。 復活されたキリストは、人を慰め励ます方です。絶妙な仕方で人間に同伴してくださいます。そして、人間の弱い部分、暗い部分、病んでいる部分に働きかけてくださいます。 このキリストにつながるとき、何を心配する必要があるのでしょう。キリストは、人間の死さえも打ち破られました。私たちの傷も病いも癒される保証があります。 人間を徹底的に受け入れ、とことん愛してくださる神を知ったのですから、喜ばずにいられません。何か明るさが届いてきます。 その明るさに包まれていられるよう、願っていきましょう。
2011.04.23

「わたしが来たのは、彼らが命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」とイエスは言われました。そして命のパン、生ける水を与えることを約束してくださいました。イエスが与えてくださるパンは、世に命を与えるパンであって、それを食べる者は決して飢えることがありません。またイエスが与えてくださる水は、その人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出ます。 これらの賜物は、全ての人が生き生きと毎日の生活を送るためです。生き生きと生きるということは、今の季節を見ればよく分かると思います。 冬が終わり、自然界は生命力にあふれています。どこに行っても緑が目に映ります。青草が生え、木の枝には葉がつきます。公園にも道端にも色とりどりのつつじがきれいに咲いています。すべてが生き生きしています。子供たちも、公園や運動場で笑ったり走ったりして遊んでいます。いつまでも疲れる様子を見せません。のびのび生き生きしています。 自然にも人間にも宿っている生命力の何とすばらしいことでしょう。神は、人間が豊かに生きるために宇宙を作ってくださったのです。それなのに、人間は命を育むよりも命を奪っています。自然を破壊し、戦争で人を殺しています。 イエスの命に生かされて、自然と人間の豊かさを保ちたいと願わずにはいられません。
2011.04.23

昔ちょっと風変わりな友人がいました。彼は、失敗しても不幸にあってもいつも満たされた気持ちで生活していました。その満たされた気持ちを表すために、彼は名刺を作りました。そこには肩書きの代わりに「安らかに暮らす人」と書かれていました。 彼は度々こう言っていました。「僕はどんな不幸にあっても、心穏やかに生きることができるんだ。なぜなら、僕にはすばらしい世界を見ることのできる目があるから。この目で、夜明けと夕暮れ、青空と高い山、花や青草、そして子供が遊んでいる様子や日向ぼっこをしている老人の姿を見ることができるんだ。それに僕は、心安らぐ音を聞くことのできる耳も持っているんだ。この耳のおかげで、小鳥のさえずりが聞こえるし、若者の笑い声も聞こえる。そして僕は、家族や友だちを愛する心も持っているよ。この心は、周りにいる小さな生き物の生命をも感じることのできる心なんだ。」また時に、彼はこうも言いました。「確かに、いつも居眠りをしていて何も見えない人もいるでしょう。人の厳しい顔や醜いものしか見えない人もいる。うるさい声や人のけんかする声しか聞こえない人もいるでしょう。しかし、この人たちは不幸な人だ。」 彼が幸せな人生を送った理由はここにあるような気がします。彼は心と体、全身で日常の小さな喜びを味わっていました。そして、人生が終わった後でイエスが永遠の安らぎへと迎えてくださる、という確信を持っていました。それはイエスの言葉を信じていたからだと思います。「わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」(ヨハネ16・22b)
2011.04.23

多くのキリスト教系の学校の卒業式では、ヘンデルの「メサイヤ」のハレルヤ・コーラスが、式のクライマックスとして歌われています。それは、卒業生たちが神の恵みによってこそ、これまで何らかの成果をおさめることができ、更にこれからの新しい生活に進むことができると考えるからです。旧約聖書の詩編には、ハレルヤという言葉がたびたび出ますが、新約に入ると、それは自然にキリストの復活にあてはまります。イエスは立ち上がられました。それによって、私たちはあらゆる罪と悪から救われたのです。弱さのために転んだ者には、勝利者であるイエスが「恐れることはない」と言い、倒れた者には、立ち上がられた主が一緒に立ちあがるように招きます。ハレルヤ・コーラスは歓迎と勝利の叫びです。私たちは死の恐れからさえ救われたのです。歌詞は何回も繰り返されます。「王の王」、「主の主」‥‥! 私たちも永遠の勝利に加えられるのです。熱心なキリスト者だったヘンデルは復活のメッセージをよく悟っていました。ハレルヤ・コーラス(アレルヤの合唱)こそ、この復活節の間いつも心の深いところで響かせたいものです。
2011.04.23

数週間前まで、裸だった樹々が、今は見ちがえるばかりです。したたるような緑の葉が枝々にあふれています。冬にはイメージが浮かびそうもなかった花々を、咲きほころばせているものもあります。心の世界にも同様なことが生まれます。 神の恩恵は、キリストの復活という形にまでなって現れました。愛を分け与えようとする神のまな子になったイエスでしたから、神のいのちが充満し、復活に至ったのだと思われます。 甦ったいのちを見つめてみましょう。そこには、生気があふれます。躍動が湧き出します。温かさがみなぎります。こうして、固く冷えていたものは、その古い殻をやぶって、新しさをほとばしらせます。 キリストと同じ歩みを行うとき、人は、狭く、内向きで冷ややかな心ではなく、広く他者に向かって、たえず新しい何かを生み出します。そして、自分も新しくなります。 古い人を抜け出し新しくなる人の喜びは、いのちの豊かさに育まれる喜びです。 愛すること--いのちが豊かになること--新しい人となってゆくこと--喜びが増すこと、という展開が自分の中に生み出されますよう祈りたいものです。
2011.04.23

遠藤周作は若い時、キリスト教に反発を感じていました。当時のキリスト教は、十戒を中心とした道徳的な倫理として紹介される傾向にあったので、そうした反発は当然だったかもしれません。しかし中年を過ぎる頃、彼のキリスト教に対するとらえ方は変えられてきました。そして、日本人にこそキリスト教は必要なものではないかと思い始めました。それは、日本文化には復活思想というものがないのに対して、キリスト教ではイエス・キリストが復活したというところにその本質があるからです。 「復活」という言葉は、誤解されやすい表現ではないかと思います。「復」という文字のために、死ぬ前と同じ体の状態に戻ると思われがちです。原文の正しい訳はむしろ、「立ち上がられた」ということです。イエスが、墓からも死からも立ち上がられた。そして、前の体の状態よりももっと高い、輝かしい永遠の命に挙げられたということです。イエスは、死に打ち勝って永遠に生きておられるのです。私たち人間も、つまづいたり、落ち込んだり、失敗することがあります。しかし、そんな私たちも、死からさえ立ち上がられたイエスの息吹を受けて、立ち上がることができます。ともすれば生きる喜びや希望を失いつつある現代人にこそ、イエスのように私たちも、挫折や失敗などから立ち上がることができるのだということを、声を大にして伝えたいと思います。
2011.04.23
イエスの受難の動画http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19176530.html1、イエスの十字架の上での7つのことばがあります。十字架上の祈りといってよいかもしれません。ここでも7の数字が出てきました。7は完成をあらわしました。祈りが完成したとみれます。時間の順序にしたがって見てみましょう。 (1)「父よ。かれらをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23-34) (2)「母に『女の方。そこに、あなたの息子がいます。』と言われた。」(ヨハネ19-26) (3)「まことに、あてたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」(ルカ23-43) (4)「3時ごろ、イエスは大声で、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』と呼ばれた。これは『わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。』という意味である。」(マタイ27-46) (5)「イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、『わたしは渇く。』と言われた。」(ヨハネ19-28) (6)「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した。』と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。」(ヨハネ19-30) (7) イエスは大声で叫んで、言われた。『父よ。わが霊を御手にゆだねます。』こう言って、息を引き取られた。」(ルカ23-46) (1)はイエスのとりなしです。人間に対して、自分を十字架につけた人間、(それはわれわれ一人一人かもしれません。)への罪のゆるしへのとりなしです。敵をも愛しなさいと説かれたイエスの実践でもあるでしょう。 (2)はイエスの愛です。母マリヤの前途に対して、弟子たちに、面倒をみるようにと、愛の言葉をかけられたのです。もっとも絶望とみえる状況のなかで、愛がどのようなものでなければならないかを示されたのです。(3)はイエスの罪のゆるしです。どんな人もなにもせずとも、イエスを信じる信仰のみよって、罪ゆるされるとする宣言でもあります。救いはすべての人に約束されたのです。 (4)はイエスの人間の声の代弁です。とりなしです。すべての人が神から離れ、神との和解ができなくなった、呻き、叫びをイエスは十字架上で代弁するのです。イエスの最後のとりなしがここにあります。「わが神、わが神」これは、詩篇22―1にでてくる聖書の言葉です。旧約聖書に通じているユダヤ教の信者ならこれがどういう意味なのか、わかる人間の神への叫びなのです。 (5)はイエスのこれからの人間の声の代弁です。渇く人だけが、神を求める人だけが、神を得ることができる宣言であり、神の国を得ることができるのです。イエスはかつてこう言いました。「だれでも乾いているならわたしのもとに来て飲みなさい。」(ヨハネ4―37) (6)はイエスの任務の終了宣言です。すべての人の罪をせおわれ、罪のみがわりとなられたことが、十字架上で完成したのです。 (7)はイエスと神との交わりの宣言です。この世でのすべての役割を終えられたイエスが天の御国で再び交えることの宣言でもあります。 イエスの十字架上の祈りは、人間の罪がすべて許され、すべての人間が救われることの確証でもあるのです。
2011.04.22

聖金曜日(紫) (四旬節第6金曜日 ) http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/folder/36176.html
2011.04.22
沈黙して神に向き合う-四旬節を覚えて-岩島忠彦神父講演会主イエス・キリストの受難と死~岩島神父のキリスト教信仰入門講座より前編「受難史の黙想」後編「十字架の黙想」(前編・約65分)(後編・約40分) http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19794232.html
2011.04.16

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19756673.htmlインターネットラジオ (前回までの放送をダウンロードして聴いていただけます。)☆Podcastにも対応しております。 http://users.astone.co.jp/ngs0522/message/gospelmessageradio.html●2011年4月9日(土)放送の最初の方で僕のことをご紹介してくださっています。 テーマ:「神の平安をくださる主」 収録曲:「一粒の麦」 「ありがとうハレルヤ」 「This is the day」 「主イエスの打ち傷によって」 「リバイバル」 「いつも主を喜ぼう」●2010年10月16日(土)放送 テーマ:「最善しかできない愛なる神」 収録曲:「十字架を背負って」「一粒の麦」「奇蹟~miracles~」 韓国の話しの後で僕ののことをご紹介してくださっています。 http://users.astone.co.jp/ngs0522/message/backnumber.html
2011.04.12
としてブログ管理していたブログの主管理人の松尾竹文さんが明日入院することになりました。今回の入院の切欠は足の足首付近の骨折です。松尾さんは、一昨年の5月に脳幹出血で倒れた父が介護認定を無事受けるために物凄く助けてくださいました。父は倒れる前から人格障害が見受けられ、去年は地元の共済病院の主治医から紹介状をもらって、精神科にも3ヶ月入院した状況で、父に本気で関わろうとしてくださる存在は松尾竹文さんだけでした。父が倒れた時も松尾さんがたまたま父と同じ部屋に泊まっておられたので、私は、朝に父の死体を見ずに済んだのです。しかし、松尾さんのように真剣に真面目に関わると、父にとって煩いことも言わないといけません。多くのや、父の友人は、父が後数時間で亡くなるかもしれない危篤の状態のときに、父と私を実質見捨てました。父とは適当に付き合う人は居るのですが、松尾さんのように嫌われる覚悟で厳しい事、今後の父と私の親子の生活に必要な認めるべき事実、状況を言ってくださる存在は、父の友人?にも父の兄弟にも医療関係者にも居ませんでした。父の人格は本気で関わる人を損させる誰も本気で相手にしたくない人格なのです。でも、松尾さんは私の父と一度関わり始めたからにはと、責任をもって御自分の苦難も省みずに父と私に関わってくださっています。そのなかで、父が海外旅行、特に韓国のカジノに行くのが大好きだったので、松尾さんが、プロの介護の知識もあるし、父が寂しい人生で終わらないように2月に父と松尾さんは韓国に行き、ソウルの明洞聖堂(カトリック教会)や父の好きなカジノに付き添ってくださったのです。松尾さんは、本当は海外旅行が出来る体ではなく、医者からも止められていたにも関わらず。父の人生を豊かなものにしたいと思って、父に付き添ってくださったのです。韓国で、松尾さんは、父と別の部屋に泊まりましたが、泊まった日系ホテルのフロントにも事情を説明して、なにかあったらすぐ連絡をくれるように連携ととり、松尾さん自身も父がなにかあったらすぐ対応できるように、危険な時間帯である朝の2~3時まで起きるつもりで、結局ずっと起きていて、物凄く寝不足の状態で8日間父に付き添ってくださったようです。松尾さんは去年、死ぬ確率が高いほどの重度の火傷を負い、皮膚移植したところは乾燥させてはいけないので、保湿クリームを塗っておられるのですが、松尾さんが好まないカジノに付き添った時、空気が保湿クリームが効かないほど乾燥していて、長崎に帰ってお医者様から松尾さんは凄く怒られたそうです。死にたいのですか!?と・・・。父に命がけで付き添ってくださった結果、松尾さんは皮膚移植痕が真っ赤になっていて、今の松尾さんは寝不足は厳禁なのに寝不足だったので、フラフラして、ご自宅付近の段の高い階段を踏み外して溝まで転げ落ちる寸前まで転げられたのです。長崎市が設置している白い柵にぶつかって停止しなかったら、そのまま死んでいたであろう状況です。結果として、松尾さんは、移植した皮膚を怪我して、救急車で運ばれて縫いました。そして、足をその時骨折したようですが、すぐには診断できない状態でしたので、知らずに最近まで腫れて痛がっておられたのですが、先週に骨折が発覚して入院が決まりました。骨折しているのに父のために佐世保に来てくださったり、一人暮らしなので、生活に必要な行動をされてたにしては、奇跡的に被害は少なかったようです。主治医も最初奇跡という言葉を使ったそうです。医者の立場的に後日では奇跡とは言わなくなりましたが・・・。私は、昨日、松尾さんと一緒に入院する聖フランシスコ病院で説明を受けました。私は佐世保の病院で透析を受ける日だったので、午後から帰途につきましたが、自宅でシャワーを浴びる時間が無くなってきたので、そのまま透析でかかりつけの個人病院に向かい、23時くらいに自宅に帰宅しました。父が起きていたので、父と話したのですが、父はヘルパーから私に伝える言葉と、将来、またいくかもしれない韓国旅行の話だけして、松尾さんと一緒に病院の説明を聞いた私に、松尾さんはどうだった?どういう説明だった?とは一切聞かないで、そのまま寝ました。松尾さんは感謝されるためにしている訳ではないのですが、命の恩人で、しかも介護認定や色々なことに真摯に関わって、今回犠牲を負って旅行につきあってくださった松尾さんを心配しているなら、心があるなら、松尾さんの状況を真っ先に聞くくらいの誠意は見せてもらいたかったです。松尾さんは純粋に善意で関わってくださっていますが、流石に父の反応にガッカリされています。誰も関わろうとしない、相手にされない父が、孤独故に自己中心になった父の心を救いたいと願って犠牲を承知で関わってくださっていますが、父に付き添った結果、怪我して、大変な目にあって、入院まですることになった事を心で反応しようとしない父に、流石の松尾さんも残念がっています。私は親という存在を誇りたいと願うタイプですが、私自身も親である父が自分を誇れるために、なんども私が貶められるようなことを言いふらされましたし、それが原因で私も生きる気力がなくなったことも多々あります。せめて、命の恩人で、今も犠牲を覚悟で世話してくださる松尾さんには、その場限りの言葉ではなく、心と言動で、敬意を表してもらいたいと息子として切に願います。父が亡くなる可能性が高い状態の時には、私も清掃の仕事しながら景色が灰色に見えたものですが、父と会話していると空しい気持ちになって、自分が生きる気力を失いそうになります。父に関わってくださることは感謝なのですが、松尾さんに申し訳ない気持ちも多いです。一般論では父と関わる松尾さんが変わってるということになるようですが、松尾さんは損得抜きで、犠牲を承知で最後まで責任を持って関わろうとする方なので、父と関わる松尾さんを諌めようとする松尾さんの友人は多いです。松尾さんの今の体調では、他人の事にかまってる場合ではないのに、松尾さんの生き様は凄まじいと思います。松尾さんの私が分かってる範囲の体の状態を報告します。慢性肝炎 脳虚血 高脂血症 脳幹にデキモノ(手術出来ない場所で大きくなると命が危険)脳腫瘍 足の骨折 皮膚移植痕の不安定(再手術の可能性あり)(再手術の際、命の危険あり)他人のために人生を全力で走り、病を背負っていきておられます。松尾さんは痛み苦しみや死そのものは怖くないそうですが、多くの大切な方々と会えなくなるのが怖いそうです。もし宜しければ、この記事を読んでくださった皆さんも松尾さんのために祈ってくだされば嬉しいです。 http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19709780.html
2011.04.07

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/folder/626473.html
2011.03.25

被災者の皆さんのことを胸がはりけするおもいで、心からお祈りつつお見舞い申しあげます。僕が今まで発言し、多くの皆さんも共に真の愛で助け愛・支え愛・励まし愛の心を強をめくださった思いで、皆さんができることを力と愛をつよめてほしいと土下座しながらお願いのメッセージをうちこんでいます。 竹文http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19496807.html
2011.03.18

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19245130.html僕が最近いっていた眼科は、心から尊敬する母で、通院していた病院で先生もスタッフもすばらしい方で一時間以上待つことで、不都合あり、今日、新しい眼科に通院しました。先生がよく診察してくださりスタッフも、とても、良い方でした。はじめて通院したということで、いろいろと検査をした後に診察をしましたが、先生が気になることがあるということで、眼底三次元解析をしましたが、目の中の血管が白ぽくなっていて、先生から、脳梗塞がますね。それに、首から上部に血液の血流がまともでいないといわれ、眼科の先生も眼科以外の部位もわかられるんだなってびっくりしました。不正や中国・北朝鮮などに殺されても良いと覚悟あるのに、たんに僕の病気でしにたくないです。その場にうずくまって泣いてしまいそうでした。僕は、皆とわかれたくない。死にたくない。
2011.02.22

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19207002.html
2011.02.19

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19197616.html僕の病気がさらに悪化し天の国籍に召された時は、この曲をながしてほしいです。本当は今年の3月に結婚式でながしてほしいと思っていましたが、しかし、僕はあきらめません決して死にたくないです。3月がすぎたら新たな彼女と本格的におつきあいできたらなあと思っています。3月に結婚予定でしたのでけじめとしてと思っています。彼女とお別れしましたとお詫びのお電話やお会いしてお話ししましたら、残念でしたねってというお言葉なく、結婚したら精神疾患者の彼女さんをかかえていかないんかったんだよ。お別れして正解だよおめでとうとかやっと目が覚めたんだねっての言葉しかありませんでした。僕の家の皿など陶器を、同居していた時もは結婚して、今、車椅子の母の元看護師としても自宅で介護するっていうから、それでは、いずれは一緒になるのだからと言ってあづけました、数も多くありました。陶器だけでなくよく調べるといろいろもっていかれました。彼女は自分自身のは全てもっていっき、彼女が一方的結婚を破算にし、それも、僕が長崎大学病院での手術後もそうたたない日でした。彼女に僕のでなく母が大切に集めたので集めたので返してほしいと電話しましたが着信拒否になっていたのでメールをうちました。もし、彼女にメールがとどいてなかったら、そのことをメールが届いていないことをメールがとどいています。だからメールが届いているのに返信もなく返してくれません。僕のお金やをワオンカードも、入院中に必要なものがあったら買ってきてほしいとお願いしましたが、少なくとも数万はのこっているのに、それも、返してくれません。結婚はタイプや理想だけで結婚するものではないと思っていますが、僕の理想やタイプとは180度違っていましたが、僕と初めてお会いしたときも、女をもて遊ぶ男と交際してやつれいるにもかかわらず、親や兄弟が徹底的に反対(ほとんどがうつ病気?一家)いるにもかかわらず騙されていました。もしかしたら、今も騙されているかもしれません。僕は彼女から男からだまされ、利用されている話しをきいて、同じ男としても人間お怒りこいつからから彼女をはなさいといけないと強く思いました。そして引き離しましたが、引き離したいじょうは責任があると思い、僕は幸せにはできないかもしれない、だけど、過去、多く泣いてきたぶんを、今度は笑顔を少しでも多くつくってあげたいと決意し、周りから反対もありましたが、僕は、お酒をやめて彼女が支えてあげたい、僕は、お酒をやめて彼女が支えてあげたい、彼女の病気の対処に関する本を20冊以上読み精神科のドクターにもお聞きしました。例え、彼女が切れた電池の様になにもても、家事と勤務を両立して支えていきたいと思っ強く思っていました。彼女が看護師と務めた病院も3月から転院します。僕は悪夢をみていたいう思んだよって僕のまわりから諭されています。
2011.02.18

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19176530.html1、イエスの十字架の上での7つのことばがあります。十字架上の祈りといってよいかもしれません。ここでも7の数字が出てきました。7は完成をあらわしました。祈りが完成したとみれます。時間の順序にしたがって見てみましょう。 (1)「父よ。かれらをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23-34) (2)「母に『女の方。そこに、あなたの息子がいます。』と言われた。」(ヨハネ19-26) (3)「まことに、あてたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」(ルカ23-43) (4)「3時ごろ、イエスは大声で、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』と呼ばれた。これは『わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。』という意味である。」(マタイ27-46) (5)「イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、『わたしは渇く。』と言われた。」(ヨハネ19-28) (6)「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した。』と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。」(ヨハネ19-30) (7) イエスは大声で叫んで、言われた。『父よ。わが霊を御手にゆだねます。』こう言って、息を引き取られた。」(ルカ23-46) (1)はイエスのとりなしです。人間に対して、自分を十字架につけた人間、(それはわれわれ一人一人かもしれません。)への罪のゆるしへのとりなしです。敵をも愛しなさいと説かれたイエスの実践でもあるでしょう。 (2)はイエスの愛です。母マリヤの前途に対して、弟子たちに、面倒をみるようにと、愛の言葉をかけられたのです。もっとも絶望とみえる状況のなかで、愛がどのようなものでなければならないかを示されたのです。(3)はイエスの罪のゆるしです。どんな人もなにもせずとも、イエスを信じる信仰のみよって、罪ゆるされるとする宣言でもあります。救いはすべての人に約束されたのです。 (4)はイエスの人間の声の代弁です。とりなしです。すべての人が神から離れ、神との和解ができなくなった、呻き、叫びをイエスは十字架上で代弁するのです。イエスの最後のとりなしがここにあります。「わが神、わが神」これは、詩篇22-1にでてくる聖書の言葉です。旧約聖書に通じているユダヤ教の信者ならこれがどういう意味なのか、わかる人間の神への叫びなのです。 (5)はイエスのこれからの人間の声の代弁です。渇く人だけが、神を求める人だけが、神を得ることができる宣言であり、神の国を得ることができるのです。イエスはかつてこう言いました。「だれでも乾いているならわたしのもとに来て飲みなさい。」(ヨハネ4-37) (6)はイエスの任務の終了宣言です。すべての人の罪をせおわれ、罪のみがわりとなられたことが、十字架上で完成したのです。 (7)はイエスと神との交わりの宣言です。この世でのすべての役割を終えられたイエスが天の御国で再び交えることの宣言でもあります。 イエスの十字架上の祈りは、人間の罪がすべて許され、すべての人間が救われることの確証でもあるのです。
2011.02.16

主よみもとに近づかん(賛美歌320番) http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19173599.html
2011.02.16

忘れないで 三木たかしhttp://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77/19173092.html
2011.02.16

http://blogs.yahoo.co.jp/takefumistay77わたしは怒っている。 しかし彼は言われる...ゆるすようにと。わたしは恐れている。 しかし彼は言われる...勇気をだすようにと。わたしは疑っている。 しかし彼は言われる...信じるようにと。わたしは不安になっている。 しかし彼は言われる...安心するようにと。わたしは楽をしたがっている。 しかし彼は言われる...わたしに従えと。わたしは種々の計画をしている。 しかし彼は言われる...わたしの言うとおりにせよと。わたしはもうけたがっている。 しかし彼は言われる...すべてを放り出せと。わたしは安全をほしがっている。 しかし彼は言われる...いのちを投げ出せと。わたしは良い者だと思っている。 しかし彼は言われる...それだけでいいと思ってはならないと。わたしは第一人者だと思っている。 しかし彼は言われる...人に仕えよと。わたしは理解しようと思っている。 しかし彼は言われる...信仰をもてと。わたしは命令する立場にあると思っている。 しかし彼は言われる...言うことを聞けと。わたしは自己満足できると思っている。 しかし彼は言われる...人に使われやすくなれと。わたしは仕返しを望んでいる。 しかし彼は言われる...兄弟に気に入られるようになれと。わたしは腹いせを望んでいる。 しかし彼は言われる...別の頬を向けなさいと。わたしは剣に手をかけている。 しかし彼は言われる...和解せよと。わたしは自分が大人だと信じている。 しかし彼は言われる...子どもになれと。わたしは身を隠そうとしている。 しかし彼は言われる...あなたの光をわたしに示してほしいと。わたしは第一人者の席を取ろうとしている。 しかし彼は言われる...末席を取れと。わたしは見られたいと思っている。 しかし彼は言われる...部屋の中で祈りなさいと。
2011.02.14
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