タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7812)
カテゴリ: 問題提起
2005-07-31 15:39:09



1960年、フルブライト奨学生としてアメリカに渡った小田実の本にそのようなことが書いてあった。その本とは、後にベストセラーになった、「何でもみてやろう」だ。この本には少なからず影響を受けた。ただ、初めてこの本を読んだのは1979年、27歳のときだった。

いろいろと刺激にはなった本ではあるが、この最初に書かれている言葉は絶対に眉唾もんだ。白人社会では、黙っていては何も始まらない。黙っていると、バカとしか見られないのが西洋社会で歯牙にもかけられない。

最も、小田は東大の文学部でギリシャ語を学んでいて二言三言神がかりなことを言うことは得意だったのだろうが、浅薄な私のような常人には叶わぬこと。

実は、小田には一度会ったことがある。高校3年のときにアムネスティーの会合で「べ平連」を代表して彼が講演した時だった。会ったというより、話しを聞いたというだけだが。狭い部屋で、口から泡を飛ばしてものすごい早口に話すエネルギーの塊みたいな人だ、という印象が残っている。

してみると、やっぱり彼も白人女性の前で二言三言で終わったとは思えない。

この本の中で、小田がNYの友人宅に一人で何日か留守番しているときに、食べ物が無くなり、ドックフードの缶詰を食べたけど、割りと食べられてとかいう箇所があった。

当時の、日本の状況がわかって面白かった。もっとも、今でも私は、我家の老猫ルーシー130歳と缶詰をシェアーしてはいるが。


2005-07-25 12:49:23









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Last updated  2005年07月31日 15時44分41秒
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