タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7813)
「じゃ、私が赤線でも青線でも連れて行きます。」


マレーシアの有力なお客さんと、我々メーカー、そして間に入っている商社の人とで、当時赤坂にあったヒルトンホテルの応接室で商談が終わりかけていた。皆日曜出勤だった。1970年代の終わり頃の話だ。

商談が終われば、お客さんの食事や諸々の面倒をみる時間となる。こういう場合は、メーカーがコミッションを支払っている商社の仕事になる場合が多い。この日も、どちらで面倒をみるのかちょっと駆け引きがあった。そして、山田課長が諸肌脱いだ格好になった。

私は、建設機械メーカー運輸部で輸出の仕事を2年して、海外営業部に転属になって間もない頃のことで、大きな商談にまつわる、いろいろな付帯条件についていろいろと知らないことが多かった。

山田課長は、自分の若いスタッフにはいいよ、といって一人でお客さん三人を連れてタクシーでホテルを後にした。

ネクタイを取った真新しくぴっちりとアイロンがけしてあったワイシャツが眩しいくらいだった。



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Last updated  2009年01月14日 05時56分37秒
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