タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7812)
カテゴリ: 忘れられない人々
父は警察官だった。長年その職にあったので、今でも自分が警察官だと思っているのではないだろうか、などと思えてしまうこともある。世の中に対する見方が厳しくて批判的な発言が多いように思える。一つの仕事を貫くことは大きなことなのだろう。その点わたしなんぞは今までにいろいろと仕事を変えてきて、チャランポランがズボン履いたり履かなかったりしている人生なんて感じになっている。

オーストラリアに来てから、極力警察官のご厄介になることだけは避けてやってきているつもりだ。しかし、そうもいっていられないこともあるにはあった。

パトカーに追いかけられたことが2度あった。幸い、スピード違反という地味な捕り物だったので、新聞沙汰とかとはほど遠かった。

一度泥棒に入られた。これは、まだこちらに来て間もない頃だった。小銭と腕時計を盗まれた。警察を呼んだら5分くらい話して帰っていってしまい、指紋とかも取らずそのあっけなさに愕然とした。犯人に刺されたりしないとまともに調べてもらえないのかとさえ思えた。

また、一軒家に1人で住んでいるときに婦人警官に早朝寝込みを襲われたことがあった。激しくドアをノックする音で飛び起きた。その家の前の住人を追っているとのことだった。ちゃんとした格好で対応できていたら、「お茶でもどうぞ。」とか言えたものを、こ汚い格好だったので、対応が不完全に終わってしまった。

24年目でこれくらいしか思い浮かばない。元警察官の息子としてはまあまあだろうか。

「新聞に載るような悪いことだけはしないでちょうだいね。お父さんは警察官なんだからね。」母から、何百回となく言われていた。週刊誌とかだったらいいのかとかいいたくなった時もあるが、なかなか親に安心してもらえない。

何とか後50年くらいはこんな調子でやっていけたらと願っている。

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Last updated  2009年07月22日 22時08分04秒
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