タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

PR

×

Profile

タコ社長1952

タコ社長1952

Comments

タコ社長@ Re:「国高1969」というサイトを作りました(07/19) 「国高1969」管理人さんへ ありがとうござ…
「国高1969」管理人@ 「国高1969」というサイトを作りました あれからもう50年ですね。 時間があればの…
Yuta Kashiwagi @ Re:母と一緒に働いたプラスチック加工工場(08/11) こんにちは 来年からプラスチックの成形販…
タコ社長@ Re:いろいろバランスを取りながら、、、(09/24) 移転しました。 <small> <a href="http:…
タコ社長@ Re[1]:まず、皆さんのご意見を伺いたい!(01/17) 田楽みそさん >社長さん、初めまして。 …

Favorite Blog

今日の散歩 やすじぢいさん

バリの日本食レスト… JLmamoさん
From おおさか mayu0208さん
y'Odare cLub  To… y'Odare cLub. Tomochanさん
ようこそ我が家に ディジュさん
湘南のカモメ 湘南のカモメさん

Archives

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2009年09月16日
XML
テーマ: たわごと(27734)
カテゴリ: カテゴリ未分類
小学校2年のとき、野球のグローブを買ってもらった。嬉しくて、夜枕元に置いて寝た。体だけは人一倍大きな子どもだったので、野球にも結構有利だった。守備範囲が広かったし、ホームランも打っていた。その頃、高山という背の小さな学友がいた。高山は、背は小さいが体が実に柔らかく、フィールディングが滑らかでいかにも野球少年といった感じの学生だった。

当時私たちは父が警察官ということで、六畳と四畳半という二間の小さな長屋に住んでいた。高山のお父さんは、今は無き山一證券に勤めていた。家は、小学校に近いところにある大きな新築の家だった。玄関にしっかりと鍵がかかったり、ブザーがついていたりするだけでも私にとっては豪邸に見えた。お母さんは、着物の多かった上品な感じのする人で、髪を高く結っていて、なんだかそのまま銀座あたりにでも出られるような、少し妖しい雰囲気を持っていた。私は、そんな高山の家に遊びに行くのが好きだった。

あるとき、何かの記念にと貯金箱をお母さんからもらった。それは、山一證券がお客様用に作らせている豪華な黒塗りで金の飾りのついた大名かごの貯金箱だった。戦前に建てられた古びた狭い警察官住宅には、飾り物を置くような場所さえなかったが、それでも机の横に場所を作りその大名かごを置くことにした。貯金などままならない頃のことで、家の飾りのかごはいつまでたっても重くならなかった。しかし、そこだけいやに目立った。

「高山君いますか。」
ある日、学校の帰りに彼の家に遊びに行ってドア越しにそう聞いた。出てきたのは、まったくすっぴんのお母さんだった。眉毛もなく、口紅もなく、そして髪もばらけていてまるで別人のようなお母さんだった。高山はいなく、すぐに帰ってきたが何だかすごく怖いものを見てしまったようで気持ちが動転してしまっていた。あんなに綺麗だと思っていた高山のお母さんだったが。

家に帰って、滅多に化粧などしたことのない母に、今あったことを言おうとして止めた。少なくとも眉毛のある母の方が、その日は綺麗に見えた。

下の箱をポチッとクリックお願いいたします
banner_23.gif






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009年09月16日 22時33分29秒
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: