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今の仕事は冷凍食品を扱うので今の仕事を始めてから 手の湿疹が酷くなりました。 主に指なんですが、しもやけの様になって めちゃくちゃ痒い!! 度々皮膚科に通っていますが職業病なので治らず・・・ 今もまた 痒過ぎて眠れない・・・ その痒さは 湿疹が出来ているところを カッターでそそぎ落としたくなるほど痒い。 手が荒れるのは構わないけど 痒いのは我慢出来ない。 薬を塗っても最近カユミは まったく取れなくなってきた・・・ どうやって耐えればいいんだろう・・・(;´Д`)ウウッ…
2008年09月28日
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おかげさまで連休中に出た熱も 連休中に下がり、薬が効いたのか咳も収まり昨日から仕事に行っています。 うちの3歳の息子ちゃんとにかく落着きが無いのですが、家でもご飯を食べる時もフォークを持ちながら立ち上がったりすぐにウロウロし始めます。 最後まで椅子に座って食べることが出来ません^^; 保育園では どうなのかな?と 保育士さんに聞いてみると・・・ 「タクミ君は 園でも、みんな座って食べてる中 一人だけ椅子に座る事なくウロウロと歩きまわってキチンと食べる事が出来ません(^_^;)」 だそうです(・∀・i) こりゃ~問題児なんじゃ・・・・^^; 元夫が ありえない程 落着きがないので ある程度覚悟はしていたんですが、やっぱり そう来たか・・・・。 元夫は 家の電話で話す時も家中をウロウロと歩き周り、パソコンゲームをしながら仕事の大事な話しをしていたり、車を運転しながらテレビを見たり、携帯ゲームをやったり、爪を切るような奴でしたから(-_-;) あんな風になったら嫌だなぁ・・・^^; どうやったら落ち着いた子になるんだろう。
2008年09月25日
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そういえば一年前元夫に 突然追い出されて その数日後、わたしの母に頼んで マンションの鍵をポストに入れておくように元夫に伝えてもらって自分と子供の荷物を取りに行った時、FAXの用紙にまぎれて こんなものを見つけたんです。 離婚に関する覚書 甲は乙に対し養育費を毎月3万円支払う(子供が20歳もしくわ、教育を終えるまでとする。又、乙が結婚もしくわ内縁の夫が出来た時点で終了するものとする)離婚に対し家財道具、自動車は乙に譲渡する。マンションは甲が所有するものとする。乙は甲に対し子供に会う機会を与えるものとする。上記に記述により離婚の条件として以後一切のお互いの要求等はしないものとする。 平成 年 月 日 甲 印 乙 印 立会人 印 ちょっと 面白いですよね。これは 離婚協議書のつもりだったのでしょうか。 これに 印を交わす事は無かったのですが、当人同士で作成しても 法的効力は全くなく 意味がありません。 しかも 乙が結婚もしくわ内縁の夫が出来た時点で終了って・・・^^;わたしは 結婚も同棲も 残念ながらするつもりは サラサラございませんがもし そうなったとしても、養育費の支払い義務は消滅するものでは ありません。 養育費は 支払う側、貰う側の収入により算出されるのでもしわたしが結婚して生活費が増えるのであれば元夫が養育費の減額の申し立てをして認められる場合もあるかもしれませんけどね。 それにしても 養育費の調停をしていて良かったです。こんなものを作成しようとしていたんですからきっと わたしが もし仮に同棲なんて始めたら 養育費を支払わない!と言いだしていたに違いない(^_^;) 公正証書でも法的効力を発揮しますが相手の承諾と費用が掛かりますからね。 これから 離婚をお考えの方、調停は とってもお勧めです。 これを読むと 家財道具は わたしに譲るつもりだったらしいですが、わたしは 情けを掛けてあげて 生活出来る必要最低限の電化製品などは置いて行きました。食器棚、食器一式。冷蔵庫、洗濯機、乾燥機(乾燥機は私が独身の時にわたしが購入したものでしたが、どうせ元夫が一人暮らしになったら乾燥機は絶対必要だろうと思って置いて行きました。)お鍋やフライパン一式、カーテンや照明器具全て。 引っ越しは業者にお願いしてたので 全て持って行けたのですが、元夫と使い古した物を持って行くのも嫌だったし、電化製品全て持って行ったら 生活に困るだろうと思って残して行きましたが、 ヤツは そんな気使いなんのその・・・最初は 離婚時の引っ越し代を20万払うと言ってたのに結局一円も払わず、養育費すら 払おうとしなかった。 ヤツの言い分は「払って欲しかったら 浮気相手を連れて来い!!」その一点張り^^; 結局 お金を払うのが嫌なだけだったんですね・・・・。 ちなみに 引っ越しする時も わたしの転居先を元夫に知られたくないと引っ越しの業者に相談すると 「引っ越しされる方たちには色んな事情がありますからね。分かりました。引っ越し当日まで 我々も 引っ越し先の住所は なおなおさんには聞きません。とりあえず 行先の市だけ教えてください。これは わたしだけ把握させて頂いて 他のスタッフには当日まで言いませんし、どこにも記載したしません。なので ご主人に誰に聞かれても お答出来ませんのでご安心ください!!」と言ってもらえて・・・ DVやストーカーなどの現状が多々あるのを実感した瞬間でした^^; ちなみに離婚協議書を 公正証書に作成しても「甲乙は本契約に定めた以外には相手方に対して何らの請求をしないことを相互に確約した。」という文章を離婚協議書に入れなければ 書かれた文章は無効になってしまいます。 作成は プロにお任せするのが一番かもしれません。
2008年09月23日
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本当はディズニーシーへ行く予定でした。 土曜日に出勤したのでその分 今日は休みを取って3連休中です。 ですが、昨日から息子が咳をしていたかと思うと先ほどの夜中の2時くらいから 雷がうるさくて眠れないなぁ~と思っていたら、・・・・息子の身体が暑い・・・ まさかと思い 熱を測ると・・・・・ 38度2分の熱がありました こりゃ ダメだ・・・_| ̄|○ せっかく 仕事の休みまで取って計画してたのに・・・(;´д`)トホホ 唯一の救いは 一緒に行こうと言ってたいた友人親子がお金を用意出来なかったので 行けないと言われた事。 これで また友人と一緒に行くハズだったのにうちの息子の熱のせいで行けなくなったら申し訳ないもんね(^_^;) わたしも息子も楽しみにしてたのに残念です これから病院へ行ってきます|出口| λ............トボトボ
2008年09月22日
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引き伸ばしにしてすいません^^; では、前回の続きです。 高校一年生の男の子が60キロ以上もある道を経てやってくる・・・一体何の為に?? てか・・・来るなら電車で来いよ・・・・(^_^;) わたしは高校の時に バイクの事故で友人を二人亡くしている。バイクは怖い・・・ 無事に着いてくれればいいけど。。。 わたしは ハラハラしながら彼がやってくるのを待っていたのでした。 その時 東京に転勤して しばらくしてからわたしは営業所の所長になり、元夫は 課長に昇格してました。 その わたしが所長になった時も酷い有様でずっと所長でやってくれないかと本社から言われていたのを わたしは拒否してたんですけど ある日本社から わたしの営業所に小包が届いたんです。わたし宛に。 開けてみると・・・ わたしの名前が入った所長の名刺でした(o゚∀゚)ブハッ∵∴ なんて強引な会社なんでしょう・・・しかも そこの営業所は スタンドの上が立体駐車場になっていてそこの経営も任されていたんです。 わたしが所長をやらされた当時は 不良債権や未回収がひどいもので・・・もう わたしは毎日 サラ金の取り立てのごとく走り回る日々・・・朝っぱらから 深夜まで・・・・あれには 本当に泣けました。 2年で赤字を埋め 未回収分を全て回収してスタンドも利益を出せるところまで持ってくと決心していたので辞めましたが(-_-;) 急性胃腸炎で入院したりしてました^^;(←やけ酒のしすぎという噂もある。) まぁ 話が飛びましたが朝 花屋の親父から電話をもらいその息子君は 昼過ぎに なんとか そこへ到着したのでした。 営業所の傍にある ちょっとお高い小料理屋へ 彼を連れて行きお昼御飯を食べる事にしました。 わたし 「なんで源チャリで来たのさ?電車でおいでよ。」 彼 「源チャリの免許取ってさ 源チャリ買ってもらったからちょっと遠出してみたかったんだよね。」 わたし 「なんだ それだけの理由かい・・・何かあったのかと思ったよ。」 彼 「今 花屋の前のスタンドでアルバイトしてるんだ。そこの所長がやる気ない感じでさ、ちょっと話聞いてもらいたかったんだよね。てか、昼間から刺身定食ってすげぇ~~ 俺こんなの初めて!」 わたし 「そう? いっぱい食べてね^^」 彼 「超 高そうなんだけど・・・。」 わたし 「お金の心配は しなくていいよ。 君のお父さんから今度回収するから」 彼 「うん。 そうしてよ~ いただきま~す。」 でも 彼は とても痩せていてガリガリ体系そして 食が細くて ほとんど食べません。 お刺身を2/3ほど食べて ご飯は ほぼ残してお味噌汁を ちょっと口を付けた程度。 それでも わたしに気を使い 頑張って食べた事を わたしは知っていました。 わたし 「無理しなくていいから 残していんだよ^^」 彼 「うん・・・・ごめん。 俺あんまり食べれないんだよね・・・。」 本来なら食べ盛りで どこまでも食べるハズのお年頃。彼は やっぱり何らかの問題を背負っているのだろうか。 それでも 彼は中学には ほとんど行かずにしても成績は超 優秀らしく 高校生にもなっている。 でも相変わらず 学校には行ってない様子。きっと このままだと中退になるのかもしれない。 何か理由があるハズなんだろうけど、わたしには聞けなかった。 彼は とても敏感で とても賢くて、傷つきやすいのも見ていて分かる。わたしが余計な事には つっこまない方が良さそうだ。 彼の今のバイト先の 所長の話をしばらく聞いていて 彼 「あの所長さぁ~ みんなが‘もっと こうした方がいいんじゃないの?‘って事も全然実行しないしさぁ~ お客さんも文句ばっかりだし 超やりずらいよ~」 わたし 「あ~ あの人はね~ とても努力家なんだけど、人にモノ言うのが苦手だしねぇ人の上に立つには向いてないのかもねぇ^^;」 なんて 他愛もない会話を繰り返してまた 長い時間かけて バイクで帰るんだから 夕方前には帰りなさいと伝えました。 彼 「ご馳走様でした。 ありがとう。また・・・来てもいいかな・・・?」 わたし 「いつでも来て構わないのよ。でもね電車で来てね^^;横浜新道を源チャリで来るなんて 危ないのよ?」 彼 「結構面白かったけど・・・でも帰るのだりぃな・・・」 わたし 「お願いだから 気をつけて帰ってね。」 そう言って わたしは交通費として3千円 渡しました。 お金ならあるからいらない。と言われましたが、強引に いいから貰っておけ!と渡しましたが じゃあ貰っておくよ と彼が財布を取り出してお金をしまうと、彼の財布に万札が何枚も入ってるのが見えてお金を渡したのを後悔しました(´゚ω゚):;*.':;ピュッ さすが社長の息子・・・一体こずかい いくらい貰ってるんじゃい・・・(-_-;) そうして彼は 帰っていきました。 わたしは何だったんだろうと考えていましたがその時は ただ源チャリを買ってもらえた嬉しさから遠出をしたかっただけなんだろうと思っていましたが。 それから しばらく経って課長だった 元夫が営業所に電話をしてきて 「この間 あいつ(花屋の息子)来たろ?あいつさ お前の事 好きだったみたいだよ。」 そう言われた時に 初めて ‘え? ・・・そうなの?‘と思ったのでした。 前から 花屋の親父には そんな様な事を何となく言われていてそれはないよ~なんて言って まったく信じてなかったのですが。 当時 彼が16歳で わたしが24歳。 わたしから見たら 当然 恋愛の対象になるはずもなく。 また 相手もそうなんだと思っていました。 彼が もし本当に わたしに好意を抱いていてくれていたとして、はるばる60キロ以上も離れた わたしの所に会いに来てくれていたんだとしたら、 勿論 わたしには 彼の気持ちに応えることは出来ませんが、特別 期待させる事を言うのではなく、何かもっと それなりの対応をするべきだったのではないかなぁ~・・・と深く反省してしまいました。 「また 来てもいい?」 彼は そう言っていたけど それ以来 二度と来ることはありませんでした。 あれは 彼なりの けじめだったのでしょうか。 彼は どうしているのかな。 花屋が存在する限り 確かめる事は 出来るかもしれない。 でも 確かめてない。 彼が どうか現在幸せに暮らしていますように。
2008年09月21日
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これは わたしが23歳くらいの時のお話。 当時わたしは正社員でガソリンスタンドで働いていて、そこの所長は 元夫でした^^; わたしには6歳年上の彼氏も居たし、元夫も前妻と子供と仲良く暮らしていた頃。 そのスタンドの真向かえには お花屋さんがあって、花屋の社長は お客さんであり、元夫とも仲が良くて しょっちゅう一緒に皆で呑みに行ったりしてました。 当時 花屋の親父には 中学生の息子がいて、その男の子は 登校拒否児らしく、学校に行ってませんでした。 ならば、仕事を手伝え!と親父に駆り出されて毎日朝5時から花に水をやったりプランターを運んだりする姿が見られました。 そんな彼に わたしはよく声を掛けていたんですが、「今日も朝から頑張るねぇ~~学校行くのと 仕事するの どっちが大変?どっちも大変だよね、わたしも中学なんて全然行かなかったけどでも友達に会えるのは楽しかったなぁ^^」 「お父さんの仕事手伝うなんて えらいね。たまには こっちの仕事も手伝ってよ(^_-)-☆」 などなど。 たあいもない言葉を掛けていて、彼は 仏頂面で ただ「うん。」とうなづくだけでした^^; そんな ある日 しばらく経ってからわたしは東京へ転勤が決まり、その他4名ほどと 東京の営業所で働く事になりました。 東京へ引っ越してから数か月経った ある日の事。 営業所に花屋の親父から わたしに電話があったのです。 花屋の親父 「息子が そっちに行くって利かなくてよぉ~~源チャリに乗って もう向かってるんだよ~~悪いけど 辿り着いたら相手してやってくんねぇか~?」 わたし「はぁ??源チャリでって・・・・ そこから何キロあると思ってんのよ?無理に決まってるじゃん 50キロ以上はあるよ。どこの道で来る気なの?横浜新道でも通るつもり?てか、源チャって・・・彼 もう高校生になったの?とにかく 危ないから辞めさせてよ。」 花屋の親父 「いくら言っても聞かないんだよ~~もう出ちまったからさぁ~ 悪いけど 後は頼むなぁ~このお礼は今度するからよ~」 わたし「お礼なんていいけど・・・今まで散々 キャバクラやスナックで呑ませてもらったし^^;でも 無事に着いてくれさえすればいいけど・・・なんで また突然・・・^^;」 すんません・・・時間が無いので 続きます^^;
2008年09月20日
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昨日は実家へ行ってきました。うちのDVDレコーダーが壊れてしまって、パソコンでもDVDは見れるのですが、一日中息子が「アンパンマンが見たい!」だの「じまじろう見るんだもん!!」だのうるさくて、わたしがパソコンが使えないので実家に聞いてみると使ってない再生のみのDVDプレイヤーがあるからあげるとのこと。本当は録画も出来るレコーダーが欲しいんだけど買うと高いし、再生のみでもタダで貰えるんだったら♪と貰いに行きました。 そこで、父と母と少し話をしたのですが、父ももうすぐ70歳、あと2年で仕事を辞めるので、それまでには実家の傍に引っ越してきて こっちで暮らさないか?と言われました。(本当は実家に入れと言われたのですが、また気まぐれな母の言う事なので断固お断りしました^^;) 実家の傍に住んで父も仕事を辞めれば息子の世話も見てあげられるので、息子が熱を出しても わたしが仕事に行けるようにしてやれるとのこと。 母に言われれば、期待は出来ませんが^^;父が そう言ってくれるのなら それはそれで助かるかも・・・と思いました。 ちなみに実家は 今住んでいる 隣の隣の市。車で約40分~1時間てとこです。 息子が小学校に上がるまでには こっちにおいでと言われ、考えておくね。と言ったのですが・・・ 先ほど 実家のある市のホームページを見ながら福祉の状態を見てみました。 すると 人口10万人程度の田舎なので、税収も無く 福祉もお粗末な事・・・・(-_-;) 今住んでる市と 実家のある市の一人親家庭の支援を比べてみると、 今住んでる市 → 実家のある市児童扶養手当 有り 有り一人親福祉手当 有り 無し(月額3000円)水道基本料金免除 有り 無し市立小・中学校就学費の援助我が市では 小学校入学時は19900円支給。給食費全額支給、学用品、通学用品費1学期ごとに3700~7956円支給。校外部活動費、1510円~2180円支給。校外部活動費・宿泊を伴う費用及び交通費、実費分支給。(キャンプなど)修学旅行費8割を支給。などに対して、実家のある市では なんと小、中学に進学する時1万円支給のみだけでした(^_^;) 市によって こんなに差があるんですね^^; ちなみに 我が市では、子供にメガネなどを購入する場合14000円まで支給されます。実家の市では そんなもの勿論ありません(^_^;) 当然の事ながら これらの支援を受けるには所得制限があり審査もあります。 ここまで差があると やっぱり地元への引っ越しは考えてしまうなぁ(-_-;)親の援助も まず期待出来ないし^^; 田舎って やっぱり不便なんですね。
2008年09月07日
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息子の高熱も日曜日には平熱に下がり月曜日から仕事に復帰しています^^v 去年北海道に住む じーさんが亡くなりました。わたしの母方の父です。享年84歳でした。 じーさんは じーさん名義の貯金をおよそ一千万残していました。 そこで遺産相続が発生します。 まず、妻である ばーさんに半分の500万円。残りの500万円は 母と母の弟で250万円づつ分けることになりました。 ところが、母の弟が 亡くなったじーさんのお墓を建てるにあたって自分の姉に(わたしの母ね) その遺産で墓代を出せと言ってきたのです。 墓代の見積もりは750万円でした。つまり、遺産で貰った250円全額出せと言ってきたのです。 困った母は わたしに相談しに来たんですけど(こんな時だけ^^;) 母の言い分は こう。母は U家の嫁に来たので、U家の墓守りを作り育てていかなくては いけない。H家(じーさんの墓)のお金を出す義理は無い。本当は気持ち程度出す気ではいたが、「自分の親父の墓代を半分出すのは当然だろう!!」と責められそんな気は無くなった。今は一円たりとも出す気はなくなった。大体 墓は2~300万あれば建つだろう、何故そんなに高い墓を建てる必要があるんだろうか。そんなに立派な墓を建てたいなら自分で出せばいいだろう。姉を頼るな。姉に出せというなら、自分の嫁の弟の墓をもし建てる時 嫁にも金を出させるのか?それは また話が別だというのは おかしい。 というものでした。 いつも理不尽な事を言う母でしたが今回の話を聞いてて なるほど母が言う事は ごもっともだと思いました。 しかしながら、うちの父に聞いてみたところ「自分の親が残してくれたお金を 自分の親の墓代に出すのは当然だ。墓代は兄弟で半分づつ出すべきだ。」と言ってのけた^^; わたしが父なら 嫁の弟に墓代を出せなどと言われたら義理弟に当たる人物になめられてる と思ってしまうけど、父はきっと 揉め事はなるべく避けて お金で済むならそれで済まそうというタイプなのだ。実に情けない。 わたしは母に「そりゃ、そうだよね。そこで あなたが墓代を半分出さなきゃいけなくなったら、U家のお墓に掛かる費用も H家のお墓代も出さなきゃいけない事になる。それは、おかしいよね。確かに あなたはU家に嫁に来た身なので H家の墓代を出す必要はないと思う。叔父さん(母の弟)は 自分たちが入る墓代なんだしだったら その墓に入る これからの墓守りたち、例えば自分の息子たちにでも墓代を出させたらいいんじゃないの?それにしても もうすぐ60歳近くにもなる 叔父さんは 墓代も出せないなんてみっともないね。 とにかく気持ちだけ出す義理はあっても半分も出す必要はないと思うよ。あなたの言い分が正しいんじゃない?」 わたしがそう言うと母は満足そうな顔をしてましたが。。。 母の弟は、結局 墓を建てたいが金が無いと騒ぎたてわたしの母とも揉めに揉め見かねて ばーさんが(母たちの母親ね^^;)墓代を全額出すことになった。 すると 母の弟は おとなしく引っ込みうちの母にも何も言わなくなった。 たぶん ばーさんに墓代を出させる事が目的だったんだと思う。 母の弟は お金に意地汚いところがある。結婚した当初も 自分の嫁に内緒で莫大な借金を作り、嫁に三行半を突きつけられ一度離婚している。でも数年後、元鞘に戻り復縁している。 現在 ばーさん(わたしの母の母)は北海道で一人で暮らしている。そんな ばーさんも85歳。 いつ じーさんの元へ旅立ってもおかしくはない。 ばーさんが亡くなっても 遺産相続が発生する。 きっと この時がまた一番揉めるんだろうな・・・^^;
2008年09月04日
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