フリーページ

2004年09月08日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
本日の持ちコマを終えて、やっと一息。

見れば、中2の男の子・・・仮にA君としておきましょう。
今年は教えていないのですが、本好きなせいか、私によく話しかけてくれる子の一人です。

「センセ、しりこだまって何?」

・・・理解するまでに、一拍分の沈黙。
一瞬、脳内の漢字変換機能がストップしてしまいましたぞな。

「あー、河童の尻子玉のこと?」
「そおそお。 それって何?」


こりゃまた、よりにもよって地層の奥の奥、残っているかどうかも危ういフィールドを、急遽掘り返さねばならないことだ・・・。

「泳いでたら抜かれるんやんなぁ?」

テキは、呑気な顔で畳み掛けてきます・・・ち、ちと待ちなされ、混乱するから。
若人よ、そんなに急いでどこへ行く(大違)

泳いでいる時は、足を引っ張られるのですよね、確か。
尻子玉を抜かれるのは、悪いことをした場合だったと思うのです。
大人が、叱る時に言うんですよね・・・「こらっ、そんなコトしたら河童に尻子玉抜かれるぞっ!」 なんちて。
でも、尻子玉を持っているのは、男の子だけだったような記憶があります。
持っていると言いましても、架空のブツですし。
好物はキュウリです。 これだけは何故かはっきり覚えています。

と、まあ、いささかアヤしい記憶を辿りながら、上記のような内容を説明したワケです。


ふむふむ・・・と頷きながら聴いていたA君、まだ逃がしてくれません。
クーラーがよく効いた校内・・・暑くもないのに、何故か汗がジワリと。

「尻子玉って、抜かれたらどーなんの? 死ぬの?」
「いや、死にはせんと思うよ・・・確か、フラフラの無気力になるんやなかったかなぁ」
「なんで男子だけ抜かれんの? 女子は?」


思うに尻子玉とは、「魂」 と言いますか、男の子らしさ(と思われていた要素)の象徴なのかも知れませんね。
勇気とか、決断力とか、冒険心とか、やる気とか、勤勉さとか・・・まあ、そういったイメージです。
男子と生まれたからには、こうでなくちゃならん! という刷り込みが、昔は殊に強かったでしょう?
理想の素を詰め込んだ玉を取られますと、もう、箸にも棒にも掛からない、今で言う 「ヘタレ」 になってしまうワケですな。
男権社会では、死活問題です。
それだけ大切な、万一にも抜かれては困るもの・・・が転じて、悪さ封じの脅し文句になった・・・と。
こんな感じではないのでしょうか?

咄嗟に記憶を繋ぎ合わせたにしては、そこそこ理屈が通った・・・ような気がします。 自画自賛モード全開。
男の子だけ、という点に不満気ながらも、テキ・・・じゃなくてA君は、それなりに納得してくれたようなので、ひとまずホッ。

出来れば、この話はこれっきりになって欲しいと願っています。
新たな疑問点を仕入れてぶつけられた日には、夜中に泣きながら民俗学の本でも紐解いて調べるハメになりそうでコワイ。
・・・想像しますと、非の打ち所のないヘタレ姿ですね(爆)

はふー、不意打ちってオトロシイものです。
無知の言い訳で恐縮ですが、つらつら思い出してみますと、とんと河童に縁のない子供時代だったのですよ、私。
河童がいそうな沼や川が、近所になかったせいでしょうか。
周囲の大人も、私達の悪さを叱るために河童を持ち出すことがありませんでした・・・信憑性が出ませんものね。
私の記憶の中では、河童は非常にマイナーな存在なのです。
世代的にも、河童より口裂け女の方が、よほど怖い存在でありました。


口  裂  け  女


おおお・・・こうして改めて文字にしますと、当時の記憶がビビッドに蘇ってきます。
全国の小学生を恐慌状態に陥れた、ある意味でピンクレディーと並ぶ、時代のヒロインでありんす。
怖かったですねぇ・・・私が最初に聞きましたのは、小2くらいではなかったかと思います。
丁度、学校の怪談などに興味を持ち始める年頃です。
私達も例外ではなく、夜中の音楽室のピアノだの、木造校舎の大鏡だの、開かずのトイレだの、話を持ち寄ってはキャーキャー騒いでおりました。
怖いのも楽しみの内なのです。
そげな楽し怖し気分を吹っ飛ばしましたのが、口裂け女の風評でした。
一時は、夕方遅くまで遊ぶ小学生がピタリといなくなったそうです。
小学生の遊びたい心を封じ込めるとは、ただものではありません。

今でもよく覚えていますのが、ピアノの稽古が少し遅くなった夕方のことです。
当時は御近所のお教室に通っていたのですが、出て数メートルの曲がり角に、自転車で兄ぞうが来ていたことがありました。
口裂け女を心配しまして、迎えに来てくれたのでした。
今となっては笑い話ですが、当時は大マジでしたよー!

「(口裂け女が)出たら飛ばすから、しっかり掴まってなあかんぞっ」

と言う兄ぞうに従い、荷台に揺られた夕暮れ間近の帰り道でした。
後ろからは見えませんでしたが、兄ぞうは、大きい目を更にひん剥いて必死に自転車を走らせていたのでしょうね(笑)

ちなみに両親は・・・今考えますと大笑いしたかったのでしょうけれど、そこは超人的な努力でこらえて、上手く仕込みにすり換えましたものです(笑)
まずは、自分も怖いだろうに、堪えて妹を迎えに行った兄を誉めちぎりまして。
お兄ちゃんに、おおきに言いなはいね・・・と、私に薫陶をば。
そして、並んで座った私達に、

「口裂け女は怖い人やけど、しっかりお題目上げてる子ぉらは御本尊様に守られてるから、怖くて近付いて来はらへんの。 さ、今晩もしっかりお勤めしましょうな」

うーむ、上手い。 出来すぎてイヤミですね(笑)
物心つく前からの習慣とは言え、そろそろ、朝夕のお勤めを面倒がったり反抗したりする年頃だったような気がします。
口裂け女がもたらせた恐怖は、両親にとりませば、中だるみの時期であった信仰教育に絶妙のスパイスであったと言えましょう。 ぷぷぷ。
そげな両親の内心なぞ露知らず、ド真剣な顔で二人並んで正座をし、子供用の小さい数珠をスリスリしながら懸命にお題目を上げる兄と妹・・・可愛いと言いますか、他愛ないと言いますか。
あーいう時期もあったのだなぁ、と(笑)


こうした、子供心の 「利用」 には、おや? と思われる方もおいでかも知れませんね。
んー、考え方は色々なのですが。
少なくとも、私どもには良い向きで結果が出ましたので、単なる笑い話として紹介させていただきました。
物心つかない内からの信仰教育の是非につきましては、後年の私が、大学時代に反発を覚えまして、家人に対してかなり物々しく構えましたものです。
ま、その折の話は長くなりますので、また機会に応じて追々と。
結論としましては、しかし、「畏れと自信は同じところから」 という点で、私は落ち着きました。
畏れ敬うから、そこ(私の場合は仏前)では生身になれる。
生身の私は守られているから、思うように頑張って生きていける。
呼吸しておりますのと同じくらいの自然さで、そう信じられるように、ある時からなりました。
「大きな存在に見守られている」 という、理屈抜きの絶対の安心感を持たせて下さったことに、両親の信仰教育の真髄があったように思います。
逆に言いませば、その安心感が土台にありますからこそ、大学時代の反発を自由にやれた・・・という気もいたします。 何となくなのですが。


あう、随分と話が脱線してしまいました(汗)
小腹が空いてきたような・・・ユーワクに負けない内に、とっとと寝て参りますね(汗)

カッパ巻き、食べたいなぁ・・・(←キュウリ好き)





















お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004年09月09日 04時19分30秒
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

たりぞう1120

たりぞう1120

コメント新着

たりぞう@ 事典に載りたい(爆) たかちにぃさん、ようこそでやんす~♪ …
たりぞう@ お水、ぬるかった(笑) sakura姐さん、おおきにでございますぅ^…
たかちぃ@ 飲んだか・・・・・。 やはり、以前から騒がれていた「絶滅保護…
sakura658 @ Re:プチ御報告(10/10) 飲んだかぁ?まったく・・・たりだよ。(爆…
たりぞう@ ううう sakura姐さん、お気遣いありがとうござい…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: