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この間、昔の職場で仲良くしてもらっていた旅仲間のFさんから、 心温まるプレゼントが届きました♪ 父の事で落ち込んでいた私に 「季節はもうすぐ春だね。どんな事があっても季節はどんどん巡ってくるね。」 というお手紙も添えられていました。 すーにもプレゼントと手紙をもらって、その手紙は 将来すーに絶対読ませたいと思っています。 そして、私へのプレゼントですが・・・ウフフフ♪ こんな感じで、円柱の箱を開けてみると、何やらパンらしきものが・・・ 箱から出すとこんな感じ!可愛すぎる~~! そしてパンから何やら包み物が・・・ムムム! 何と、パンの中にかわいい女の子が うさぎちゃんを抱っこしています。ラブリー過ぎる。 ちなみにこの外のパンも固いけど食べれるよ~。との助言に従い ぶーと食べてみると、うまい~~ ぶーも引きちぎって食べてましたよ♪ こんな素敵な演出に心がポッと温かくなりました。 今回父の事で、ここで仲良くしてもらっているお友達、 昔からのお友達に色々励まされました。 正直最近家族の事を中心に考えていた私は そんな温かい友達からの言葉で、母や奥さんである自分でなくて、 そのままの自分を思い出したと言うか、不思議な気分になり、 そして改めて友達の大切さを痛感しました。 この場を借りて、皆さんいつも仲良くしてくれてありがとう。 そしてこれからもよろしくね!
February 20, 2007
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こんにちは、玉こ屋です。みなさんお元気ですか? 先日実家から帰ってきて、ついにこっちでの4人生活、 つまり年子ワールドが始まりました~! 去年切迫早産で生まれたすーは、1ヶ月ほどNICUという乳児集中治療室で 入院していたからかどうかは分かりませんが、お兄ちゃんのぶーと違って、 きちんと3時間おきに泣く。授乳とオムツ以外はベットで1人寝る おとなしい赤ちゃんでした。そう、2日前までは・・・ ぶーはすっかり赤ちゃん返りをしてしまい、いったん卒乳したかのように 思えましたが、再び「パイパイ」と言うように! いざ卒乳されると淋しいもので、当時は赤ちゃん返りしてもいいよ~。 と、思っていましたが、正直に言いましょう! うっとおしい~・・・ひどい母です。 すーにおっぱいをあげてると飛んできて、「パイパイ」というので 2人で片方ずつ飲んでいます。 すーはちらっとお兄ちゃんの方を見ては「この人何なの?」と冷静顔。 ぶーの方が負けじと必死で飲んでる顔です(苦笑)。 ぶーの心境は複雑なようで時々ポカッとすーを叩いてはすーを泣かし、 頭をなでては満足げです。 夜泣きもするようになりました。1回こじれるともう大変! こっちが泣きたくなります。 そして上にも書いたすーもついに2日前から、3時間間隔とはいかず、 まぁ、今までが母のキャパの無さを見てお手柔らかにしてくれていたのかも 知れませんが、ミルクやオムツだけでなく抱っこなどの要求でも 泣く様になりました。まぁ、当たり前なんでしょうね。 ぶーはもっと甘えん坊で本当に24時間ずっと位抱っこしていたから、 どうかそこまでにはなりませんように・・・ と、いうかそうなった時のぶーの反応が怖い・・・ でも、やっぱりなんだかんだで、楽しんでいます。 ここ最近のぶーの成長なんかも聞いてほしいのですが、 ぶーがお昼寝から起きそうなので今日はこの位にしておきます。 今日はぶーが夜泣きしませんように・・・(><)。
February 16, 2007
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夜になって、お風呂も入って子供たちが寝た今の静かな時間、 久しぶりに日記を更新してみようと思います。 妹こっち共々仲良くしてくださってる皆さんはご存知の方もいますが、 去年の12月3日に予定よりも2ヶ月近く早く赤ちゃんが産まれました。 こっちの所やこちらの方にもお祝いのコメント本当に嬉しかったです。 どうもありがとう。 最初こちらで産むか高知の実家で産むか悩んだのですが、 生前父が実家で産んでほしい。と言っていたので実家で産む予定にしていました。 でも、切迫早産になりこちらの病院で帝王切開でお産となりました。 その頃、父に突然生まれてきたことを報告している時、 まさか父の体の具合がすごく悪くなっているなんて思っていませんでした。 赤ちゃんは1504グラムの未熟児だったので、私だけが先に退院しました。 それから2日位たって、母から電話があり、「実はお腹が大きかったから 言い辛かったけど・・・」と父がご飯が全然食べれなくなった話を聞きました。 父はずっと掛かっていた病院を退院して、家で療養していました。 後から母に聞いた話では全ての治療を終えて後はやる事はないので、 おうちで2人おいしいものを食べてすごしなさい。と先生から言われたそうです。 10年間手術や放射線、抗がん剤など色々辛い治療を耐えてきた父が この言葉を聞いたときどう思ったのか考えただけでもいたたまれない気持ちになります。 癌がどんどん転移して、足が動かなくなっていたので訪問看護の方に 家に来てもらっていたそうなのですが、その看護士の方が 娘さんに伝えた方がいいと思う。という一言で父と母は私たちに 電話をしてきたそうです。 それからすぐ父は隣町の病院に入院となりました。 この病院はずっと掛かっていた病院ではなくて、 言わば治療目的ではなく、父が最後をむかえるのに決めた場所でした。 父は長女が早く生まれてきたのは、自分に会いに来てくれたのかなぁ・・・ と、言っていました。その言葉を聞いた時は、まだ保育器ににいる娘を 写真ではなく、実物に会わせる事が出来るかな・・・と思っていました。 それからとうとう長女が1月の7日に退院出来ることになり、 私たち家族はいったん神戸に帰ってくる事になりました。 その時父は辛うじて言葉を発する事が出来たので、 ぶーに「ぶーバイバイ。今度はすー(娘の名)を連れて帰ってきてね。」 と、淋しそうに言いました。本人も多分これが最後と思っていたのか、 バイバイの響きが本当に淋しそうで今でもその声を忘れる事が出来ません。 私も正直退院しても1ヶ月は家にいないといけないだろうし、 父と会うのも最後で、長女を見せる事は出来ないだろうと感じていました。 ところが、すーの退院の日に先生に事情を話すと「大丈夫ですよ。」と高知に すーを連れて帰る事を承諾してくれました。 早速実家にいた妹こっちにこの事を話し、父の容態を聞くと、 さらに状態が悪くなって、薬でほとんど意識もないとのことでした。 私は新幹線の中で、父にすーを会わせたいというのは私のエゴかな。 父も意識がほとんど無いのにすーを連れて行くのは 母親としてどうなんだろう・・・と考えたりもしました。 父に見せる事が出来たという自己満足のためにすーにしんどい思いさせてるのかなと。 でも、その思いは父にすーを会わせて全部吹き飛びました。 父はすーの事を分かってくれたんです。 ほとんど話も出来ない父は顔全体の表情を使って すーの誕生を祝ってくれました。 この顔を見ることができて、本当にお父さん待っていてくれて ありがとう。と言いたいです。 それから8日後に父は亡くなりました。 父はすーは自分の生まれ変わりや。とよく母に言っていたそうですが、 生まれ変わりではないにしろ、父の命があったからこの世にすーも 生まれてきたわけで。ぶーやこっちのところの3兄弟にも父の 命が受け継がれているわけで。なんだか父が子供を通して見えるようになりました。 父が亡くなった悲しみはきっと癒える時はこないけど、 父がこの世にいたその証でもあるあなたの孫たち5人は今日も元気です。
February 6, 2007
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