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1995年1月17日5時46分。
高松にしては、めずらしいくらいの地震がありました。
震度4。
テレビをつけて、高松の震度を確認したぐらいだった・・・
8時ごろ起きてテレビをつけた瞬間、大変なことになっていることに気がつきました。
神戸が・・・
当時、94年の4月に大阪から高松に戻ってきてばかりだったのです。
よく遊びにも行っていた神戸が、悲惨でした。
ボランティア活動もしたかったけど、会計事務所に勤めていたので年末調整の真っ最中。
とてもじゃないが、休みなど取れない。
ましてや、まだ入社して8ヶ月ぐらいだったし。
結局、1週間ぐらいしてから神戸に行きました。
電線が切れていて、パチパチしていました。
高速道路は横たわっていました。
がれきもたくさんありました。
一瞬なんです。
ほんと、一瞬ですべてが変わっちゃうんです。
このとき、はっきり思いました。
今の幸せってもろいものなんだ、と。
だからこそ、一生懸命その時その時を生きなければならないのです。
そして自由に生きなければならないのです。
そんなことを思いました。
12年経ちました。
でも風化はしていません。
まだまだ最近の出来事です。
それほど強烈なインパクトでした。
ちなみに、娘の名前はこの阪神大震災のとき感じたものからつけました。
個人情報なので、ここでは載せませんが、
「みんなの希望になってもらいたい。灯(ともしび)になってもらいたい。みんなを明るく照らしてほしい。みんなの支えになってほしい。」
という意味です。
そろそろ娘にも教えようと思います。
今日は雨か・・・