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卒業も意識し始める時期になってきた。今回の卒業生は在校生の前でミスチルの「旅立ちの唄」を合唱するそうだ。その練習の準備を手伝っているが、たしかに卒業にはピッタリの良い歌詞だな~と改めて感じた。その曲が入っているCDを借りて聞いていると、3曲目に「いつでも笑みを」という曲があった。ふと、「自分が死んだときに葬式で流すとよさそうだな」などと考えてしまった。
2008年01月30日
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いよいよ受験シーズン。推薦の合格報告もチラホラ聞こえ始めてきた。『願わくは心を竭し力を尽くし、薀を発して惜しむなかれ。』少しくらい歯が立たなくても、どれだけ力を尽くしたのか、心を竭したかにある。結果を恐れず、立ち向かっていってもらえたら。そういう精神を僕は伝えられているだろうか。
2008年01月29日
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私立受験を終えて帰ってきた子が彼女に「可愛い子いたんじゃない?」と聞かれて「可愛い子はここにいるじゃん。お前が一番可愛い」と・・・女の子は赤面。う~ん、僕もこの答え方が出来るまでに30年くらいかかったけどな~。最近の中学生、おそるべし!と、感心してばかりはいられない。彼らに、本当に人を愛するとはどういうことなのか、自分で経験して学んでいくことなのだろうけれども、もどる事のできない過ちを犯してしまわないように伝えていかなければと、思う。しばし、これも研究テーマになりそうだ。
2008年01月22日
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ラジオCMで「子ども教育委員会」というのをやっていた。子ども達が大人たちに対して批判する意見をいっているCMです。子ども達のことに目を向けてくださいというような主旨だと思うのだけれどもついつい違う視点で見てしまう。子どもらしい会議のようす。一見、活発に意見を出し合っているようであるが、批判するだけでそこに理由も打開策も求めていない。実に子どもらしい会議だ・・・・はて、どこかでこんな会議の様子を見た気がするのだが・・・さてさて、年金問題、ガソリン暫定税、どうなることやら。
2008年01月21日
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特別支援教育では正の強化子を用いることは当たり前のことになってきている。僕自身、この一年間、通常授業の中にもさまざまな正の強化子を用いてきた。単純に褒める、おだてるという機会が多くもてるように授業も組み立てていった。子ども達の好きな活動も強化子として取り入れた。しかし、あまり強化子を用いることに対して肯定的ではない人たちもいる。「もので釣ってやらせるというのは教育ではない。」塾の中では成績上位者を海外旅行に連れて行くところもある。それはさすがにどうかと思ったが連れて行ってもらった子を見たら、その子にとってその経験はかなりプラスになっているのだな~と改めて感じた。そもそも、人の知能が発達してきたのは様々な欲求や野望がかかわってきている。沢山食べたい、異性に好かれたい、人の上に立ちたい・・・だからといって物を与えて勉強をさせるというのはどうかと思うが、それはあくまできっかけに使うべきであってそれは人から「すごい」といわれることが嬉しい、勉強がわかることが嬉しいという社会的強化子に移行させるべきであり、最終的には自分自身の目標に向かって進められるように段階的に移行していく必要はあるのだけれども。『豚もおだてりゃ木に登る』というが、本当に木に登ることができたならばその豚はみんなから尊敬される存在になることは間違いない。
2008年01月19日
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2ヶ月の乳児が口に粘着テープを貼られて殺される事件。母親もガムテープで縛られ動けない。わが子を助けられない想い。想像するに耐えがたい。残虐な事件が増えている。どんな理由があったにせよ、許せない犯罪がある。犯罪に対して、日本人は無関心になってきているのではないのか。国民全体がもっともっと怒りを表すべきではないのか。国民全体が許さないという意思を表すべきなのではないか。僕が中学生のころ、いじめがエスカレートしてきた時代だった。そのころから自分達は悪に対して無関心になってきていたのかもしれない。自分の痛みではないものに対しては無関心。他人の痛みのわからない人間になってきていたのかもしれない。僕の声は小さい。だけど少なくともこれから僕がかかわっていく子ども達には他人の痛みのわかる人間になってほしい。そして、間違っているもの、悪に対して怒りを表すことのできる感情のある人間になってほしいと思っている。
2008年01月17日
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さて、僕が生まれた年は石油ショックの年だった。延長国会も閉幕するようだが、ガソリンにかかる道路特定財源はどうなったのだろう。もし、空母艦載機給油問題のように期限切れ一時中断となった場合、どんなことになるだろう。一時的にガソリンや灯油の価格は落ちる。それもリッターあたり25円にもなる。とはいっても数ヶ月前の価格と同じくらいになるだけだが。それでも再議決されると再び高騰するわけだから、一時的な値下がりとなる。そうなるとガソリン代が下がった4月はこぞってガソリンスタンドに行きガソリンや灯油の買占めに走るだろう。下手をするとパニックにも暴動にもなりかねない事態になることが想像される。まあ、僕が心配しなくても良い事かもしれないがそのくらいの想像力と危機感、これからの若者に持ってもらいたいと思う。想像する力を子ども達に身につけてもらいたいし、そのためにも僕自身常に想像力をもった人間でありたい。
2008年01月15日
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『己を正してしかる後に人に教へば、亦孰れか敢て従わんざらんや。・・・己を正すの学、勤めずんばあるべからず。』自分を正しくしてその後で人を教えるのであれば、人は従ってくる。自分を正しくする学問に励まないようではいけない。下げパンではないんだけど、最近、お腹が出てきたのでジャージを着て動く回るとズボンが下がってしまう・・・
2008年01月13日
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今日、義弟が成人式のため大阪から規制してきているということで食事をしに妻の実家に呼ばれた。これで義弟も晴れてお酒が飲める。最近はお酒はほとんど口にしていない。今日もチューハイを2杯飲んだだけでいっぱいだった。次の日の午前中、車を運転する日は1滴も飲まないようにしている。つまりは平日は全く飲まない。釣りに行きたくなるかもしれないので休日前も飲まない。飲む日は次の日が雨とわかっている休前日。それでも雨で子どもが退屈すると車で出かけなければいけないと思うと簡単には飲めない。だから、2月に一回、350mlの缶ビールを半分に妻と分けてたしなむ程度だ。そもそも、上の子が妻のお腹にいるときに願掛けのつもりでお酒を1年間絶った。それまでは結構飲んでいたのでそれなりにきつかった。幸い、女性も多い職場であったため付き合いのため飲めないことはそれほど大変ではなかったが飲まないぶんだけ食べるのでかなり体重も増加した。子どもが生まれると「アルコールの臭いで子どもが中毒になる」と聞いたことで怖くてさらに1年間飲めなかった。こうなるともう別にお酒なんて飲まなくたって平気になっていた。ところで、福岡で飲酒運転により3人の子どもを犠牲にした事故の判決は懲役7年半。これが、短すぎるのかどうかはともかくとして、事故を起こした人は一生涯お酒を絶つようするべきだ。というより飲むことが出来るはずはない。麦芽の値段が上がり、ビール業界も厳しいだろうが・・・
2008年01月12日
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昨日、『エジソンの母』という番組があった。残念ながら昨日も帰りが遅くなったために録画はしているがまだ見ていない。ADHDがテーマになっているようだ。ADHDについて名前くらいは知ってるけど詳しくは知らないという人が教育業界にも少なくない。知っているか知らないかでその対応は全く違ってくる。経験からADHDと判断された子は、ある種に高い集中力や優れた能力を秘めている子が多い。ただ、その能力を引き出せる教育システムも社会体制も出来ていない。そんな社会に対しての良い働きかけになりそうな番組は歓迎する。僕も彼らの能力を引き出せる教育プログラムの確立に人生をかけて取り組んでいきたいと改めて思う。
2008年01月12日
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明日は餅つき大会が予定されているが、ノロが出た。今回は企画の担当をしていたが、急遽計画を変更。天気も怪しい。そういえは僕はかなりの曇り男だった。降水確率0%でも雲が出るし、100%でもほとんど雨が降らない。あまりカッコよくないので誰にも自慢できない。結局、今さっきようやく家にたどり着いた。久しぶりに日越えするところだった。今日はうちの子に全く逢えなかったがたまにはよいかな。
2008年01月10日
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今日は選択理科でカルメ焼きの授業をした。中2でも一度やっているので、生徒達は慣れたものだが、まだまだ完璧なものは出来ていない。というのも、今までは色や泡の出方などで判断していたためあいまいだった。今回は、きっちりと温度を測り理論を説明した上で行った。だが、1名、前回も職人的な感でそれなりのものを作り上げていた子が、あくまで感にこだわって行うというため、科学VS感となった。はじめは感でどんどん作っていくとそれなりに膨れていたが、なかなか満足いくものは出来ない。結局、科学的に行ったほうが失敗なくつくり続けることができた。感も大事だが、物事を論理的に考えて科学的に追求し、実践することの大切さと面白さを知ってもらえたらと思う。まあ、どっちにしろ美味しかった。
2008年01月09日
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風呂に入っているとき、長男が「人が(他の)動物と違うところってなに?」と質問してきた。簡単に答えられるものではない。「勉強することかな?」と答えたが、満足できる回答ではなかったようだ。そのあとも自分でいろいろと言っていたが、『学は、人たる所以を学ぶなり』と先生もいっておられる。人が人であるその所以を学ぶことが一番たいせつなのだと。まあ、そんなに深い意味を持って聞いてきたのではないと思うが、彼も哲学に一歩足を踏み入れたのかもしれない。
2008年01月07日
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先ほどテレビで医療費問題について議論する番組をやっていた。福祉の現場でも同じであるが、本当に憂慮する事態になってきていることを改めて感じた。なによりも『天下の大患は、其の大患たる所以を知らざるに在り。苟しくも大患の大患の所以を知らば、いずくんぞ之が計を為さざるや得んや』どうして国が憂慮すべきことを知っていて、その対応策をとらないのだろうか。また、政治を行うものは『独り身之に坐せん』という気持ちが必要であると思う。「誰が悪いのか」の質問に対し「政府与党」と即座に答える議員がいた。その憂慮すべきことを知っていながら、声を大きく発せられないのは自分の責任ではないのか。「野党であるから出来ない」というのであれば辞めてしまえばいい。国民が命を削って働いたお金をもらっているのだから。
2008年01月07日
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つまらない戯言かもしれないが、言っておきたいことがある。今日、散髪にいった。幼児教育専門にしている家庭教師がこんな話をしていたと理容師が話し始めた。「小学4年生の子は夜9時まで塾に通い、その後11時過ぎまで家庭教師を受けるという。都会では当たり前のことだという。どう思うかと。」『学者、師を求むるをもって云はんに・・・』子どもは学を求める前にまずは実心、心から師につきたいという思い、心から学びたいという心を育てるべきである。しかし、それより睡眠は十分にとるべきである。脳細胞がシナプスを構築する時間は夜だ。その時間に寝ていないことは、脳の発達に良いはずはないと思うのだが。おそらく、長期的な記憶の出来ない脳になってしまうのではないかと懸念する。玉ねぎの根を使って細胞分裂の観察をする際、朝、9~10時までに観察する必要がある。(実際には薬品で分裂を止めてしまったり、冷蔵庫に入れるなどで操作するが)それは、その時間が細胞分裂が一番活性するからである。自然の法則には従うべきである。寝るべき時間に寝ないこと、このことが良いとは思えないし、不安を覚えてしまう。
2008年01月06日
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山口県の教員採用試験は34歳まで受けられる。僕は33歳に1回目の試験を受け、34歳の試験でクリアすることができた。いろんな仕事をしながらも家庭教師や塾講師は続けていたので、受験のプロだという自覚はあった。合格するための計画は綿密に立てた。リサーチにも時間をかけた。とはいっても仕事をしながらの勉強であるので大幅な軌道修正も必要だった。もう、若いころのように何でも簡単に詰め込めるわけではない。できるだけ論理的に、そして科学的に、現在の教育現場の抱えている問題を表現できるようにしていった。言葉のつめこみよりも、教育業界の重鎮といわれる人たちのコラムやインタビュー記事に目を通すことに時間を費やした。30代の教員が不足している現状もあったと思う。それも計算していなかったわけではない。一家を抱えての挑戦であった、「花柳詩酒に陥る如きは、真に道に志す者の必ず暇あらざる所なり」。もう、3年近く、まともにお酒は口にしていない。これから採用を目指す人たちも松陰先生いわれるところをもって励んでもらえたら、よい結果が見られるはずだと思う。そして、僕の志す道はまだまだ続いている。この先もしばらく花柳詩酒におぼれることはないと思う。
2008年01月05日
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義弟は知的障害者厚生施設で働いている。僕も3年前まで施設で働いていた。けして楽な仕事ではない。肉体的にも精神的にもキツイ仕事だ。それでも続けられるのは、『博愛の精神』とその中で喜びが見つけれるからである。その『博愛の精神』は無償の愛であると世論は言うかもしれない。博愛に金銭を求めるのはいけないことであるという風潮がある。その穢れのない精神を持った人たちを一部の汚い人間達が騙し、苦しめている。「天下の大患はその大患たる所以を知らざるにあり。」施設で働く人はその精神は博愛の精神であるが彼らにも生活がある。現場で働いている人たちの現状を国は知らなければいけない。そしてその憂慮する事態に対処しなければならない。できるだけ早急に。
2008年01月05日
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あらかたの仕事をした後、子ども達の希望で姉の家に行ってきた。子ども達はすぐに一緒になって遊ぶ。かみさんと姉はそれぞれいろいろな愚痴を言い合って楽しそうに談笑していた。しばらく持参した小説を読んでいた。東野圭吾氏の書かれた小説で、福山さんの主演で昨年ドラマかもされたものだ。話題性だけでなく、理科教師としては科学推理小説という分野は見逃すわけにはいかない。とはいってもドラマのほうまでは時間がなくて見ることは難しかったので、時間がある今のうちに読んでおきたかった。ネタとして使えそうである。頭の中に構想が組み立てられてきた。本屋に行くと大抵は数万円が飛んでいく。買ったけど呼んでいない本もかなり眠っている。あまり読書のスピードは速いほうではない。それでもここ数年で読んだ本は結構な量になってきた。「凡そ読書の功は昼夜を舎てず、寸陰を惜しみてこれを励むに非ざれば、その功を見ることなし。」さすがにそこまでは没頭できないが、この歳になってようやく読書の功が現れてきたように感じる。
2008年01月04日
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今日から仕事始め。だけどまだ家にいる。朝、年休をもらって家でビデオ編集などをすることにした。新学期が始まったら3年生の理科は特にビデオが力を発揮する。できれば最新のものを使ってやりたいので、必要な作業だ。子ども達は従姉妹の家に遊びに行くので今日が唯一のチャンス!朝から、ビデオの前にかじりつきです。ハードディスクレコーダー、便利だけどついついためすぎちゃんだよね。ケーブルビジョンに入ったので、ナショナルジオグラフィが見られるようになってから特に大変だ。最近はハードの要領にテラという単位を見るようになって来た。ギガという単位のものが出回り始めてまだ数年なのに、技術の進歩は凄いね。
2008年01月04日
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今日はようやく初詣にいって来た。昨日までは姉の一家が泊まりに着ていたのでにぎやかに過ごしていたが、正月も3日になるとさすがにやることがなくなってくる。「正月にはいづくにもつまらぬ遊び事をするものに候間、それよりは何か心得になる本なりとも読んでもらい候へ。」と、妹に宛てた書簡に記している。息子もしっかりと勉強を続けている。僕も父として恥ずかしくないように、ダラダラした姿を見せ続けているわけにはいかない。しっかりと勉強しよう。とはいっても、明日から仕事か・・・
2008年01月03日
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『凡そ生まれて人たらば、宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし。蓋し人には五輪あり、而して君臣父子を最も大なりとする。』 人間の守るべき五輪、親、義、別、序、信。その中でも君臣の義、父子の親が最も大切なものであると松陰先生は言われている。 さて、最近読んだ本にこんなことが書かれていた。 『最近は権威と権力を取り違えられている』と。 権威と言われると何か良くないイメージがあるかもれないが、権威は父親や教師には必要なものだ。 権威は強制して持つことのできるものではない。大人であることを理由に大声をあげて言うことを聞かせるのは権力である。子どもは父親のことを尊重し、生徒は先生のいうことを尊敬し、その言葉に従う。疑問があればそれをぶつけ、一つ一つ丁寧に答えてあげる。押し付けであってはならない。 納得し、尊敬した上で言うことを聞く。これが権威である。 確かに、最近、権威と権力を取り違えている大人が多いようだ。 これでは、この国に本当のリーダーは育っていかないのある。
2008年01月02日
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