ぐうたらたぬき途中下車

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2009年04月19日
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京阪の守口市駅の北側に残る文禄堤(ぶんろくつつみ)は、いまでも生活道路として使われています。

文禄堤を訪れる人は守口市駅から歩くことが多いと思うのですが、案内板はなぜか駅から遠い地点に設置されています。しかし、まずはこの案内板を見るほうが全体がよく分かります。

文禄堤の案内板案内板

足もとの石には「京街道」と書かれています。

文禄堤の周辺地図周辺地図

「現在地」と書かれている左下の場所に案内板は立っています。この地図は設置された場所に合わせて下が北になっていますのでご注意を。

国道1号から「現在地」を通って義天寺を過ぎた辺りまで、「京街道」と書かれているところが現存する文禄堤です。現在の国道も市役所も、江戸時代には淀川の中だったということですね。

文禄堤の昔の姿昔の姿

昔の様子を示す地図が添えられていました。茶色で示されているのが文禄堤です。堤の上を京街道が通っていて、さらに「奈良海道」が分かれています。守口宿として栄えた時代が偲ばれます。

市役所のある場所は「狼島」となっています。「外島」は現在でも外島町という地名が残っています。

「狼島」や「外島」を調べていると、ここは「守口大根」の故郷であることが分かりました。突然変異で生まれた守口大根は、ゴボウのように細長いため、水はけがよくて砂粒の混じった細かな粒子の土壌が良いとされています。現在では守口では生産されておらず、岐阜県や愛知県の木曽川・長良川などの流域で生産されています。






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最終更新日  2009年04月19日 12時22分11秒
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Re:京阪電気鉄道 守口市駅の周辺(文禄堤に沿って)(04/19)  
大和川がその昔、今の柏原市から北上するルートであったために、今の京阪沿線にはその当時の歴史を感じさせるものが多いのですけど、これもその一つなのでしょうか。

守口大根の話しは聞いた事があります。突然変異とはいえ、当時としてはびっくりするような出来事だったでしょうね。
(2009年04月19日 23時29分47秒)

Re[1]:京阪電気鉄道 守口市駅の周辺(文禄堤に沿って)(04/19)  
あけやん2515さん、こんばんは。
大和川の付け替えは江戸時代だそうですが、文禄堤はそれより100年以上前、豊臣秀吉の命によるものだそうです。
いずれにしても、この流域での洪水との闘いの歴史がうかがえます。
漬物を食した豊臣秀吉がその味を褒め、「守口漬」と命名したことから守口大根と呼ばれるようになったという言い伝えもあるそうです。
秀吉にちなんだ話が多く残るのも京阪沿線の特徴かもしれません。
(2009年04月20日 02時13分41秒)

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