京阪の守口市駅の北側に残る文禄堤(ぶんろくつつみ)は、いまでも生活道路として使われています。
文禄堤を訪れる人は守口市駅から歩くことが多いと思うのですが、案内板はなぜか駅から遠い地点に設置されています。しかし、まずはこの案内板を見るほうが全体がよく分かります。
案内板
足もとの石には「京街道」と書かれています。
周辺地図
「現在地」と書かれている左下の場所に案内板は立っています。この地図は設置された場所に合わせて下が北になっていますのでご注意を。
国道1号から「現在地」を通って義天寺を過ぎた辺りまで、「京街道」と書かれているところが現存する文禄堤です。現在の国道も市役所も、江戸時代には淀川の中だったということですね。
昔の姿
昔の様子を示す地図が添えられていました。茶色で示されているのが文禄堤です。堤の上を京街道が通っていて、さらに「奈良海道」が分かれています。守口宿として栄えた時代が偲ばれます。
市役所のある場所は「狼島」となっています。「外島」は現在でも外島町という地名が残っています。
「狼島」や「外島」を調べていると、ここは「守口大根」の故郷であることが分かりました。突然変異で生まれた守口大根は、ゴボウのように細長いため、水はけがよくて砂粒の混じった細かな粒子の土壌が良いとされています。現在では守口では生産されておらず、岐阜県や愛知県の木曽川・長良川などの流域で生産されています。
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