『日本書紀』には、茨田堤(まんだのつつみ、まむたのつつみ)の工事の難所として2ヶ所の「絶間(たえま)」の記述があるそうです。絶間とは、いくら堤を築いてもどうしても決壊してしまう場所のことで、工事を成功させるために人柱を立てることになったと書かれています。(その結末はここでは省略します)
その2ヶ所というのが大阪市旭区千林と、ここ、寝屋川市太間だとされています。
国道1号線には「国道太間」という交差点の北寄りに、「絶間橋南」「絶間橋北」という交差点があります。
「絶間橋南」交差点
「絶間橋北」交差点
地名の「太間(たいま)」は、「絶間(たえま)」、つまり堤の決壊部分に由来しているという説があります。ただし、交差点の「絶間橋」のローマ字読みは「たいまばし」になっています。
「絶間橋」
実際に、「絶間橋」は存在しました。こちらは「たえまばし」になっています。
「絶間橋」
小さな橋です。
左側の欄干には、「昭和二十九年三月改築」と書かれていました。
梅が咲き出していました 2018年01月21日 コメント(2)
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