百済寺跡を実際に見てみましょう。
伽藍配置図
史跡内にあった配置図を見ると、中央に「金堂」、その下の左右に「西塔」「東塔」、塔を取り囲むように「西廻廊」「東廻廊」があります。金堂の上が「講堂」、その上が「食堂」です。
南側には「南門」と「中門」、東側にも「東門」と記されています。右下には「東院」があります。左側は現在の「百済王神社」です。
東塔跡(右側)
上の写真は、南側から東塔跡に向けて撮った写真です。左奥が金堂跡になります。
東塔跡(正面)

東塔跡
上の写真は階段を上った場所で、ここに東塔が建っていたのでしょう。
礎石
SUICAを置いて大きさを比較してみました。
西塔跡
西塔跡には大きな木が育っていました。その向こう側に、同じような礎石が並んでいました。
東廻廊跡
同上
西廻廊跡
金堂跡
講堂跡
講堂跡(奥は食堂跡)
いずれの場所にも礎石などがはっきりと分かります。この上に建造物が建っていたのでしょう。想像するしかありませんが、立派なお寺だったのだと思います。
食堂から講堂方向
2010年は、奈良遷都1300年。奈良時代に建てられた百済寺は、時の流れを経てその跡をとどめています。公園内の静けさの中にたたずんでいると、なにかしら凛とした空気を感じました。
梅が咲き出していました 2018年01月21日 コメント(2)
実りの秋(山田池公園にて) 2017年10月01日