星田妙見宮の裏参道の鳥居の近くに、お地蔵さまがたくさん並んでいる場所がありました。
義晴地蔵寺(入口)
気になったので、入ってみました。
義晴地蔵寺
それにしても、かなりの数のお地蔵さまです。
お昼寝中の猫ちゃん
左端に目を向けると、気持ち良さそうにお昼寝している猫がいました。起しちゃ悪いよね。
「足利義晴公の墓」
今度は右手の奥に視線を向けると、「足利義晴公の墓」と書かれています。おや、室町幕府12代将軍の墓ですか? 将軍の墓にしては質素というか、みすぼらしいというか。それになんでこんなところに? このお地蔵さまは何? 疑問が次々と出てきます。
義晴地蔵寺の由来
境内にその由来を記した掲示がありました。
それによると、この地に200体ものお地蔵さまが埋もれていたということです。錫半(すずはん)という会社の以前の社長さんが掘り起こしてひな壇に置いてお祀りしたということです。
調査の結果、「今から四五五年ほど前の室町時代第十二代将軍足利義晴の墓と判明」したそうです。由来を記したこの文には昭和58年(1983年)の日付が入っていますので、さらに27年遡ることになります。
足利義晴は滋賀県の近江穴太(あのう)、現在の大津市にて死亡したようですが、交野の地とどのような関わりがあったのか、いまひとつはっきりしません。穴太に墓があると書かれた明治時代の資料もあるそうです。
掲示によると、「義晴の奥方が義晴の墓と共に敵味方の区別なく、その菩提をねんごろに弔うために篤く信仰されたお地蔵様でおられることがわか」ったということです。
義晴が享年40で亡くなったあと、奥方様はこの地で過ごされたようです。
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