片埜神社 」のところでご紹介した、あの「二ノ宮神社」です。
二ノ宮神社
神社に残る言い伝えでは、創始は仁徳天皇の時代だということです。かつては「二宮牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)」と呼ばれていました。
拝殿
片埜神社のときもそうですが、豊臣秀頼は大坂城の鬼門を鎮護する神社とし、1603年(慶長8年)には片桐且元(かつもと)を奉行として、一ノ宮(片埜神社)、三ノ宮(枚方市穂谷)と同じくして本殿や摂社の修理をさせています。
関ヶ原の戦い(1600年)で徳川家康の力は大きくなりました。しかしまだまだ豊臣家の財政基盤は強く、その財力を減らすために徳川家康は豊臣秀頼に寺社の修復などを進言していたとも言われています。この時期、豊臣秀頼は多くの寺社の修復などを行っていたようです。
拝殿の奥には本殿
本殿
もうひとつの鳥居
真南にある鳥居とは別に、南東側にある公園に沿って参道があり、入口には鳥居が立っています。「裏参道」とも言えず、なんて言えばいいのでしょうねえ。
同上
「二の宮公園」
公園の名は、そのものずばり、二の宮公園です。もともとはここも境内だったのかもしれません。
境内の森
そう大きくはないですが、神社らしいこんもりとした森があります。鎮守の森というのに相応しい感じがします。
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