ぐうたらたぬき途中下車

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2010年08月27日
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さつき公園から西に4、5分歩いたところに、「足立寺史跡公園」があります。「足立寺」は「そくりゅうじ」と読むようです。

「西山和気」という交差点の近くで、公園の住所も「八幡市西山和気」となっていますので、正確にいうと「男山団地」の一画とは言えないかもしれません。

男山団地公園入口

小高い場所にありました。

男山団地名標

男山団地公園内

それほど広くはありませんが、散歩に立ち寄るにはいいかもしれません。

男山団地三重塔跡

この辺り(西山地区)に古代寺院跡があることは以前から知られていたようです。昭和40年代の発掘調査の結果、急な斜面を削って東側に堂、西側に塔が建てられていたということです。塔の大きさは、3間×3間(1間は約1.8m)で、1辺10mの基壇の上に乗っていて、高さは推定で25mくらいの三重塔だっただろうということです。

上の写真は、塔の心柱を支える「塔心礎(とうしんそ)」で、直径36cmのほぞ穴が開いています。

男山団地お堂の跡

三重塔の東側には、桧皮葺(ひわだぶき)のお堂があったということです。南北朝時代のものだそうです。そのお堂の下の層からは奈良時代の礎石や瓦が出土したことから、古いお寺が壊れたあとに建てられたと推測されているそうです。

その古いお寺というのが「足立寺(そくりゅうじ)」です。江戸時代の記録によると、「石清水八幡宮の西南方の山中に、弥勒菩薩(みろくぼさつ)をまつる寺と、和気清麿(わけのきよまろ)をまつる神社があった」ということで、お寺の方が「足立寺」なのでしょう。

「清麿」は「清麻呂」とも書きますが、ここでは説明板に合わせます。ちなみに、当地の地名「西山和気」は、和気清麿の名前に由来しているようです。

出土品は8世紀中ごろ(奈良時代前期)から12世紀(平安時代後期)の物で、足立寺は和気清麿より100年ほど古い時代に建立されたとみられています。そして平安時代の終わりごろ、土砂に埋まったものと考えられています。

(つづく)






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最終更新日  2010年08月29日 00時13分28秒 コメント(2) | コメントを書く
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