京阪の八幡市駅を降りてすぐ、駅前のスーパーマーケットの1軒おいて隣りに、「走井餅老舗(はしりいもちろうほ)」という和菓子のお店があります。
走井餅老舗
古そうな建物ですね。「かつては、街道筋の旅籠であった建物を改築した」と 走井餅老舗のHP に書かれています。
この街道筋とは「東高野街道」のことです。東高野街道は京都と大坂を結ぶ「京街道」から分かれ、洞ヶ峠(ほらがとうげ)を越え、交野から生駒山地の西側を通って高野山へと続く街道です。八幡の地がその起点となっています。
HPによると「走井餅老舗」の創業は明和元年(1764年)といいますから、今から約250年前になります。場所は大津追分(京阪・京津線の追分~大谷の辺り)で、「井口市郎右衛門正勝」が「走井」の名水を用いて餡餅を作っていたということです。
「歌川広重(安藤広重)」が描いた「東海道五十三次」は有名ですが、その「大津」には「走井茶屋」が描かれています。描かれているだけでなく、「走井茶屋」の文字もあります。江戸時代には賑わっていたようです。
走井餅のパッケージ
走井餅
パッケージにも大津の茶屋が描かれています。歌川広重が描いた絵と似ているのですが、人物の格好や配置が違います。
六代目の四男によって八幡の地に移ったのは明治43年(1910年)のことです。そう、京阪電気鉄道が天満橋~五条間で開業した、まさにその年ですね。現在、十代目が家業を営んでいるそうです。
一方、大津の本家は昭和初期に廃業したということです。現在は「月心寺」になっています。
ところで、大津には、「走り井餅」を扱う会社があります。「株式会社 走り井餅本家」です。 この会社のHP を見ると、やはり追分の茶屋を創始とし、「走井市郎右衛門の末裔である片岡家に伝承され」たと書かれています。「走井市郎右衛門」は「井口市郎右衛門正勝」と同じ人物のようです。
それぞれに歴史があるんでしょうね。
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