石清水八幡宮の表参道の「七曲り」の階段下に、「相槌神社」が建っています。
相槌神社
同上
かつては一般の参拝者は、二の鳥居から「神幸橋」を通るルートではなく、ここから七曲りの階段を上っていくことになっていたようです。
もともと、相槌神社も石清水八幡宮の摂社だったそうで、江戸時代には七曲りの階段の途中にあったようですが、現在は独立した神社だそうです。
ところで、鳥居の額には「三条 小鍛治 相槌神社」と書かれています。
鳥居額
「鍛治」は辞書的には「鍛冶」ですが、昔から混同して使われていて、日本の町名にも両方が存在します。ネットで調べていても、どちらが正解なのか、単なる誤用なのか、判断がつきません。よって以下では「鍛冶」とします。
この三条小鍛冶(さんじょうこかじ)とは、平安時代の中頃(10世紀ごろ)に活躍した刀工、宗近(むねちか)のことです。京都三条に住んでいたことから三条宗近とも言われます。
謡曲「小鍛冶」の中のストーリーでは、一条天皇(在位986年~1011年)の勅命で、稲荷神の化身である童子と共に槌を打ち、名刀を作り上げたことになっています。この相槌を打った稲荷神がこの相槌神社に祀られているということです。
またそのときに、相槌神社の右にある「山ノ井戸」の水を用いたとも言われています。
「山ノ井戸」
一方、『平治物語』や『源平盛衰記』などには、源満仲(913年~997年)の命を受けた筑前国(いまの福岡県)の刀鍛冶が、男山にこもって神託をさずかり、二振の神剣を作って献上したという話が載っているそうです。これが源氏代々の宝剣、「膝丸(ひざまる)」と「髭切(ひげきり)」だというのですが、その真偽は不明のようです。
ちなみに、京都市東山区には「合槌稲荷神社」があります。宗近が住んでいた近くにあり、同じ話が由緒として残っているようです。ただしそのときに作った刀の銘は「小狐丸」だそうです。
梅が咲き出していました 2018年01月21日 コメント(2)
実りの秋(山田池公園にて) 2017年10月01日